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砂漠の王太子

062.囚われのロゼルタ(前)

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 ロトス王城 ――

 作戦中会議室。
 本来は国内で発生した、小規模のテロやクーデター、犯罪など軍隊が動くべき案件の会議をするべき場所である。

 だが今、この部屋はマッカの個人的な所有物となっていた。つまり彼が見そめた女性と愉しむためだけの部屋、だ。

 テーブルや本棚など、なものは全て取っ払われており、代わりに彼の巨体が寝ても余りある大きさのベッドが置かれてある。その重さを支える為、強度の方も、地上でもっとも硬いと言われるガルジアの樹木に更に硬度を高める魔法がかけられたものが使われていた。

 そのベッドで今目覚めた美しい女性がいる。

 ロゼルタだ。

(ここは?)

 天井があり、壁がある事はすぐにわかった。つまりどこかの部屋の中、という事だ。

 上半身を起こし、キョロキョロと目だけを動かして部屋の中を見回す。様々な手枷、足枷の器具があり、磔にする為の柱やその他の形容し難い拷問器具が並ぶ。

「はあ? なんだこりゃ……」

 あまりの光景に思わず口から溢れてしまう。周りに誰もいない事を確認してそろりとベッドから降り、着衣の様子を見る。

(まだ何も……されてねーようだな)

 ひとまずほっとするといつもの様に姿勢良く立ち、腕を組んだ。

 この様な部屋で目覚めたという事は、彼女をここに連れてきた人物がこれから彼女をどうしようと思っているかなど、すぐに見当が付こうというものだった。

(ったく、ほんと気っっ色りい)

 この時、窓の外を見ていれば、その高さからここが王城であることを推測できたかも知れない。が、彼女は今、別の事を考えていた。

 最後に記憶が途切れる直前、つまりあのアーチの下で少しだけ見えた襲撃者の顔に彼女は見覚えがあった。

(あれはオーク、いやハーフオークだ。だがマッカじゃねー)
(あれは確か……名前は忘れたがマッカの兄弟達)

 まだ考えも纏まらず、部屋の中の不気味な品物を見るでもなく見ていた時、扉がガチャリと開いた。


 ◆◇

 クヌムとヨアヒムが声を揃えて、

『見たことのないほど美しい女を捕らえた』
『十分メイの代わりになると思うがどうする』
『兄貴が興味ないなら俺達がいただくが』

 などというのでマッカは急いで中会議室へと向かっていた。

 もちろん誇張しているだろうと想像していた。マッカの知る限り、ここ数十年で今の王女メイを上回る美貌の持ち主など見た事がない。

(まあでも折角兄弟達が捕えてくれたんだ。味わわねばなるまい)

 それほど期待せずに扉を開け、すぐに自分の考えが間違っていた事を思い知った。

 今では彼の個人的な欲望を満たすだけの部屋となっているその異常な空間。この中に放り込まれた全ての女性は皆震え、怯え、涙を浮かべていたものだが、今、目の前の女性は頭がおかしいのかと疑うほど一切の怯えを見せていない。

 部屋の中程で少し足を開いて美しく立つロゼルタと目が合った。

「う、うおっ……」

 そう呻いてマッカは数秒固まった。

「どうだ兄貴。嘘は吐いてなかったろ?」
「こんな綺麗な女、久々に見たぜ」

 それに答えることをせず、よろよろとロゼルタへと近付く。

(チッ。こんな状況でこいつと出会っちまうとは……どうする?)

 鋭い目付きでマッカを睨み、彼女は考えを巡らせる。

 やがてマッカの口からは涎がぽたりぽたりと垂れだした。

「クヌム、ヨアヒム……よく、よくやった。こいつあ、メイに勝るとも劣らねえ」
「だろ?」
「こいつで我慢してくれよ。メイは継続して探しているからさ」

 ウンウンと頷きながら、さらに一歩、二歩とロゼルタに近付き、

「なんて、綺麗な女だ……ヒ……ヒ、一日中、いや生涯、嬲り尽くしてやる」

 少し上向きの鼻の穴を更に広げる。背中を丸め、少しでもロゼルタの顔に近付くようにした。

「フ、フフッ。これからお前は一生俺の奴隷だ。怖いか?」
「は? 寝言言ってんじゃねー」
「おおお……俺に対してここまで強気な女はいなかったな。これは素晴らしい拾い物だ」
「チッ。豚クセーツラ、近付けんじゃねーぞ」

