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砂漠の王太子

049.砂漠の王太子(1)

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 その翌晩。

 相変わらず彼らは砂漠トカゲの背中の上で揺られていた。まったくと言っていい程に変わらない景色が続き、徐々に話すこともなくなってくる。

「そういえばテスラさんは誰にやられたんですか?」

 沈黙を破り、サラがふとそんな事を聞いた。
 彼女はメルタノ戦でリドのパーティから離脱したため、その後のスルーク戦についてはラクニール王国が公表した内容しか知らない。
 すなわち、

『悪鬼の巣窟スルークは、ラクニールの英雄リド=マルストによって打ち滅ぼされた』

 である。

 暫く砂漠の風景を見つめていたテスラだったがやがて「ユークリア」とポツリと言った。

 得心がいったように、ああ、とサラは何度も頷き、

「ユークリアでしたか。ロトスにいたですね。リド配下の筆頭です」
「ヤローはええ。ただ言っておくが別にヤローと勝負してられたわけじゃあねーんだ」

 そうして彼は自分の最期について語りだした。


 リドによる魔界スルークへの侵略は4つの魔界の最後になされた。

 ラクニール王国から始まった魔界討伐は、誰しもが手始めに隣国のスルークからと思っていたが、リドはファトランテから開始するとした。

 これには実はリド個人の思惑があったのだが、表向きはファトランテが手強く、人間側の情報を与えずに攻略を行うため、とされた。

 スルーク攻略はそれまでと比べてもっとも長引いた。

 王でありながら神出鬼没に前線に出現するネルソ=ヌ=ヴァロステ、宰相だった魔神テスラ、そして彼らの配下にいた88の魔神達。
 彼らの圧倒的な力のせいだ。

 だが数か月の間膠着していた戦線はある日突如として拮抗が崩れる。

 魔女メイニが受けもった重要拠点をリドが破り、そこから雪崩れ込むように人間軍が突入を開始したのだ。

 英雄パーティの1人、ドラック=フォニアによって足止めされていたテスラがようやく追い付いた時には既に魔王城の目の前まで攻め込まれていた。

『待てコラこのクソヤロー! リドッッ!』
『フッ。口の悪い奴が来たな』

 不敵に笑うリドがテスラの挑発に乗り、くるりと馬を返すとその場に降り立った。

『クソ人間の癖にいい度胸だ。今度こそ切り刻んでやる』
『大口叩くな。俺からすればお前も他の魔族と何も変わらん』
『ブッ殺す!』

 それから2人の一騎打ちが始まる。
 共に魔剣の恐るべき使い手であり、周囲の兵士達は遠巻きに見守る事しかできない。

 数十合撃ち合い、徐々にリドが優勢となっていく。リドにも余裕があったがテスラにもまだ奥の手があった。ただそれは魔素の濃い魔界においても使用時間が限られるほどのエネルギーを消費する。そのためずっとタイミングを見計らっていたのだ。

 そろそろいくか、とテスラが考えていたその時、突如として城の門が開く。呆気に取られるテスラをよそに、リドは高笑いしながらまたも反転、『ユークリア!』そう叫ぶとテスラを無視して城へと突入した。

『ま……待てコラ!』
『お前の相手は私達だ』

 この時テスラの前に現れたのがユークリア、そして彼をリーダーとするリド配下のネイトナ、シオン、マリッゾ、そしてマッカの部下筆頭のロンギスなどの面々だった。

 それらを無視してリドを追おうとするが彼らがその前に立ち塞がり、森の妖精エルフのシオンが遠隔でバフ、デバフの魔法を乱射する。

 獣化したネイトナ、魔人化したユークリアは非常に手強く、リドを追うどころか徐々に城から引き離される。

 一刻も早くリドの後を追いたい彼に苛立ちが募る。遂にリド用にと置いておいた奥の手を使う、と腹を括った時、恐るべき霊気が辺りに充満し、それと同時に彼の耳に女性の声が聞こえてきた。

『堕落する者』

 一言唱えられたその魔法はテスラの体からあっという間に体力と魔素を奪い去っていく。

『グ……その声……クリ、ニカ!』
『あらあ! ご名答、覚えてくれてたのね? 嬉しいわあ』

 紫のガスの中から姿を現したクリニカを睨み、

『テ、テメー、よくも、俺の目の前に……』

 目を細めて楽しそうに笑うクリニカに向かって悔しそうにテスラが言う。その背後から鬼の形相をしたユークリアが剣を一閃、歯を食い縛った表情のまま、テスラの首は胴と離れた。


