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砂漠の王太子
059.マッカと美神の現し身
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夜。ロトス王都、ル=カネ。
その西部にロトス王城はあり、ここはその中の軍事総司令官の部屋。
今、その職についているのは元英雄パーティの実質ナンバー2だったマッカである。
彼は30年前の戦いの活躍で一気にその座に上り詰めた。ハーフオーク種がその地位につくのは初めてだったが、有無を言わせぬ武勲と迫力、そして誰も敵し得ない圧倒的な武力があった。
「クソッタレがぁ!」
酒の入ったコップを壁に投げ付けたのはそのマッカである。
この部屋にはマッカの他に2人いた。彼らもハーフオーク種で、名をクヌムとヨアヒムという。リドに仕えるユークリアやネイトナ達のように彼らはマッカの腹心と言える存在だった。
「リドさんの女好きは兄貴に劣らねーからなあ」とクヌム。
「クソッタレ……メイは絶対俺のもんだ……俺の……クソッ」
彼の荒れている理由はリドから頻繁に届く書状であり、それは今、彼の足元でビリビリに破かれ、紙片となっていた。
そこには最後通告として、メイを今週中にリルディアまで送るように、褒美は追ってとらす、と端的に書かれてあった。
「偉そうに、しやがって!」
「実際、リドさん、リルディアを建国してから悪魔のように強くなっちまったからなあ」とヨアヒム。
マッカは歯噛みしてガンッと足を踏み鳴らす。
「俺だってようやく百歳を超えて今が全盛期だ。今戦ればひょっとして……」
「ないない。やめとけ兄貴」
「俺は不死身だぞ? それでもか?」
「蘇った瞬間、また殺されるだけだと思うぜ」
クヌムとヨアヒムが笑いながら言う。
部下にも関わらず、彼らがマッカと非常に親しげなのは父が同じ、つまり異母兄弟だからだった。
ロトス北東にある広大なシャルトルの森に屈強なオーク達が住まう村がある。彼らの父はその長であり、オークチャンピオンというオークの上位種族である。
マッカ、クヌム、ヨアヒムの3人は、彼が麓の人間の女性達を犯して出来た子供達だった。
30年前、魔界攻略の話が隣国ラクニールで持ち上がった時、どうにかしてハーレムを作りたかったマッカは権力欲しさにそのリーダーに名乗りを挙げる。
だが既にラクニール国王によってリドが推薦されていた。マッカはリドに挑むがあと一歩のところで敵わず、やむなくリーダーを譲る。
とはいえマッカの力はリドも無視は出来ないほどのもので英雄パーティとして魔界攻略に参加する事となった。
リドの異常とも言える性欲は、むしろそれ専門、性欲の権化といってもいいオーク種のマッカ達と互角と言って良いほどで、利害の一致から英雄パーティの中では特によく一緒にいた仲だった。
魔界攻略にかこつけて犯した女性は数知れず、だがそれは決して人間界に伝わることはなかった。
「リルディアを建国する前後であいつは明らかに変わった」
マッカが唇を噛みながら言う。
「だな。それまでは心はともかく、種族は人間だったけど、今は……なんなんだろうな」
「ああ。俺らが言うのもなんだけど、あのドス黒い精神にやっと肉体が追いついたって感じだな」
クヌムとヨアヒムがそんな事を言い合う。
「クソッタレ! 奪われるくらいならいっそのこと、犯っちまうか」
立ち上がり、そんな事をマッカが言い出した。
「待てよ兄貴。それが出来るならとっくだったろ」
「リドさんに取られない為にメイと合意の上で結婚、てことにするんだろ?」
「その結婚も、もう明後日じゃねえか。我慢しろ」
リドが目を付けてしまったメイを力づくで手に入れるとリドとの間に遺恨を残す。かといって自分が先に狙ったメイをむざむざ渡したくはない。
従って、力づくではなくメイと好き合って結婚するのだ、という建前にしておきたかった。その為に恫喝、脅迫などあの手この手でようやく婚約を取り付け、明後日ようやく結婚をし、ロトス王国の掟に従ってその日に初夜を迎える手筈となっていた。
「ええいイラつく。供をしろ」
「わかったわかった」
