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最終章 魔王をその身に宿す少年

144.起源の魔王(4) 暗黒神と元魔王

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 リドリリアの体は徐々に後退する。

 なんとか挟み撃ちを避けようと体の方向を変えるが、歴戦の猛者のふたりがそうさせない。

 当初左右から攻め込んでいたふたりはいつの間にか前後を挟むように位置取っていた。

 サラの前に立つノルトは、いつしか拳を握ってその闘いに見入っていた。

(さすがだ、やっちまえ!)

『おいおい、願ってどうする。お前も行かんかい』

 オーグの呆れた声が聞こえてくる。

(いやどう考えてもあそこに俺が行っちゃあ邪魔だろ)

『情けねえ事言ってんじゃねえぞ。わかった、俺に任せろ』
『いやまて、オーグ』

 不意にランティエが割って入る。

『あの野郎、何か狙っているような気がするぞ』
『あ? ならその前に……』

 突如リドリリアの目が妖しく光った。

 それに気付いているのかいないのか、テスラとロゼルタが同じタイミングで仕掛けた。

「いい加減くたばりやがれっ! 悪来ニ刃デヴィルエッジ!」
「唸れ我が血! ブラッドストリーム!」

 至近距離からのテスラの斬撃はリドリリアの体をVの字に斬り裂いた。

 一方のロゼルタ、彼女の体からは真っ赤な霧のように血が噴出、それはやがて奔流となり、真紅のトルネードとなってリドリリアを襲った。

「ぐあああっ」

 悲鳴を上げて仰け反るリドリリアは、しかしそのまま両手を上げ、

「こ……交感せよ……アリオン……ダッチ!」

 それを聞いたサラの顔から血の気がサッと引いた。

「バ、バカな……か、神を、降ろす!?」
「ふたりとも! 一旦退けっ!」

 ドーンの悲鳴にも似た叫び声が響く。


 だが、遅かった。


 リドリリアの体が完全なる黒に包まれた。


 魔族の彼らですら見た事のない暗黒のそれは、霊気オーラだけで彼らを恐怖で棒立ちにさせた。

 ノルトの中の2人の魔王までもが畏怖し、黙り込む。

 姿の見えないそれこそが、闇に属する希少な神にしてその最上位に君臨する暗黒神アリオンダッチ。

 不意にノルト達の頭に神託を読むナウラの声が思い出された。


《アリオンダッチを纏う者の復活を阻止せよ》


 だが復活は阻止出来なかった。

全てを破壊する暗黒の銀河アルティマ=アビスブレイク

 常人が聞けばそれだけで卒倒しそうなほど不気味な声が呻くように言う。

 刹那、ロゼルタとテスラの体を無数のの球が貫いた!

 彼らは叫び声のひとつも出せずに遥か後方に吹き飛び、体中から血を噴出させ、穴ぼこになって部屋の壁に当たり、ドサリと落ち、そのまま動かなくなった。

「あ……あ……」

 ノルトとアンナどころか、戦闘経験は彼らよりも遥かに豊富なドーンやサラですらも恐怖で硬直し、動けないでいた。

「……ふう。どうだった? 私の力の根源は」

 暫くしてから制御が戻ったらしいリドリリアがペロリと口の周りを伝う自らの血を舐めながら言う。

「ち……力の、根源……」

 そこでノルトがハッとした。

(そ、そう言えば……メルマトラでメニドゥラさんの攻撃が効かなかったあの時……)


「バ、バカな……魔に属する貴様が何故我が取り消しキャンセル出来る」
「クックック。魔に属する、か。お前はリリアの事を何も知らぬ様だな」


 確かにリドがそう言っていた。

(こいつの力は闇でありながらではなく、神……神属性ってことか!)

『悉く吾輩達の攻撃をガードしていたのは、その片鱗だったって訳ね』

 いまだ恐怖から解放されないとわかるランティエの声が頭の中で響く。

『じょ、冗談じゃねえぞ。サラとドーンの加護、ロゼルタとテスラの防御を無いもののように貫いた』

 オーグも信じられないといった言い様だ。

 リドリリアは魔人の姿に戻ったテスラとロゼルタがピクリとも動かないのを見、怯えるノルト達に視線を戻し、満足げにニヤリとした。

「ふ……無様に転がる2匹と君達の顔つきでよくわかったよ。さすがは我が神だ」

 ゆっくりとノルト達に向かって歩き出す。

 それと一定の距離を置くようにジリジリとノルト達も退がる。

(クッ……今の攻撃が俺やアンナに来たらどうする? 避けれるか? 守れるか?)