 その言葉にマッカだけではなく、クヌム、ヨアヒムまでもが息を呑んだ。

「お前、俺が誰だか分かってないらしいな」

 ギラリと殺気を孕む目付きに変わる。
 それに対してロゼルタはフフンと鼻で笑って応える。

「知ってるぜ。マッカだろ。女の尻ばかり追いかけている」

 一瞬マッカの殺気が膨れ上がったものの、すぐにそれは消え、代わりに大きな笑い声が部屋に響き渡った。

「そうかい。仰る通りだ。お前も穴だらけにしてやる」

 言い様、マッカがロゼルタに抱き着いた。

「ん? ……あれ?」

 だがその腕の中にロゼルタはいない。
 クヌムが叫ぶ。

「兄貴、左!」

 マッカがそちらを見る間も無く、ザンッと脇腹に短剣が突き刺さる。
「あ?」マッカがその傷を確認する間もなく、ロゼルタの姿は消え、今度は反対側からマッカの側頭部を狙った一撃を放つ。
 だがそれは上げられた右腕に刺さり、致命の一撃にはならなかった。

「ウッ」

 ロゼルタの顔色が変わる。短剣が引き抜けないのだ。

「チッ。無駄な筋肉つけやがって」

 肉に埋もれた短剣を諦めて距離を取った。

「お前、ただもんじゃないな。女でそれ程の動きが出来る者などこの国にはいねえ」
「兄貴!」
「す、すまねえ。まさかこれほどの手練とは思わず、装備とかそのまんまにしちまった」
「気にするな。大丈夫だ、これくれえ」

 狼狽えるクヌムとヨアヒムの2人を制すると、ロゼルタの方へと向き直り、ニタリと笑う。

「こんな狭い部屋の中でいつまでもヒラヒラと逃げられるもんじゃねえ。お前のその綺麗な身体に俺のをブチ込むまでの余興だな。さ、せいぜい頑張って俺から逃げてみろ」

 己の力に絶対の自信を持つマッカに対してロゼルタの額に癇筋が浮かぶ。

「はあ? 逃げるだあ?」

 刹那、部屋中に凄まじいロゼルタの霊気が渦を巻く。その赤い霊気は血飛沫のように彼女の周囲を意思があるかのように周り、踊る。

「ナニモンだてめえ……まさか、魔族か?」

 真紅の霊気が彼女を覆ったほんの一瞬のうちにロゼルタの体は彼女本来のものへと変わった。

「ナメんじゃねーぞ豚野郎。30年前の恨み、今こそ晴らしてやる」
「30年前、だと?」

 黒と赤のドレス、雪の様な白髪、王女のような気品を醸し出す吸血鬼の女王ヴァンパイアクイーン、ロゼルタ本来の姿が呆気に取られる彼らの目の前に現れる。

「き……あ? てめえ見たことが……まさかメルタノのロゼルタか?」
「テメーをぶち殺す為に地獄から戻ってきたぜ」
「バカな。てめえはこの俺が真っ二つに……」

 マッカ、ヨアヒム、クヌムの3人はそれ以上声も出せず、硬直してしまった。

 テスラに魔族の交信を使うか悩んだロゼルタだったが、

(ここがどこだかわからねー。あいつを呼んだところで、か……)

 と断念する。

 つまり自分1人でやるしかない。相手が驚愕している今がチャンスと残像が残るほどのスピードでマッカの背後に周ると、ダズにした様に喉元へと牙を突き刺した。

 が、そこはさすがに英雄パーティのナンバー2、いつまでもただ突っ立ってはいない。相手が吸血鬼の女王であれば体液を入れられるといかに自分であっても眷属化は免れないとすぐにロゼルタの頭を掴み、グルンと前へと背負い投げた。

 凄まじい音と共に床に打ち付けられる。痛みと衝撃で顔が歪むがすぐさま覆い被さろうとするマッカを紙一重で避け、距離を取った。

 ゆっくりと膝を立て、ロゼルタの方へと振り向き、驚愕の表情から、やがて不遜な喜びの表情へと変わる。

「ク、ククク……不思議な事があるもんだ。真っ二つにした奴が生き返るなんてな」

 立ち上がり、体を震わせた。

「あの時、貴様を見てリドだけでなく、俺も滾ったんだぜ。お前みたいないい女は見たことがなかった」
「ハッ。テメーみてーな豚に褒められても嬉しかねー」
「それだ、その性格。ムッチャクチャにしてやりたいと思ってたんだ。勝気なお前が泣いて慈悲を乞う顔になる……それが見れる事はもうないと思っていたが」

 立ち上がり、フンと力を入れる素振りをすると元々ロゼルタより三回り以上大きかったその体は、更にひと回り大きくなった。

「こんな嬉しい事はねえぜ。とはいえ魔神ロゼルタが相手だ。俺も力を出させて貰う。こいつが、オークチャンピオンの……力だ」

(オーク化、か)

 マッカの瞳は黒を包む深い緑になり、上半身が裸となり、これも濃い緑色の肌になった。黒い霊気の渦が爆発的に発生し、周囲の数々の器具が吹き飛んだ。

 その姿はメルタノ侵略時、ロゼルタを頭から一刀両断、真っ二つにしたあの時のマッカと同じ姿だった。




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