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砂漠の王太子
073.覇王 対 魔王(後)
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落雷の直撃で焼け焦げた体の表面がパリパリと脱皮するかのように剥がれ落ち、リドが立ち上がる。
「さすがの威力……だが効かぬ」
キョロキョロと見回すが既にロゼルタやサラ、テスラもネルソも姿が見えない。
小さな気配に気付き、ハッと上を見上げると飛び上がっても届かないであろう絶妙な高さの位置にノルトの上半身だけが現れ、ニタリと笑って指を天に向けていた。
「貴様、この30年の間に奇妙な技を……」
「そりゃお互い様だな。さあこいつで死ぬがいい。『溶岩雨』!」
指をリドの方へと下ろす。
すると空中に真っ赤に燃え上がった岩石、焼け溶けた岩、と大小入り混じった溶岩が現れ、リドがいる地上へと次々に降り注ぎ始めた。
岩が燃え盛る音、落下の風切り音、地面との激突音が鳴り響き、地上には燃え盛る溶岩が溜まっていき、その熱と噴き出すガスによって辺りはあっという間に地獄と化した。
だがリドも簡単にそれらに当たらない。
かつてエキドナと対峙した際は隕石乱弾の攻撃すら躱してみせた彼はジッと反撃の機会を窺っていた。
その様子を空から見下ろしていたネルソの頭の中にテスラの声が響いてきた。
魔族は言葉の他に、人間が使う交信の指輪の様に、離れていても種族独特の魔法で直接話が出来る。
今まではリドに気配を察知される可能性を考慮して使わなかった通話方法だった。
『ネルソ様。大丈夫ですか?』
『うむ。そっちはどうだ?』
『今、町から出るところです』
空から一帯を見渡せるネルソは視線を変え、早くもフュルトの町跡から抜け出すテスラ達を見つけ、ホッとひとつ安堵の溜息をついた。
ひとり、気を失ったままのハミッドはどうやらテスラが背負っているようだ。
『とにかく見つからぬよう、気配を消して進め。余もすぐに追い付く』
『わかりました。御武運を』
念話というこの魔法には欠点として、少しばかりの精神集中が必要だ。
そのため気付くのが一瞬遅れた。
いつの間にか彼の眼前に、禍々しい霊気を帯びた若き日のリド=マルストの姿があった。
「しまっ……」
人間のリドには届かない高さでも、魔人化した彼には余裕で届く距離だったらしい。
眼光鋭く睨みながら、完全に間合いに入っていた。
「逃がさん」
音もなく振られた黒い剣はネルソの頭があった部分を正確に切り裂いた。
だがそこにもうネルソの姿はない。
転移だ。正反対の位置に転移し、エキドナの力で再び空間に固定する。
(あのクソヤローの魔人化状態はヤバいね。パワー負けする)
(奴が空を飛べなければいいんだけど)
そうであればリドは一度着地するしかない。再びネルソが攻撃するには十分過ぎる間だった。
リドはネルソが背後に出現したことを察知し、振り返りもせずそのまま宙を滑るようにして一瞬でネルソの眼前へと移動した。
(やっぱ飛べちゃうのか。余でも飛べんというのに)
(しかもこの速さ、転移がアドバンテージにならん)
『まずいわねえ。私がやられた時とデジャブだわ』
スッと頭にエキドナの意思が流れ込む。
(そいつあ嬉しくない情報だ)
ノルトがそうする様に、ネルソも頭の中で瞬時に意思疎通する。
(さて、どうすればいいと思う?)
『転移を繰り返すだけではチャンスは作れないわ。攻撃してきた時に反撃しないとダメだと思う』
(確かに)
もう一度、より高い空間に転移を行うが、リドは難なく着いてきた。
「逃がさんと言ったろう。貴様はここで終わりだ。絶対に殺す」
言うより早く、もうリドの剣はネルソの首を捉えかけていた。
(ヤバいな。もう魔素が底をつく)
『あいつの魔素回復力はノルトを大きく上回っているわね。だからちょっとでも間を置いちゃうと何度も魔人化してくるんだよ』
(今ここでこいつを殺したかったとこだが、余が前に出ているようではダメなのだろう)
(やはりノルトが成長しなければ……)
『同感ね』
それは30年前、一度リドと戦い、敗れている彼らが、より化け物じみた力を手にしたリドを相手にした感想だった。
(それはそうと、逃げる前に是非1発喰らわしてやりたいね)
『それも同感』
黒い剣が空間を裂きながらネルソの頭と胴を分つ直前、彼の瞳がより赤く輝く。
(起きよ、ランティエ!)