 目の前で見た恐怖の権化といえる暗黒神とそれが生み出す超威力に不安が膨れ上がってゆく。

 その時、突然2つの出来事が脳裏に浮かんだ。

 ひとつはウィンディアの町で思いがけず出会したネイトナの激しい追求をものともしなかったテスラの笑顔と言葉だ。


「お前、さては声掛けられたらどうしよう、バレたらどうしようって思ってただろ。そいつが間違いなんだ。来たらどうしよう、じゃあねーんだ。来たらこうしようって考えるんだよ」


(あの時テスラは俺にそう教えてくれた)

 もうひとつはロゼルタとの出来事だ。


「もしロゼルタさんが危ない時は、絶対僕が助けます」
「お前が? ……フフッ。わかった。期待してるぜ」


 豊穣のダンジョンでロゼルタが無事だったと安心したノルトが言った言葉に対して返してくれた笑みだ。

 今、その彼女は命の危機に瀕している。

(そうだ。どうするどうするってビビってる場合じゃない)
(ロゼルタが危ない。守るんだろ?)
(俺の中には魔王達もいる。やられる訳がないだろ)

 そう思い直すと喝を入れるように両手で自分の頰をパシリと叩いた。

「ノルト……そ、そうね!」

 それがアンナにも伝播した。
 次いでサラとドーン。

 サラは素早く部屋の中を見渡す。

(マクルルさんの呪いはキジェシス様が消える前に解呪を掛けてくれている。全員に持続治癒もかけた。でも……ダメ……このままじゃ死……)

「ふふふ。いいねいいね。そうこなくちゃ。やっぱり最後まで足掻かないとね」

 目を細め、リドリリアが愉しそうにノルト達を見る。

「こんなのはどうだい? 来たれ私の子供達!」

 リドリリアが指をパチンと鳴らす。

 すると彼の背後の何もない空間から煙が巻き上がる。

 それらは渦のように回りながらやがて巨躯の、明らかに魔族とわかる姿となって現れた。

「彼らは私が産んだ最初の魔族で、私の次の魔王達でもある。私を裏切り、私を殺したが彼らが死んだ後その魂を捕まえ、服従させたのだ」

 虚な目をした太古の魔王達は、意志のない人形のようにノルト達へと歩き出した。

「酷い事を……これでは彼らが浮かばれん。儂がここでリリアの呪縛を断ち切ってくれよう」

 それを見ても怯むどころかむしろ憐憫の表情を浮かべたドーンが黒い霊気オーラを噴き出した。

「無駄さ。腐っても彼らは元魔王、なんだぜ?」

 リドリリアが得意げに言う。

「闇の武神、その最強の力を開放する!」

 高らかにドーンが叫ぶと、一転、リドリリアの表情が驚きのそれに変わった。

「『武神ゼタの極雷ゼタズ=エクスヴォルト』!」

 辺りに暗黒神アリオンダッチの降臨に似た邪悪な気配が一瞬膨れ上がった、と思った次の瞬間、漆黒の雷が4人の魔王達の頭上に落ちた。

 凄まじい轟音と共に、ノルトが見たどの雷魔法よりも強烈なそれはたったの一撃で魔王達を消し去ってみせた。

「これは驚いた。死霊使いネクロマンサー如きがまさか闇の神ゼタ由来の魔法を扱うとはね」

 ドーンを睨み、リドリリアが言う。

 濛々とした煙の中、一撃で焼け焦げた魔王達、しかしその内の1体はまだ生き残っていた!

 それは雷に強力な耐性を持った唯一の魔王。
 彼はその強大な魔力を拳に集め、ドーンへと繰り出そうとした。

 瞬時にそれに気付いたノルトがそれよりも早く、ランティエの加護を纏い、オーグの正拳突きを放った。

 それによって魔王だった肉体は砕け散り、粉々となった。

「ちぇっやるじゃないか。じゃあここからがね」

 その言葉でゾッとした。

 ふと見ると足元に散らばった魔王の肉体から、いやそれだけではない。他の3体からも一様に彼らの霊気オーラが煙のように立ち上る。

 それらはやがて4つの煙の玉のようになり、ノルト、アンナ、サラ、そしてドーンを襲う。

「や、『闇の大障壁』!」

 咄嗟にランティエの防御魔法を全員に展開した。それに重ねる様にサラも叫ぶ。

「『ラン=キルシドの永久氷壁』!」

 4つの黒い煙の玉は氷壁に弾かれるでもなく、氷を削るでもなく、ただ、

 闇の大障壁には少し煙が削られ、霊気オーラの玉は小さくなる。しかしすぐにランティエのバリアは破壊された。

「はっ……!」
「ひぃっ!」

 直後、恐怖で顔を引き攣らせた4人全員にそれは直撃し、轟音と共に爆発を起こした。

 それを眺めていたリドリリアが独り言の様に言う。

「ウフフ。さあ何人生き残れるかな? 腐っても元魔王だと言ったろう。造られた肉体は脆くてもその魔力は強大無比だ」

 爆発が終わり、4人がピクリとも動かない様子を見て更に上機嫌となる。

「かつて私を裏切った4人の魔王を敢えて脆い現世の肉体に宿し、惨めな目に遭わせ、私に歯向かった現世の奴らと心中させる。これが私に逆らった罰だよ」

 愉悦の表情のリドリリアの笑い声は、その広い部屋にこだまする。

 そして。

 ノルトの指がピクリと動いた。















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