部屋を出、気晴らしに外の景色を見ながら散歩でもと思うが、自然と足はメイの部屋へと向かう。
「そっち、行かねえ方がいいんじゃねえか?」
「俺もそう思うぜ」
クヌムとヨアヒムの2人がそう諌めるが、何かに取り憑かれたように巨体を震わせて足早に歩く。
そしてメイの部屋の前で、たまたまマッカと同じように外の景色を見に行こうと侍女のジュリアを連れて部屋を出たメイと鉢合わせてしまった。
「あああ、言わんこっちゃねえ」
「こりゃ止めるの大変だぞ、クヌム」
2人は目を押さえて首を振る。
「メイ……なんて綺麗なんだ」
メイとジュリアの2人は、放心するようにそう呟くマッカの姿を見て(しまった)とほぞを噛む。
明後日に控えた忌わしい結婚の儀が頭から離れず、寝る前に気持ちを落ち着けるために少し外の風に当たって散歩を、と思ったのが運の尽きだった。
ふたり共、就寝用の衣1枚と少し大きめの肩掛けだけを羽織っているのみ。初めて見たメイの艶かしい姿はマッカの目を釘付けにした。
メイの母は海を超えて遥か東の大きな島国の出で、目を見張るほどの美しい金髪と青い瞳であった。メイはそれを見事に受け継いだ。それに加えて完璧なまでに整った顔の造形とロトスには殆どいない透き通る様な白い肌は、『エ=ファの現し身』と美の神の名を引用されるほどの、近隣に鳴り響く美少女だった。
マッカは吸い寄せられるようにそのメイに近づく。だがその前にジュリアが立ちはだかり、両手を広げた。
「メイ様にお近づきにならないで下さい」
「うるせえよ」
左手でジュリアの体を払いのけた。
マッカの意識はその程度だったのだが、大人と子供以上の体格差のため、彼女を軽々と壁まで投げ付ける格好になった。
「ジュリア!」
「んあ? へへっすまねえな」
「なんてことを……」
壁に激突し、額から血を流すジュリアのそばに行き、膝立ちで彼女を抱え上げ声を掛けた。
「ジュリア、大丈夫ですか? しっかりして」
「う、メイ様……早く、お逃げに……」
そのやりとりを見てマッカはニヤリと口元を歪める。
「メイ……綺麗だぜ。俺の女だ、お前は」
「やめて下さい。穢らわしい」
「明後日にはお前は俺のもんだ。別に今ヤっても構わねえだろ?」
「結婚を何だと思っているのですか。結婚を……したからといって、私は貴方のものになど、なりません。私は私です」
「クク。たまらねえ。俺を興奮させるツボを心得てやがる」
その言葉に呆れ果て、もう何を言っても無駄と最後にマッカをキッと睨むと、言葉を無視してジュリアに声をかけ続けた。
「ヨアヒム、クヌム。誰も来ないよう、見張っててくれ」
「やめとけ兄貴、マジで」
「そうだ。あとたった2日、いや実質もうあと1日じゃねえか。今まで我慢していたのが全部パーになるぞ」
2人もメイとジュリアの悩ましい姿に刺激を受けているにも関わらず、何とかマッカを諌めようと必死だった。
「もういい、なんでもいい。俺はこいつとヤりてえ!」
腕を伸ばし、よろよろとメイへと近づいた。
「来ないで! 来たら舌を噛みます」
決意の篭った、血走った目でメイがマッカを睨む。唇を噛み、マッカがワナワナと震えだす。そこで血を流し、朦朧としているジュリアに目を向けた。
「わかった。今日はそいつで我慢しておく」
「は? なにを言って……」
マッカの視線がジュリアに向いていることに気づき、慌てて彼女をギュッと抱きしめた。
「貴方……仮にも一国の司令官でしょう! 自分が何を言っているのかわかっているのですか!?」
「何かおかしいこと言ってるか? 俺はお前とヤりたい。だがお前が嫌だという。だから優しい俺は侍女で我慢してやると言ってるんだ」
「ハハッ。そりゃあ兄貴にしちゃあ名案だ」
「違いない。これで全て丸く収まるな。てわけでお姫さん、おとなしくその子を渡してくれ」
さっきまでマッカを止めていた2人も同じ事を言い出し、メイに絶望が押し寄せる。
「なんで……なんでこんなことに……」
「そいつもなかなか綺麗な顔してるしな。ま、遅かれ早かれだ。さ、早く渡せ」
「あの侍女の脚も綺麗だなあ」
「泣くのを我慢してるのが更にいいぜ」
そんな畜生にも劣るセリフを3人が並べ出す。メイは目に涙を浮かべるが、決して流そうとはせず、ジュリアの前に体を移動させた。