リドの剣がネルソの首に触れ、スパッと切り裂いたと思われたその瞬間!
『衝撃反射』
少年のような声が頭に響く。
「うがっ!」
同時にリドは凄まじい勢いで後方へと吹き飛ばされた。
「おおお……やっば。グッジョブ、ランティエ」
それはネルソの声に応え、ほんの一瞬だけ目覚めた死霊王ランティエの奥義魔法のひとつだった。
攻撃の衝撃を闇属性の魔力ダメージに変換して対象に返すそれは、使い所によっては一気に劣勢をひっくり返せるものだ。
彼はその後何も言わず、再び意識の奥底へと落ちて行く。
ホッとしたエキドナの声が聞こえてくる。
『今のはまた死んだと思ったわ』
(気が合うね。余もだ)
『す、すごい……』
(お、ノルト。ごきげんよう。お寝坊さんだね)
それは少し前に意識を取り戻したものの、ハイスピードで次元の異なる魔王の戦いに呆然とし、ひっそりと息を殺していたノルトの声だった。
『す、すみません』
(だがいいタイミングだ。変わるぞノルト)
『は……』
(いよいよ魔素がなくなった。1発喰らわしたし、逃げよう)
訳が分からぬまま反撃されたリドは空中でブレーキを掛けると鬼の様な形相でネルソがいた方を睨む。
が、既にネルソはそこにはいない。
ネルソはノルトへと自我を戻し、リドに察知されないようにしながら転移を数回繰り返し、廃墟となった建物の影をうまく利用しながら見事に窮地を抜け出した。
後にはやり場のない怒りで雄叫びを上げるリドの姿があった。
―――
第二章 砂漠の王太子(完)
「さすがの威力……だが効かぬ」
キョロキョロと見回すが既にロゼルタやサラ、テスラもネルソも姿が見えない。
小さな気配に気付き、ハッと上を見上げると飛び上がっても届かないであろう絶妙な高さの位置にノルトの上半身だけが現れ、ニタリと笑って指を天に向けていた。
「貴様、この30年の間に奇妙な技を……」
「そりゃお互い様だな。さあこいつで死ぬがいい。『溶岩雨』!」
指をリドの方へと下ろす。
すると空中に真っ赤に燃え上がった岩石、焼け溶けた岩、と大小入り混じった溶岩が現れ、リドがいる地上へと次々に降り注ぎ始めた。
岩が燃え盛る音、落下の風切り音、地面との激突音が鳴り響き、地上には燃え盛る溶岩が溜まっていき、その熱と噴き出すガスによって辺りはあっという間に地獄と化した。
だがリドも簡単にそれらに当たらない。
かつてエキドナと対峙した際は隕石乱弾の攻撃すら躱してみせた彼はジッと反撃の機会を窺っていた。
その様子を空から見下ろしていたネルソの頭の中にテスラの声が響いてきた。
魔族は言葉の他に、人間が使う交信の指輪の様に、離れていても種族独特の魔法で直接話が出来る。
今まではリドに気配を察知される可能性を考慮して使わなかった通話方法だった。
『ネルソ様。大丈夫ですか?』
『うむ。そっちはどうだ?』
『今、町から出るところです』
空から一帯を見渡せるネルソは視線を変え、早くもフュルトの町跡から抜け出すテスラ達を見つけ、ホッとひとつ安堵の溜息をついた。
ひとり、気を失ったままのハミッドはどうやらテスラが背負っているようだ。
『とにかく見つからぬよう、気配を消して進め。余もすぐに追い付く』
『わかりました。御武運を』
念話というこの魔法には欠点として、少しばかりの精神集中が必要だ。
そのため気付くのが一瞬遅れた。
いつの間にか彼の眼前に、禍々しい霊気を帯びた若き日のリド=マルストの姿があった。
「しまっ……」
人間のリドには届かない高さでも、魔人化した彼には余裕で届く距離だったらしい。
眼光鋭く睨みながら、完全に間合いに入っていた。
