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砂漠の王太子

055.豊穣ダンジョン(2)

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 その後、王家と近臣を集めた豪勢な夕食会が開かれた。皆に笑顔で酒を注がれ、武勇を持て囃されたがロゼルタには少し違和感があった。

 初めにハミッドからノルト達の紹介があり、その流れでナウラをダズに捧げる事はやめ、旅人のロゼルタに任せる方針を告げた時、大多数は安心し、喜ぶ顔をしたが明らかに数名の者が彼らに怪訝な、不満げな目を向けていた。

(なんだ?)

 だがすぐに何かに気付いたロゼルタはハミッドに近寄って小声で話しかけた。

「ハミッド。お前、町でもナウラを襲った奴らがいるって言ってたな」
「ああ。ユークリアの手の者ではない、別の奴らだった」

 それは最初にナウラを攫おうとした暗殺者風の者達の事だった。

「それがどうした?」
「そいつらの親玉の見当はついてるのか?」
「ま、大体は」

 口元を拭きながら冷静にハミッドは言う。

「ひょっとして、この中にいるんじゃねーの?」

 ハミッドは驚いてロゼルタを見返した。ニヤリとするロゼルタの顔を見てハハッと小さく笑った。

「参ったな。鋭い。俺に仕えないか?」
「冗談言ってんじゃ……ん? おい、ナウラがいねー。ノルトもだ」
「ああ、さっきナウラが彼を誘って出て行ったようだが……」

 そこまで言って2人の顔色がサッと変わる。この中にナウラを狙う者がいるとすれば別行動は易々とその機会を与える事になるのだ。

「探すぞ、手伝え」
「うむ」

 2人は参加者達に気付かれないよう、トイレにでも行くかのような素振りで別々に部屋を出た。


 ◆◇

 その少し前。

 アンナがトイレに立ったのを見計らい、ナウラがノルトを城の屋上へと誘い出していた。

「ふう。いい風ね」
「本当ですね」

 3階建ての王宮の屋上からは王都の街並みが一望できた。
 その先にある月夜に照らされた夜の砂漠は、トカゲの背から見るそれとは違い、その美しさだけではなくこの砂丘が永遠に続くのではという恐ろしさも同時に感じさせる。

「ノルト!」
「は、はい!」

 ナウラは少し怯えがちな目をするノルトの目を見ながら、

「ずっと思ってたけど……砂漠で私を助けてくれた時と随分様子が違うわね?」
「ああ、すみません。あれはなんというか」
「私、あんなノルトも好きよ!」
「へ? あ、有難うございま……」
「でも今の貴方も可愛くて好きだわ!」
「すっ……」

 これほどはっきりと女性に好意を伝えられる事は生まれて初めての事だった。

 ノルトの顔は一瞬で茹で上がったように赤くなる。ナウラはノルトよりも背が低い。幸せそうに彼の体に身を寄せ、その頬に頭をくっつけた。
 そうされただけでノルトの体はまるで魔法にかけられたように動けなくなり、ただ手がプルプルと震えた。

「ロゼルタはいい人ね。アンナはアレだけど……でも貴方の事を考えていていい子だわ!」
「は、はい。みんな、とてもいい人なんです」
「私達、幸せになろうね?」
「はい。え」

 不意をついたナウラの誘惑だった。
 まだ若干12歳の彼女だが奔放に育った彼女は自分の気持ちに忠実だった。
 ノルトの「はい」の返事に、してやったりとにんまり笑うとノルトを抱きしめ、目を瞑ってその愛らしい唇を彼の方へと差し出した。

 それまで硬直していたノルトが突然力強く両手でナウラを抱き締めた。

「あん、はう……こんな、所で……もいいけど」

 うっとりとした顔で呑気にそんな事を言うナウラを無視してノルトがあらぬ方向を見て叫んだ。

「なんだ、お前達」
「ああ遂にこの時が……え?」

 ノルトの目の先を追うと、昼間、彼女を襲った黒いローブの男達、それに加えて今度は魔術士風の者、半裸で体の色が銀色の明らかに人間ではない者、更には一目で魔物とわかるガーゴイルやグリフォンなどがズラリと並んでいた。

