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最終章 魔王をその身に宿す少年

145.起源の魔王(5) 仲間達の死

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 ノルトは気を失っていなかった。

 ロン=ドゥの体内でネルソがそうした様に、瞬時にオーグが表に現れ、そのタフネスさでもって耐え切ったのだ。

 とはいえその肉体はオーグ本来のそれとは比較にならない、14歳の人間の体だ。

 結果、大ダメージを受けたノルトは仰向けに倒れたまま、暫くの間動けなかった。

 そのまま目だけを動かし、アンナ、サラ、ドーンの様子を見た。

 皆、一様に意識が無いようでグッタリとしており、血塗れになっていた。恐らくは自分もそうなのだろう。鼻から伝う血が口に入るのがわかる。

(やばい……やばいぞ……みんな、生きてるの、か……)

 体に力を入れると激しい痛みと共に指がピクリと動いた。

(動く……よし……起きろ……)

「グッ……くく……」

 歯を食いしばり、両手を後ろ手に突いて上半身を起こした。

「おっと。まさか少年が最初に起き上がるとは……ハッハ。さすがは魔王を宿したお子さんだ」

 リドリリアの背後にまたリリアの本体が揺蕩いながら現れた。

 その目がスッと開き、ノルトを睨むでもなく見つめた。

「……!」

 血のような赤い目と鈍く光る黒い瞳を見て背筋がゾッとする。

 リリアの邪悪な霊気オーラが集まり、やがてドス黒い、サンドワームのような太い触手となった。

「まだ2体、現世の魔王を入れてるのだったな。面白い。これが防げるか?」

 反射的に身を固くしたノルトだったがそれの標的は彼ではなかった。

 文字通りあっという間もなく、その触手は壁にもたれて気を失っていたマクルルの頭部を突き刺した。

「マ……え、は?」

 呆気に取られたようにノルトの口が開いた。

 数秒後、マクルルの体から完全に力が抜けたのが見えた。

 触手が引き抜かれると顔の部分にぽっかりと穴が空いていた。

 ズッ……という音と共にマクルルの体が床に倒れる。

「マ、マクルル……?」

 だがその触手はそこで攻撃をやめなかった。
 念を入れるように、見えない程の速さでマクルルの大きな体を何度も何度も突き刺した。

 とても現実に起こっている事とは思えない。

 ザク、ザク、と血飛沫が上がるたびに無表情だが頼もしいマクルルの顔が思い浮かぶ。

 やがて彼の体は元が何か分からない、血だらけのボロ屑となった。

『マク、ルル……!』

 先程ノルトの身代わりとなったダメージを引きずっているオーグの慟哭が頭の中に響く。

「バカ、な……嘘だ……マクルル……」

 体中の痛みを堪え、ノルトが立ち上がる。

 それを見てリドリリアはニヤリと口の端を上げた。

 次にその触手が狙ったのはアリオンダッチの一撃で気を失っていたテスラだ。

「させる、ものか!」

 ダメージの大きな体では走っても到底間に合わない。

 意を決してテスラの前に転移し、防御魔法を展開する。

 その触手は柔らかそうな見た目とは違って途轍もなく硬かった。魔法はあっさりと弾かれ、破壊され、ノルトの体も簡単に飛ばされてしまった。

「ぐあっ!」

 顔から床に崩れ落ち、痛みで気が遠くなりそうになるのを堪え、すぐに起き上がりテスラを見た。

「は、はぁぁぁ……」

 力が抜けたようにへたり込む。

 そこにあったのはもう人の姿ではない、ただの肉片の集まりだった。

「な、なんで……」
「いい表情をするなあ。堪らないよ」

 あまりに突飛な出来事過ぎてノルトの頭が現実に追い付かない。

 長らく共に旅して来た仲間ではなかったか。

 テスラの笑った顔、怒っている顔、ロゼルタとの口喧嘩、痺れる程格好の良い戦いっぷり、そんなものが不規則に脳裏に浮かぶ。

「なんだ、なんなんだよ、やめろよ、やめてくれ……」
「残念ながらこれからの世に私に歯向かう魔族はいらないんでね。さ、次はどっちにしようかな」

 ロゼルタとドーンのどちらを先にと触手が迷うような素振りを見せた。

 それはノルトの脳が現実逃避したがっているのを無理矢理引き戻すのに十分だった。

「やめろぉぉ!」

(ランティエ!)

『わかってる!』

 頭の中での瞬時の会話の後、間髪入れず魔法を発動した。

「『ラン=キルシドの氷柱』!」

 永久凍土の氷が地面から飛び出し、触手に取りつくと幾重にも層を作りながら完全に凍らせ、動きを止めてみせた。

 と思った次の瞬間、砕ける筈のないその巨大な氷は一瞬にして粉微塵に散らばった。

「は……?」

 絶句したノルトがまたも口を開けたまま立ち尽くす。そのせいで一瞬出遅れた。

 触手が向かった先はドーン。

 彼女は少し前に目を覚まし、テスラがやられているのを呆然と見つめていた。

 襲い来る触手を目で追いながらもどうする事も出来ない。

「ここまでか」

 短く、小さく呟くと目を閉じた。

 それとほぼ同時に触手はごくあっさりと彼女の胸を貫通し、その体は地面に串刺しとなった。

「ド――ンッ!」
「……う……ガフッ……ノ、ル……」

 ドーンの口から出たのはそこまでだった。

 流れ出る血が喉を塞ぎ声にならない。

 その時ノルトの目に映ったのは血で染まった口の端を上げ、僅かに微笑むドーンの顔だった。

「あ、あ、あああああっ」

 直後、彼女もテスラ、マクルルと同じ末路を辿った。

 初めて館で出会った時の恐ろしいドーン、人化した時の可愛い姿、デルピラでクリニカに囚われる寸前だったノルトを救ってくれた命の恩人。

 その彼女はノルトの目の前で残酷と言う形容だけでは生ぬるい程に何度も何度も、執拗に激しく突かれ、原形をとどめない悍ましい肉屑の姿となった。

 激しい物音が近くでしたためか、そこでようやくサラとアンナが目を覚ます。

 最初はその肉の塊が何なのかわからないようだったが、やがて衣服の切れ端からそれがドーンだと悟り、絶句し、悲鳴を上げた。















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