「逃がさん」
音もなく振られた黒い剣はネルソの頭があった部分を正確に切り裂いた。
だがそこにもうネルソの姿はない。
転移だ。正反対の位置に転移し、エキドナの力で再び空間に固定する。
(あのクソヤローの魔人化状態はヤバいね。パワー負けする)
(奴が空を飛べなければいいんだけど)
そうであればリドは一度着地するしかない。再びネルソが攻撃するには十分過ぎる間だった。
リドはネルソが背後に出現したことを察知し、振り返りもせずそのまま宙を滑るようにして一瞬でネルソの眼前へと移動した。
(やっぱ飛べちゃうのか。余でも飛べんというのに)
(しかもこの速さ、転移がアドバンテージにならん)
『まずいわねえ。私がやられた時とデジャブだわ』
スッと頭にエキドナの意思が流れ込む。
(そいつあ嬉しくない情報だ)
ノルトがそうする様に、ネルソも頭の中で瞬時に意思疎通する。
(さて、どうすればいいと思う?)
『転移を繰り返すだけではチャンスは作れないわ。攻撃してきた時に反撃しないとダメだと思う』
(確かに)
もう一度、より高い空間に転移を行うが、リドは難なく着いてきた。
「逃がさんと言ったろう。貴様はここで終わりだ。絶対に殺す」
言うより早く、もうリドの剣はネルソの首を捉えかけていた。
(ヤバいな。もう魔素が底をつく)
『あいつの魔素回復力はノルトを大きく上回っているわね。だからちょっとでも間を置いちゃうと何度も魔人化してくるんだよ』
(今ここでこいつを殺したかったとこだが、余が前に出ているようではダメなのだろう)
(やはりノルトが成長しなければ……)
『同感ね』
それは30年前、一度リドと戦い、敗れている彼らが、より化け物じみた力を手にしたリドを相手にした感想だった。
(それはそうと、逃げる前に是非1発喰らわしてやりたいね)
『それも同感』
黒い剣が空間を裂きながらネルソの頭と胴を分つ直前、彼の瞳がより赤く輝く。
(起きよ、ランティエ!)
リドの剣がネルソの首に触れ、スパッと切り裂いたと思われたその瞬間!
『衝撃反射』
少年のような声が頭に響く。
「うがっ!」
同時にリドは凄まじい勢いで後方へと吹き飛ばされた。
「おおお……やっば。グッジョブ、ランティエ」
それはネルソの声に応え、ほんの一瞬だけ目覚めた死霊王ランティエの奥義魔法のひとつだった。
攻撃の衝撃を闇属性の魔力ダメージに変換して対象に返すそれは、使い所によっては一気に劣勢をひっくり返せるものだ。
彼はその後何も言わず、再び意識の奥底へと落ちて行く。
ホッとしたエキドナの声が聞こえてくる。
『今のはまた死んだと思ったわ』
(気が合うね。余もだ)
『す、すごい……』
(お、ノルト。ごきげんよう。お寝坊さんだね)
それは少し前に意識を取り戻したものの、ハイスピードで次元の異なる魔王の戦いに呆然とし、ひっそりと息を殺していたノルトの声だった。
『す、すみません』
(だがいいタイミングだ。変わるぞノルト)
『は……』
(いよいよ魔素がなくなった。1発喰らわしたし、逃げよう)
訳が分からぬまま反撃されたリドは空中でブレーキを掛けると鬼の様な形相でネルソがいた方を睨む。
が、既にネルソはそこにはいない。
ネルソはノルトへと自我を戻し、リドに察知されないようにしながら転移を数回繰り返し、廃墟となった建物の影をうまく利用しながら見事に窮地を抜け出した。
後にはやり場のない怒りで雄叫びを上げるリドの姿があった。
―――
第二章 砂漠の王太子(完)
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