だがジュリアはそのメイを手で軽く押し退けた。
「ジュ……リア?」
「メイ様。私が彼らの相手をしてきましょう。なに、私は経験も豊富ですからオークの1匹や2匹、どうという事は……ございません」
「バカな! ジュリア!」
「はい、お姫さんはそこまで。話は纏まった。さ、おいでジュリアちゃん。兄貴の後でまだ生きてたら俺達の相手もしてくれよな」
「そうそう。強がってるのも可愛いな。俺達は鼻で処女かどうかはわかるんだぜ? ジュリアちゃん?」
ヨアヒムとクヌムがメイとジュリアの間に割って入る。ジュリアの髪の毛を掴み、無理矢理立ち上がらせた。
痛みで顔を顰めながら、ジュリアは小さく、(今までありがとうございました)とメイに呟いた。
(死ぬ気……)
メイが悲鳴を上げようとしたその瞬間。
王都の街並みを一望できる大きな窓から何か、紙のようなものが投げ入れられた。それは紙にしては空気の抵抗を無視した不自然な動きでスッと廊下に落ちる。
と同時に辺りに真っ黒なガスが噴き出した。それは瞬く間に辺りを光の通らない暗闇に変え、そこにいた全員から視界を奪う。
「あ? なんだこりゃ?」
「なんも見えねえぞ」
「クヌム、ヨアヒム、何が起こった?」
3人は予想だにしない事態に、だが力に自信があるのだろう、特に慌てる様子もなく視界の無い中、首を回していた。
その時。
メイの体を何者かの手が掴む。
ハッと身をすくめたがその手は温かく、そして明らかに人間の女性の手だった。
(ジュリア?)
一瞬そう思ったがすぐに耳元で彼女とは違う声が聞こえてきた。
「間に合ってよかった。リサです。窓の外へ飛んで下さい」
「リサ?」
顔はよく見えないが声は確かにリサだった。
彼女はメイの兄、スライブの護衛隊長でメイもよく知る人物だった。
「ハミッド様がこの国に参られました」
「え!? ハ、ハミッド様が!」
その言葉で絶望に打ちひしがれていたメイの心は一気に晴れ渡った。
「残りの説明は後です。私はジュリアを連れて飛びますから私を信じて先に飛び出して下さい」
小さくウンと頷き、まるで見えているかのように慣れ親しんだ廊下を横切って窓へと急ぎ、そこから目を瞑って外へと身を投げた。
その西部にロトス王城はあり、ここはその中の軍事総司令官の部屋。
今、その職についているのは元英雄パーティの実質ナンバー2だったマッカである。
彼は30年前の戦いの活躍で一気にその座に上り詰めた。ハーフオーク種がその地位につくのは初めてだったが、有無を言わせぬ武勲と迫力、そして誰も敵し得ない圧倒的な武力があった。
「クソッタレがぁ!」
酒の入ったコップを壁に投げ付けたのはそのマッカである。
この部屋にはマッカの他に2人いた。彼らもハーフオーク種で、名をクヌムとヨアヒムという。リドに仕えるユークリアやネイトナ達のように彼らはマッカの腹心と言える存在だった。
「リドさんの女好きは兄貴に劣らねーからなあ」とクヌム。
「クソッタレ……メイは絶対俺のもんだ……俺の……クソッ」
彼の荒れている理由はリドから頻繁に届く書状であり、それは今、彼の足元でビリビリに破かれ、紙片となっていた。
そこには最後通告として、メイを今週中にリルディアまで送るように、褒美は追ってとらす、と端的に書かれてあった。
「偉そうに、しやがって!」
「実際、リドさん、リルディアを建国してから悪魔のように強くなっちまったからなあ」とヨアヒム。
マッカは歯噛みしてガンッと足を踏み鳴らす。
「俺だってようやく百歳を超えて今が全盛期だ。今戦ればひょっとして……」
「ないない。やめとけ兄貴」
「俺は不死身だぞ? それでもか?」
「蘇った瞬間、また殺されるだけだと思うぜ」
クヌムとヨアヒムが笑いながら言う。
部下にも関わらず、彼らがマッカと非常に親しげなのは父が同じ、つまり異母兄弟だからだった。
ロトス北東にある広大なシャルトルの森に屈強なオーク達が住まう村がある。彼らの父はその長であり、オークチャンピオンというオークの上位種族である。
マッカ、クヌム、ヨアヒムの3人は、彼が麓の人間の女性達を犯して出来た子供達だった。
30年前、魔界攻略の話が隣国ラクニールで持ち上がった時、どうにかしてハーレムを作りたかったマッカは権力欲しさにそのリーダーに名乗りを挙げる。