「ひっ」

 ようやくそれを認識したナウラを自分の後ろへとやり、ノルトは髪を逆立て薄い黄色の霊気を纏いだす。

「やれ」

 魔術士風の男が静かに号令をかけた。
 それと同時にノルトめがけて魔物達が襲い掛かった。

 だが。

 一瞬でノルトとナウラが姿を消す。
 次の瞬間、ノルトだけが襲いくる魔物達の後ろの空間に現れた。

 恐らくは闇魔法で一時的に操られている魔物達は、ターゲットのノルトを見失い動きが止まる。

「踊る剣」

 その声に魔物達が振り向いた。だが既に無数に発生していた魔法の剣が彼らを切り刻むのが先だった。

 それに焦ったのは魔術士達の方だった。「待て。あやつ今、転移したぞ。これほど高レベルの魔術士がいるなど聞いていない!」そんな声が聞こえてくる。

「ええい、早くナウラを攫え!」
暗殺者アサシン、行くぞ」

 一時的に混乱した敵だったが、暗殺者達は仕事の達成に忠実だ。半分の10人ほどがさっと動き出した。

「気は進まないがこれも契約だ。私も行くか」

 半裸の男は暗殺者達とはまた別の動きをし、赤い霊気を噴出しながらノルトに襲い掛かる。

 実はノルトは最初の転移で魔物達の背後に回った訳ではなかった。最初にこの屋上へと上がって来た階段の近くにナウラを避難させ、ひと呼吸待って戦場に戻っていた。

 ノルトの始末を半裸の男に任せた暗殺者達は、ナウラの身柄を拘束するためその階段へと向かった。だがノルトはそれを見逃さない。

「雷撃」

 暗殺者、そしてノルトに向かってくる男全員に雷撃を放つ。

「おっとぉ! ビリビリくるな!」

 暗殺者達は一発でのびたが銀色の男は一瞬、動きが止まった程度だった。

(ちぇっ。俺だけでもアンナの部屋で合成魔物キメラに撃ったような雷撃が出せたらな)

『ハッハッハ。あの域に達するには五百年はかかるぞ』

(そんなに生きられないよ。人間だぞ、俺)

 言葉で話すのとはわけが違い、ネルソとのやりとりはほぼタイムラグの無い状態で数瞬で行われる。

 再びノルトに向かってくる銀色の男に対してネルソが注意を促してきた。

『わかってるだろうがあいつは人間じゃない。精霊スピリットの一種でな。普通は精霊といえば4大元素由来の者が多いんだがあいつは結構珍しい。あれは剣の精霊ブレイダラーの、中位の奴だ』

(弱点知ってる?)

『いや知らん。が、なんでも効くんじゃないか?』

(適当だな)

 手のひらを剣の精霊に向け、「炎弾」と唱えた。すぐさま炎の球が生成され、撃ち出される。
 ドンドンッと次々に命中するが精霊はそれを蝿でも追い払うかのように手で振り払うと、一気にノルトとの差を詰めてきた。

「人間の子供にしてはやるようだが、まだまだだ」

 精霊の腕が鞭に見えるほどの速さで振り下ろされる。だがノルトには転移がある。冷静に距離をとった、つもりだった。

 だが運の悪い事に転移した先は暗殺者達の第二陣に囲まれた場所だった。最初に向かった者達がノルトの雷撃によって倒れたのを見て少し距離を置きながら階段へと向かっていた所だった。
 彼らはノルトに比べて遥かにしており、予想だにしないことにも冷静に対処する。それは突然姿を現したノルトに対しても同じだった。

(しまった!)

 と思った時には肩の辺りに激痛が走る。短剣で後ろから抉られてしまったのだ。

 ネルソの指示ですぐさま解毒の魔法を唱えた。

『奴らが使う武器には基本的に毒が塗ってあると思え』

ってえ。治癒ヒールはないの?)

『あるんだけど魔神の力を借りるやつだからな。人間の場合は精霊か神さんだろ。そっちは知らないんだ。すまん』

(なんだよ、八百あるんだろ、魔法!)

『サラから精霊魔法の授業を受けるしかないな。あれなら万人に効く。ま、お前にはアンナちゃんほどの才能はなさそうだけど』

(ったく!)

 一撃を食らってしまったもののまた転移を繰り返し脱出、だがその先には剣の精霊が移動していた。

(クソッこいつ、いつの間にこっちに!)

『雷撃のもういっちょ上級魔法いってみようか』

 剣の精霊がノルトに気付き、両腕を刃物のような形に変え、ブルンッと振り回した。だがそれより一瞬早くノルトの魔法が発動した。

「落雷!」

 文字通り、光の速さで精霊と付近の暗殺者達目掛けて何本もの雷が頭上から降り注ぐ。

「グワッ」

 それにはさしもの剣の精霊も目を白くしてバタリと倒れ込む。暗殺者達は完全に気を失ったようだった。

「ふう」

 ようやく一息ついたノルトが残る魔術士の方を睨むと彼らは慌ててこの場から退散しようとしている所だった。

「逃がさ……」
「逃がさん!」

 ノルトが構えるよりも早くそれらに近づき、剣を振るった者がいた。

 ハミッドだった。

 一呼吸の間にかなり距離のある敵を長剣で斬る。

「よそ見はよくないな!」

 目の前で虫の息と思えた剣の精霊が力を振り絞って再び両腕を剣に変え、ノルトの顔と心臓を同時に突き刺しに来た。

 だがそれは2本ともノルトの体すれすれで弾かれた。それと同時に聞き慣れた男女の声がした。

「よくやった、ノルト」
「テメーあんまり見ねーツラだな。精霊スピリットか?」
「ロゼルタ! テスラ!」

 ノルトの少し手前で、彼を守るように聳え立つ、ふたりの頼もしい背中が見えた。



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