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口の悪い魔人達と俺様ノルト

029.俺様ノルト(番外編)サラを愛してしまった男

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 ノルト達が兵士に連れられて研究所へと向かった後のこと。

 暫くは大人しくしていたサラだったが、既にネイトナもこの町におらず、ジッと部屋にいるのも性に合わないと宿を出て1人で町をぶらついていた。

「どこのお店も閉まってますねえ」

 一夜明けても町全体に魔物騒ぎが続いており、どの店もひっそりとしている。ひょっとすると自分達が来る前にもこんな事は何度かあったのかもしれない。そう思えるほど手際良く、町は静まり返っていた。

 見て楽しむ物もなく、転移装置ゲートの様子でも見に行こうかと城へと向かう。

 その時、魔物の霊気オーラが彼女がいる場所に近付いてくるのに気付く。

(1体、ですね。これはゴブリン?)

 彼女にとってゴブリン程度は全く相手にならない。背負った弓を外し、弓をつがえようとした。
 そこに路地からゴブリンが顔を出す。

(ふむ。1体で彷徨いているなんて妙ですね)

 ゴブリンは小柄で魔物の中では最弱と言っていい程弱い。従って通常は洞窟や森などで群れを形成している。

(研究所から逃げたうちの1体、でしょうか)

 そのゴブリンはサラに気付くと歯を剥き出し、威嚇する。

(あらあら。無理せずとも逃げればいいのに……)

 全く怯まないサラに対してゴブリンは少し焦り、子供の様に両手を上げ、奇声を上げて威嚇して来た。

 と、その時。

 突然、サラの後ろから兵士と思われる1人の男が飛び出し、ゴブリンから守る様にサラの前に立ち、大声を上げた。

「うおおおおおおお!」
「ひいっ!」

 それに驚いたサラが両手を胸の前にして悲鳴を上げた。

「お嬢さん、怖かったでしょう」
「は、はい。びっくりしました」
「可哀想に……任せて下さい。俺が来たからにはもう安心です!」
「……」

 その男はまさかサラが自分に驚いているとは露程も思っておらず、僅か1体のゴブリン相手に盾と剣を掲げ、大仰に構えると、

「魔物め! この俺が相手だ!」

 再び大声で威嚇した。

(どうしてこの人は倒そうとしないのでしょう?)

 不思議がるが、ゴブリンはその行動に怯えて逃げていき、とにかく、サラは助かった。

 ホウッと大きく安堵のため息をつき、ニコリと笑って男は振り返る。30代位の中年の平凡な顔付きの男だった。

「お嬢さん、お怪我は……」

 そう言いかけて男はサラを見たまま、硬直してしまった。

「あ、はい。怪我はありません」
「そ……そそそ、そうですか。それは、よかった」

 その言葉の間も男の目はサラに釘付けだった。

(? 何でしょう、人の顔をジッと……)

 サラが小首を傾げると男の顔も同じ方向に傾き、同時にみるみる顔が赤くなっていく。

「か、かわいい……」

 先程までの大声はどこへやら、小声でボソボソと言ったそのセリフはサラには聞こえない。

「え? 何か?」
「あ、いえ、何も!」

 しかしサラにも少しこの兵士に引っかかる所があった。

(この人、つい最近、どこかで見かけた様な……)

 今度はサラが顎に手をやり、男の顔をジロジロと見つめ出した。

「ふ……ふぁっ!」
「あなた、どこかでお会いしましたか?」
「ふぇ、え? い、いや……貴女の様な方とお会いしていれば忘れる筈がありません」
「貴女の様な方……ああ! 私がハーフエルフだからですね! この辺りでは殆どいませんもんね!」
「あ、いや、そうではな……」
「見て下さい、ほら、この耳の先、動くんですよ、ホラホラ」

 エルフ種ならではの長い耳の尖った先の方を手を使わずにピヨピヨと動かし、男の方を見てニコリと笑った。

「アウッ」

(て……天使!)

 そして男は完全に


 ◆◇

 男の強引な誘いで2人は近くにあった大きな木の下にあるベンチへと移動した。

(ふう……ふう……やった! ベンチで並んでお喋りデートに誘った!)

(こんな可愛い子と出逢う事なんて多分俺の人生で最初で最後……頑張れ、俺!)

「えと……それで、何の御用でしょう?」

 男が自分の世界で独白している間、サラはずっと何か用かと待っていたのだが、ついに痺れを切らした。

(真っ直ぐ俺を見つめる青い目……マジか、マジでエルフなのか……可愛すぎて死にそう)

「そ、そうです、ね」
「何か御用があったのでは?」
「あ、そ、そそそ、えー……と少し、貴女にきょ、興味がありまして……」
「私に興味が?」

 真面目な顔で言い返され、男は頭を抱える。

(バカか俺! それじゃ変質者だろ! もっと気の利いた事言えないのか!)