だが既にラクニール国王によってリドが推薦されていた。マッカはリドに挑むがあと一歩のところで敵わず、やむなくリーダーを譲る。
とはいえマッカの力はリドも無視は出来ないほどのもので英雄パーティとして魔界攻略に参加する事となった。
リドの異常とも言える性欲は、むしろそれ専門、性欲の権化といってもいいオーク種のマッカ達と互角と言って良いほどで、利害の一致から英雄パーティの中では特によく一緒にいた仲だった。
魔界攻略にかこつけて犯した女性は数知れず、だがそれは決して人間界に伝わることはなかった。
「リルディアを建国する前後であいつは明らかに変わった」
マッカが唇を噛みながら言う。
「だな。それまでは心はともかく、種族は人間だったけど、今は……なんなんだろうな」
「ああ。俺らが言うのもなんだけど、あのドス黒い精神にやっと肉体が追いついたって感じだな」
クヌムとヨアヒムがそんな事を言い合う。
「クソッタレ! 奪われるくらいならいっそのこと、犯っちまうか」
立ち上がり、そんな事をマッカが言い出した。
「待てよ兄貴。それが出来るならとっくだったろ」
「リドさんに取られない為にメイと合意の上で結婚、てことにするんだろ?」
「その結婚も、もう明後日じゃねえか。我慢しろ」
リドが目を付けてしまったメイを力づくで手に入れるとリドとの間に遺恨を残す。かといって自分が先に狙ったメイをむざむざ渡したくはない。
従って、力づくではなくメイと好き合って結婚するのだ、という建前にしておきたかった。その為に恫喝、脅迫などあの手この手でようやく婚約を取り付け、明後日ようやく結婚をし、ロトス王国の掟に従ってその日に初夜を迎える手筈となっていた。
「ええいイラつく。供をしろ」
「わかったわかった」
部屋を出、気晴らしに外の景色を見ながら散歩でもと思うが、自然と足はメイの部屋へと向かう。
「そっち、行かねえ方がいいんじゃねえか?」
「俺もそう思うぜ」
クヌムとヨアヒムの2人がそう諌めるが、何かに取り憑かれたように巨体を震わせて足早に歩く。
そしてメイの部屋の前で、たまたまマッカと同じように外の景色を見に行こうと侍女のジュリアを連れて部屋を出たメイと鉢合わせてしまった。
「あああ、言わんこっちゃねえ」
「こりゃ止めるの大変だぞ、クヌム」
2人は目を押さえて首を振る。
「メイ……なんて綺麗なんだ」
メイとジュリアの2人は、放心するようにそう呟くマッカの姿を見て(しまった)とほぞを噛む。
明後日に控えた忌わしい結婚の儀が頭から離れず、寝る前に気持ちを落ち着けるために少し外の風に当たって散歩を、と思ったのが運の尽きだった。
ふたり共、就寝用の衣1枚と少し大きめの肩掛けだけを羽織っているのみ。初めて見たメイの艶かしい姿はマッカの目を釘付けにした。
メイの母は海を超えて遥か東の大きな島国の出で、目を見張るほどの美しい金髪と青い瞳であった。メイはそれを見事に受け継いだ。それに加えて完璧なまでに整った顔の造形とロトスには殆どいない透き通る様な白い肌は、『エ=ファの現し身』と美の神の名を引用されるほどの、近隣に鳴り響く美少女だった。
マッカは吸い寄せられるようにそのメイに近づく。だがその前にジュリアが立ちはだかり、両手を広げた。
「メイ様にお近づきにならないで下さい」
「うるせえよ」
左手でジュリアの体を払いのけた。
マッカの意識はその程度だったのだが、大人と子供以上の体格差のため、彼女を軽々と壁まで投げ付ける格好になった。
「ジュリア!」
「んあ? へへっすまねえな」
「なんてことを……」
壁に激突し、額から血を流すジュリアのそばに行き、膝立ちで彼女を抱え上げ声を掛けた。
「ジュリア、大丈夫ですか? しっかりして」
「う、メイ様……早く、お逃げに……」
そのやりとりを見てマッカはニヤリと口元を歪める。
「メイ……綺麗だぜ。俺の女だ、お前は」
「やめて下さい。穢らわしい」
「明後日にはお前は俺のもんだ。別に今ヤっても構わねえだろ?」
「結婚を何だと思っているのですか。結婚を……したからといって、私は貴方のものになど、なりません。私は私です」
