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砂漠の王太子

060.消えたロゼルタとハミッド(前)

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 メイが危機を脱したその翌朝。

 昨晩、その様なことが王城で起こっていたとは思いもしないノルト達はロトス王国の東端、飛竜屋のあるブルジュという小さな村にいた。

「この国は160年前に初代ネイザール王の弟の息子が建国した国なんだ。つまりネイザールとは兄弟国ってわけだ」

 酒場で喉を潤しながらハミッドが言う。
 この国では彼の顔を知る者も少なくないため、鼻と口元をマフラーで隠していた。


 北にデルピラ、西にネイザール、東に今はリルディアとなった旧ラクニール、南にメルタノと国境を接する。

 国王はロトス6世だが既に老齢のため、その子のユリスがまもなく即位するのは公然の事実とされている。

 ロトスは30年前、ラクニール王からの魔界討伐令を胡散臭いと思いながらも派兵に協力した。それには海産物を殆どラクニールからの輸入に頼っていることや、軍事圧力の背景もあった。

 マッカが軍事総司令官となってから、日々目に余る残虐非道な行為がなされ、心ある者、逆らう者は次々と殺された。
 現在のロトス王国はネイザールと変わらない、人材難に陥っていた。

 4年前、リドに呼び出されたマッカが暫くこの国を空けた時、ロトス王はネイザールに連絡し、ハミッドを呼び今後の対策を共に練った。

 この時ハミッドと強固な協力体制を築いたのが20歳になったばかりの王子スライブだった。当時29歳だったハミッドよりも十近く若いが、飄々としていて掴みどころがないが非常に賢い青年であり、ハミッドの彼に対する評価は高かった。

 その場で紹介されたのが彼の妹、王女メイ。スライブと彼女は2人とも次期国王のユリスの子供で、現王ロトス6世の孫、ということになる。
 幼いメイとは会ったことのあるハミッドだったが、15歳となり、立派に成長したメイをひと目見て恋に落ちてしまった。

 そこから彼女にしつこくアプローチをかける。メイからすれば幼い頃、何度か遊んでくれていたどこかの国の偉いお兄さん位の認識だった。
 年の差もあり、最初はその言葉を冗談だろうとまともに取り合わなかったが、やがてハミッドの真剣さがわかり、幼い頃にはわからなかった豪胆さ、優しさに触れ、2人はプラトニックながら愛し合う仲となり、将来を誓い合った。

 ハミッドは王族達に、ロトスをマッカの手から奪い返す事を約束した。


「で、具体的にはどうするつもりだったんだ?」とロゼルタが尋ねた。
「表向き、ネイザールと不仲と見せつけておき、時期を見てネイザールからロトスに攻め入ろうと思っていた」
「それでまず国交を」とサラ。
「そうだ。あのダンジョンのお陰でその目処も立ったのでな」
「ふむ。なら攻めずに忍び込んで奪いに行くのは何故だ」またロゼルタが聞く。
「ロトスの方が兵士も多く、マッカもいる。それに奴の配下であるロンギスがデルピラを、ハルサイがメルタノを治めている」
「なんだと、そんなことになっているのか」
「ああ。こっちが攻め入ろうもんなら呆気なく三方から袋叩きにされるだろう」
「だから取り急ぎメイだけ助けることにしたってことか」

 鼻から息を吐き、ハミッドが腕組みをする。

「スライブからの報せでマッカが執拗にメイに迫り、明日結婚てなことになってるらしい」
「明日か。だがマッカがそんなものを待つかな?」
「待たざるを得ない。理由はリドだ」

 思いもしない名前が出てきて怪訝げにロゼルタが聞き返す。

「リド?」
「ああ。奴が横槍を入れている。早くリルディアにメイを送れとな。マッカはそれによってメイには簡単に手が出せなくなった」
「ハッ。それでルールに乗っ取って結婚、まさか恋愛だとでも言うつもりか? あの豚野郎」

 テスラが口汚く罵るが、ハミッドは真面目な顔つきでそれに頷いた。

「そういうことだそうだ。それなら最悪その後でリドに何か言われても一応言い訳は出来るという計算らしい」
「とにかく」

 ロゼルタが立ち上がる。

「休憩は終わりだ。リドがいねー間にさっさとあのハーフオーク野郎をぶちのめし、お嬢さんを救ってやろうじゃねーか」

 皆、頷いて立ち上がった。


 ◆◇

 このまま王都手前の町アルルへ転移し、そこから旅人に紛れて町を抜け、王都に侵入、そんな算段だった。

 ブルジュの辺境にゲートはあった。セントリア同様、ここも一度の転移は2人までという制約が設けられていた。

 先頭で話し合っていたロゼルタとハミッドがそのまま最初にそのゲートを使い、アルルへと転送した。

「次の方」

 ゲートの番兵がノルト達に入るよう促す。続けてテスラとアンナがゲートへと向かおうとした時、突如走ってやってきた兵士が声をかける。

「待て待てお前達」
「あ?」

 ギロリと睨むテスラの目にビクッとしながらもそばまでやってきた兵士は少し聞きたいことがある、と陣幕を指差した。

 テスラは仲間を見渡してハァとため息をつくと、

(面倒だが、ハミッドのためには問題は起こせねーな)