「……ってわけだ。腕で負けたわけじゃねー。むしろ俺の方が強い」
「なるほど。その状況は悔しかったでしょうね」

 テスラが横を向いてチッと舌打ちをする。

「しかしよくそれでユークリアにやられたとわかりましたね」
「俺達を蘇生させ、に逃してくれた奴がいてな。そいつが教えてくれた」
「そういえば仰ってましたね。もしクリニカやユークリアに出会っても簡単にキレないでちゃんと我慢して下さいよ?」
「ったりめーだ。俺がそんなちっせえ奴らにいちいちキレるかってんだ」

 その時。

「あ! 飛竜ワイバーン!」とノルトが叫ぶ。

 月明かりに映える青白い砂漠と満天の星が浮かぶ夜空を背に、飛竜の群れが一方向に向かって飛んでいた。

 それはまさに壮観、のひと言だった。

「綺麗……幻想的ね」

 アンナがうっとりした様子でそれを見つめる。サラは目の上に手をやり「ん?」と首を捻った。

「サラ、どうしたの?」

 アンナが問い掛けるが暫くその姿勢のままサラは動かない。が、数秒後、

「あれは、ナウラ!」と叫んだ。
「ナウラ?」

 ロゼルタが怪訝気に振り返ってサラを見てギョッとした。

 サラの両手は白く光り、ロゼルタが「あ……」という間に「魔法の矢マジックアロー!」と叫んだ。

 彼女の手のひらからは魔法の矢が5、6本発射され、それは不思議な弾道で群れの中の1体を狙い撃ちにした。

「な、なにしてんだテメー!」さすがのロゼルタも驚いて声を張り上げる。
「んあ?」先程のサラと同じように、呑気な動きでテスラが手を額の辺りにかざす。

「ノルトさん、今撃った飛竜から落ちてくる女の子を助けてください!」
「え、えええ!?」

 無茶苦茶な要求だった。
 魔法の矢は見事に1匹の飛竜の、しかも片側の羽根に全矢命中。その飛竜は大きくバランスを失った。
 きりもみになる寸前の状態で飛竜が逆さまになった時、確かに小柄な女性のようなシルエットが目に映る。

「クソッ! なんのこっちゃわからないが……お前も来い!」

 砂漠トカゲの背で立ち上がり、口悪くそう叫んだのはノルトだ。

 ネルソやエキドナを呼ぶだけで、自我が重複するためか興奮状態になり、溢れんばかりの力と魔力を引き出せる事がはっきりとスラムでわかった。

 アンナに言わせるとそれが『俺様』状態なのだが、その力をこれまでの旅で制御できる様になった。

 他者が見れば彼が扱う魔法は最初から彼自身が知っていたかの様に感じる。
 だが初めて使う魔法はサンドワームを倒した時の様に、都度ネルソとエキドナがレクチャーしていた。それは会話無しに彼らから知識と方式が伝わってくるのでほとんどタイムラグがない。

 とはいえ、体と同調する自我の前面にノルトが出ているためか威力はネルソ達の比ではないらしい。

 ノルトは瞬時にその『俺様』状態となり、サラの襟首を乱暴に掴むとかなり前方にいる飛竜の下の辺りまで転移を繰り返す。

 近付くにつれ、落ちてくる男達2人と女性1人がはっきりとわかる。

「ナウラ!」またサラが叫ぶ。
「キャ―――ッッ!」

 悲鳴が響く。

 異変に気付いた他の飛竜が旋回し、ノルト達の方へと向かい始める。

「チッ……サラ! 放すぞ!」
「男の方は任せて下さいっ!」

 飛竜が落ちてくると思われる少し手前で掴んでいたサラを離し、砂の上に放り投げた。着地と同時にサラの体はゴロゴロと転がり、見事に衝撃を吸収した。


 一方の落下中の女性。

「いぃぃやあああぁぁぁぁ!」

 号泣し、悲鳴をあげながら目を瞑った。
 もはや地面に衝突する寸前!

『全ての力を打ち消せ』

 彼女の体は2本の細い腕に抱かれ、ふわりと地上に舞い降りた。

 それはエキドナの奥義のひとつ。

 連発は出来ないが、あらゆる物理、魔法のエネルギーをゼロにする。

 いくら転移を重ねようが、あの高さから落ちてくる人間1人を受け止めきれるものではない。

 ネルソとエキドナと話し合い、両者の力を借り、ギリギリでキャッチしたのだ。

 ノルトの瞳の色が一瞬濃い茶から赤に、そしてすぐに元の色へと戻ったのだが勿論その女性はそんな事には気付かない。

 ノルトの腕の中で恐々目を開けた彼女は「えっ? えっ?」と連呼する。

「大丈夫か?」

 女性の目を見ながらノルトが言う。

 彼女は少し褐色の肌で彼と同じか、少し幼く見える可愛らしい少女だった。

 涙、鼻汁、おまけに口の端から涎を垂らしてはいたが。

 その少女。

 何が起こったかわからない様子だったが、やがて彼の目を見ながら大きな目を瞬かせ、

「あ……貴方が私の、運命の人……?」

 と言った。










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