「クク。たまらねえ。俺を興奮させるツボを心得てやがる」
その言葉に呆れ果て、もう何を言っても無駄と最後にマッカをキッと睨むと、言葉を無視してジュリアに声をかけ続けた。
「ヨアヒム、クヌム。誰も来ないよう、見張っててくれ」
「やめとけ兄貴、マジで」
「そうだ。あとたった2日、いや実質もうあと1日じゃねえか。今まで我慢していたのが全部パーになるぞ」
2人もメイとジュリアの悩ましい姿に刺激を受けているにも関わらず、何とかマッカを諌めようと必死だった。
「もういい、なんでもいい。俺はこいつとヤりてえ!」
腕を伸ばし、よろよろとメイへと近づいた。
「来ないで! 来たら舌を噛みます」
決意の篭った、血走った目でメイがマッカを睨む。唇を噛み、マッカがワナワナと震えだす。そこで血を流し、朦朧としているジュリアに目を向けた。
「わかった。今日はそいつで我慢しておく」
「は? なにを言って……」
マッカの視線がジュリアに向いていることに気づき、慌てて彼女をギュッと抱きしめた。
「貴方……仮にも一国の司令官でしょう! 自分が何を言っているのかわかっているのですか!?」
「何かおかしいこと言ってるか? 俺はお前とヤりたい。だがお前が嫌だという。だから優しい俺は侍女で我慢してやると言ってるんだ」
「ハハッ。そりゃあ兄貴にしちゃあ名案だ」
「違いない。これで全て丸く収まるな。てわけでお姫さん、おとなしくその子を渡してくれ」
さっきまでマッカを止めていた2人も同じ事を言い出し、メイに絶望が押し寄せる。
「なんで……なんでこんなことに……」
「そいつもなかなか綺麗な顔してるしな。ま、遅かれ早かれだ。さ、早く渡せ」
「あの侍女の脚も綺麗だなあ」
「泣くのを我慢してるのが更にいいぜ」
そんな畜生にも劣るセリフを3人が並べ出す。メイは目に涙を浮かべるが、決して流そうとはせず、ジュリアの前に体を移動させた。
だがジュリアはそのメイを手で軽く押し退けた。
「ジュ……リア?」
「メイ様。私が彼らの相手をしてきましょう。なに、私は経験も豊富ですからオークの1匹や2匹、どうという事は……ございません」
「バカな! ジュリア!」
「はい、お姫さんはそこまで。話は纏まった。さ、おいでジュリアちゃん。兄貴の後でまだ生きてたら俺達の相手もしてくれよな」
「そうそう。強がってるのも可愛いな。俺達は鼻で処女かどうかはわかるんだぜ? ジュリアちゃん?」
ヨアヒムとクヌムがメイとジュリアの間に割って入る。ジュリアの髪の毛を掴み、無理矢理立ち上がらせた。
痛みで顔を顰めながら、ジュリアは小さく、(今までありがとうございました)とメイに呟いた。
(死ぬ気……)
メイが悲鳴を上げようとしたその瞬間。
王都の街並みを一望できる大きな窓から何か、紙のようなものが投げ入れられた。それは紙にしては空気の抵抗を無視した不自然な動きでスッと廊下に落ちる。
と同時に辺りに真っ黒なガスが噴き出した。それは瞬く間に辺りを光の通らない暗闇に変え、そこにいた全員から視界を奪う。
「あ? なんだこりゃ?」
「なんも見えねえぞ」
「クヌム、ヨアヒム、何が起こった?」
3人は予想だにしない事態に、だが力に自信があるのだろう、特に慌てる様子もなく視界の無い中、首を回していた。
その時。
メイの体を何者かの手が掴む。
ハッと身をすくめたがその手は温かく、そして明らかに人間の女性の手だった。
(ジュリア?)
一瞬そう思ったがすぐに耳元で彼女とは違う声が聞こえてきた。
「間に合ってよかった。リサです。窓の外へ飛んで下さい」
「リサ?」
顔はよく見えないが声は確かにリサだった。
彼女はメイの兄、スライブの護衛隊長でメイもよく知る人物だった。
「ハミッド様がこの国に参られました」
「え!? ハ、ハミッド様が!」
その言葉で絶望に打ちひしがれていたメイの心は一気に晴れ渡った。
「残りの説明は後です。私はジュリアを連れて飛びますから私を信じて先に飛び出して下さい」
小さくウンと頷き、まるで見えているかのように慣れ親しんだ廊下を横切って窓へと急ぎ、そこから目を瞑って外へと身を投げた。
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