 だが男にとって幸いだったのは、サラも少し変わり者だという事だった。
 男が知れば卒倒するだろうが、彼女はテスラの一物を躊躇なく握る程の人物である。それゆえ多少の変態的な言動では全く動じない。

「ふむふむ。実は私も少し貴方に興味があります」
「えええっ! ええええっ!?」
「貴方、昨日はどこにいましたか?」
「昨日、ですか。昨日は転移装置ゲートの警護を」
「成る程! それで腑に落ちました」

 つまりネイトナと出会した昨日、そのすぐそばにいたのだ。視界に入っていて当然だった。

「あ――、スッキリした! ではまた」

 そう言って腰を上げかけたサラに男は両手を突き出して焦る。

「まままま待って待って待って下さい!」
「まだ何か?」
「その、あの、さっき、俺、貴女を助け……ましたよね?」

 男にとっては自分で言っていて情けなくなる言葉だったが、サラを引き留めるのに必死だった。
 ところが。

「はて……そんな事ありましたっけ……」

 サラからすればいきなり出て来て「うおおお」と叫んでいただけのこの男に驚かされた記憶はあるが、助けられた記憶など無いに等しかった。

(え! 待って。そんな反応……ハッ、そうか。これ程の美少女ならきっと助けられ慣れているのに違いない。ここは多少卑怯でも大袈裟に言って、そこから流れる様に次のステップに……)

「はい。実は先程のゴブリンはとても危険な奴でして……追っ払わなければ大変な事になる所でした」
「はあ。そうなんですね。それは有難うございました。ではこれで」
「ままま待って!」

 スクッと立ち上がったサラの右腕に情けなくしがみつき、懇願した。

「お願いです、僕とお話、してくだざいぃ」
「え? でも……」

 話は終わりましたけど、と言わんばかりだった。

 だがあまりに必死に頼み込む男に仕方無くもう少し付き合う事にした。

「わかりました。何でしょう?」
「え、えーっと……」

(ク、クソッ! 何にもでてこねー! そんなんだから俺は34年も女に縁がないんだ)

「うーん。困りましたね? ウフフ」

 そう言って笑うサラはまさしく天使の様だった。姿形だけの話ではあるが。

「あ、貴女のおな、お名前を教えてください」
「名前、ですか」

 既にハーフエルフと知らせていた為、サラという情報を与えたくはなかった。ハーフエルフのサラがセントリア王国にいたという情報がリドの耳に入るのは避けたかった。

「コホン。名前は言えません。ごめんなさい」
「ハッ……そ、そうですか……」

(そりゃそうだよな……無理矢理に誘った上、恩着せがましく助けたとか言う、好意も持っていない相手に名前なんて教える訳ないか)

 予想外に男が悄気てしまった為、さすがのサラも気の毒になってしまった。

「じゃ、じゃあこうしましょう。お互いに質問し合いませんか? 名前はお教え出来ませんが、答えられる範囲は答えるって事で!」
「いいんですか! 有難うございます」
「はい、じゃあえーと、次は私って事で……城の横の研究所って何をしている所なんですか?」

 全く男に関係の無い質問だった。だがまだこの美少女と話ができるというだけで男は舞い上がっていた。

「はいっあれはクリニカ様の弟子、ラドニー様が主体となって合成魔物キメラの製造を主に行っている所です!」
「クリニカですって!? それに合成魔物キメラ……成る程、つながってきました」
「つ、次は俺ですね。あ、あの、今、付き合っている方は?」
「いません。次、私ですね。何の為に合成魔物キメラを作ってるんでしょうか?」
「ヨシッ! え? 何の為……と言われてもさすがにそれはわかりません」
「わからないのですか」
「うっ……すみません」
「いえ。さ、質問どうぞ」
「その……今日、夕食でもいいいいいかがでしょうか! 勿論、奢ります!」
「いらないです。次は私ですね。ネイトナさんはいつ頃帰ってこられるんでしょう」
「グハッ……え、ネイトナ将軍ですか……どうしてですか?」
「あの人嫌いなんです」
「そうですか! 奇遇ですね! 俺もです! 他国の兵士のくせに態度でかいし、俺達、気が合いますね!」
「そうですね。で、いつ頃?」
「えーと、今朝方連絡があって、もうロスを出たと仰っていたのでまもなく……」

 男のその言葉を皮切りに突然サラが立ち上がった。

「ありがとうございました。あなたの事は当面忘れません! ご縁があればまたお会いしましょう! さようなら!」

 一方的にそう捲し立てると、サラはタッタッタと城の方へ走って行った。
 呆気に取られた男は口をポカンと開けて中腰になった。

 その時、クルリ、と銀髪を靡かせてサラが振り返る。

 男はドキリとして、

(ま、まさか照れ隠しで遠くから愛の告白とか……)

「『魔法の矢マジックアロー』!」

 透き通る様な声と共に放たれた数本の魔法の矢は凄まじい勢いで男へ向かい、そして背後に聳える大きな木、その少し上の方を撃ち抜いた!

「はえ?」

 男が着弾場所を見上げたと同時に胴体を射抜かれたウェアウルフ5体が落ちて来た。

「うわわわわわ!」

 そのあまりの威力と凄まじさに呆然とするが、ふとサラの方を振り返ると、そこにはニコリと笑い、また首を少し斜めに傾げる可愛い彼女がいた。

「これでという事で!では!」

 そう言うと今度はもう振り返らず、サラは行ってしまった。

「……す、すげー」

 結局、彼は自分の名前さえ、名乗る事が出来なかった。


 彼の名はマルス、34歳、童貞である。










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