 と素直に「わかった。手短かに頼むぜ」と答えた。


 わざわざ呼び止めてまで「聞きたいことがある」と言っていた割にその質問の内容はとても薄いもので、どこから来た、何の目的でなど、既にゲートの受け付けの時に伝えた内容が殆どだった。

 それを4人分繰り返され、今のロトス王国の説明をされ、テスラの苛立ちがマックスに達した時、ようやく彼らは解放された。

「なんだったんだ一体」
「ほんとね。時間を無駄にしちゃったわ」
「ロゼルタにどやされそうだな。さ、行くか」

 2人で愚痴を言いながらテスラとアンナが転移、続けてノルトとサラが転移する。

 ノルトもロゼルタが怒り心頭だろうと思っていたが、

「あれ? テスラさん、ロゼルタさんは?」
「いねーな」
「私達が来た時にはもういなかったのよ」

 アンナが困った顔で言う。
 その時テスラが交信の指輪を使い始めた。一瞬、胸騒ぎがしたノルトだったが、そうだ、指輪があったと少し安心する。

「ロゼルタ。どこだ、ロゼルタ」

 だが返信はない。
 交信の指輪は周囲に音を聴かせるのとは別に、装着者にはその頭に直接呼びかけるような術式が施されている。そのため、基本的にはない筈だった。

 念の為、数回呼びかけた後、俺のが壊れているかも、と言うのでアンナもやってみたが同じだった。ロゼルタからはなんの返答もない。

「あいつの事だしハミッドもいる。大丈夫だと思うが、応答出来ない何かは起こっているようだ」

 テスラが珍しく神妙な面持ちで言う。
 ノルトの背筋が寒くなった。得体の知れない不安が彼を襲う。

 暫く無言の時間があり、やがて、

「ま、こうしてても仕方ねー。取り敢えず予定通り王都に向かおう」

 いつも通りのテスラの調子に救われた一行は王都に向かって足早に歩き出す。道案内係のハミッドはいないが、サラがこの辺りにも来たことがあり、大まかな位置関係は彼女がわかっていた。

 そのまま歩く事しばし。

 アルルの町を越えて林道を歩いていると小川が流れる美しい場所に出た。

 石畳のアーチがあり、それを通るとその先には王都があり、アーチ下の小川沿いを歩いて行くとフュルトの町ところへと辿り着く。

 王都を目指す彼らは当然アーチの上を歩く。
 何気なくサラがその下を覗いた時、血塗れの素足が2本、アーチの下から外に出ているのが見えた。

「ひゃっ! 皆さん待って!」

 驚いたサラが叫ぶ。
 その白く細い足はおそらく女性のものと思われた。サラに呼ばれたアンナもノルトもそれを見て小さく悲鳴を上げた。

 嫌な予感がしながらも皆、ロゼルタにしては小さい、きっとロゼルタではないと言い聞かせ、小川の岸辺へ降りることにした。

 アンナ以外はアーチの上から飛び降りる。アンナは文句を言いながら一旦端まで戻り、なだらかな坂を下って岸辺へと着いた。

「だ、誰なの?」

 若い女が1人、そこで倒れていた。
 その服装から見たところ、そこそこの身分の兵士のようだ。
 胸が微かに上下しており、死んではいない。
 切り傷はあるものの、急所はうまく躱している。

「首に絞められた跡、あと腹に一発、エグいのを食らってるな」

 テスラが女性の腹部のシャツを捲り、アザになっている部分を見て言った。

「ちょ、ちょっとやめなさいよ」とアンナ。
「んなこと言ってる場合か。……にしても、やった奴、でけー拳だな」

 そう言ってキョロキョロと見回しながらアーチ下の先へと進む。

「少し闘ったような跡……こりゃロゼルタだな。敵は小せえのが3、いや4とでけえのが2か」

 ブツブツと独り言のように呟き始めた。

 一方、サラは顎に手をやり首を捻っていた。この女性をどこかで見かけた気がする、だが思い出せない。
 まずは味方かどうかがはっきりしないと治癒する訳にはいかなかった。ロゼルタ達に襲い掛かり、返り討ちにあったという可能性もあるのだ。

 その時、ピクリとその女性の瞼が動く。それに気付いたサラは、耳元に口を持っていき、

「貴女のお名前は?」

 と聞いた。
 その女性はその声で薄く目を開けると、目だけを動かし、サラを見た。暫く呆けていたが、サラを認識すると不意にその目付きがしっかりし、

「サラ……サラ……助けて、ハミッド様が」

 と涙を流し、小さく言った。



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