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ルカ視点です
* * *
部屋がリュゼラナに埋め尽くされている。
この時期では普通まだ咲いていないはずのリュゼラナがこんなに沢山集められた。
国民にとって、今日という日にはどういう意味があるのか、この花の量を見ればわかる。国内からだけではなく、フルメニアからでも早咲きのリュゼラナが大量に輸入され、こうやってここに飾られている。
青に包まれた部屋の中に、俺は正装を纏い、一人で立ち尽くしている。
既に魔力を失った栞を眺めながら、彼女のことを思い出す。
俺たちの関係は仮初そのものだ。結婚はしているが、夫婦ではない。
何故なら、俺たちは想い合っていないからだ。
そんな俺たちだが、同盟のために結婚式を挙げなければいけない。思えば、責任感のある彼女がこの日を成功させるためにあの提案をしてから半年もたったのか。時の流れというのは、本当に早いものだ。
本来、俺は彼女に指一本触れる資格なんてなかった。
罪なき血で塗れているこの手で、国の賓客である彼女に触れるにはあまりにも相応しくない。
それだけではなく、俺の存在自体は彼女を傷つける。あの日のことの詳細をカレンから聞いた時に絶望に似た気持ちが沸いた。まさか俺を理由に、騎士団の掃除婦が彼女にあんな無礼を働いたとは。
彼女にその件について謝罪を述べたが、彼女は不思議そうに首を傾げながら「何故旦那様が謝るんですか? 旦那様のせいではないですよ?」と答えられた時に自分の情けなさで落ち込んだ。
だが、俺は彼女に触れた。彼女を傷つけ、彼女に想い人がいるにも関わらず、だ。
この間、ファルク殿下がゼベランに訪れた。友好関係のための来訪と言いながら、フルメニアからの物資や、ゼベランの戦力を見極めるためにも兼ねているだろう。
何故か、そのことを彼女に伝えるには深く葛藤した。だが、あの日二人が偶然出会った時、運命かもしれないと、内心一人で納得した。
そんな二人がまたいつ会えるかどうかわからないと思い、その機会を作った。そして、彼女はそれを承諾した。
彼女と殿下が並んでいる姿を見て、俺は確信した。
おそらく、彼女の心の中にファルク殿下がいる。遠くからでも見える程、彼女はあんなに顔を赤らめたのだから。
これ以上、彼女の近くに居てはいけない。理性はこう叫んだ。
それなのに、俺はいつの間にか卑怯な人間に墜ちてしまった。
結婚式がまだ控えているから。結婚式を成功させないといけないから。
理由を並べて、触れた。嫌がらず、素直に受け止めた彼女の態度を見て、行動に火が付いた。
まだ彼女に触れていいんだ。まだ彼女の隣にいてもいいんだ。安心と共に、更に試したくなった。
そして、結婚式の日が近づくに連れて、胸の中の痛みが強くなる一方。
それを和らげるために、大きなため息を吐くことしかできなかった。
「おいおい、新郎がそんなに大きなため息を吐くって大丈夫か? いや、厳密にいうともう新郎ではないか」
「……アベル」
ノックもなしに遠慮なく入る人は二人しかいない。
アベルだろうな。そう思って当たったが――。
「そうだね、ルカはこんなため息も吐くんだ? 今日初めて知った」
まさか、もう一人も一緒にいるとは。
「陛下まで……何故ここに?」
「つれないね。今日は幼馴染の晴れ舞台だから、応援しに来たに決まってるよ」
アベルの後ろから、この国の王であるヴィルト・ゼベラニカが現れた。
彼は飄々と近くにある椅子に腰をかけ、満面な笑みを浮かべる。
どうせアベルの発案で、公務から逃げるためにそれに乗ったのだろう。
呆れながら彼を睨んだが、それに全く気にせずそのまま話しだした。
「で? 何があった?」
笑みを顔に貼り付けるヴィルトはこちらを見つめている。
こうなると、彼は相手が口を割らないまで追求を止めない。素直に諦めて、早めに解放された方がいいと経験から学んだ。
手元にある栞に視線を落とす。彼女のために選んだ花が巡り巡って再び俺の手に戻ったことに不思議と感じる。
「結婚式が終わったら、彼女とどう接すればいいのかわからない」
* * *
部屋がリュゼラナに埋め尽くされている。
この時期では普通まだ咲いていないはずのリュゼラナがこんなに沢山集められた。
国民にとって、今日という日にはどういう意味があるのか、この花の量を見ればわかる。国内からだけではなく、フルメニアからでも早咲きのリュゼラナが大量に輸入され、こうやってここに飾られている。
青に包まれた部屋の中に、俺は正装を纏い、一人で立ち尽くしている。
既に魔力を失った栞を眺めながら、彼女のことを思い出す。
俺たちの関係は仮初そのものだ。結婚はしているが、夫婦ではない。
何故なら、俺たちは想い合っていないからだ。
そんな俺たちだが、同盟のために結婚式を挙げなければいけない。思えば、責任感のある彼女がこの日を成功させるためにあの提案をしてから半年もたったのか。時の流れというのは、本当に早いものだ。
本来、俺は彼女に指一本触れる資格なんてなかった。
罪なき血で塗れているこの手で、国の賓客である彼女に触れるにはあまりにも相応しくない。
それだけではなく、俺の存在自体は彼女を傷つける。あの日のことの詳細をカレンから聞いた時に絶望に似た気持ちが沸いた。まさか俺を理由に、騎士団の掃除婦が彼女にあんな無礼を働いたとは。
彼女にその件について謝罪を述べたが、彼女は不思議そうに首を傾げながら「何故旦那様が謝るんですか? 旦那様のせいではないですよ?」と答えられた時に自分の情けなさで落ち込んだ。
だが、俺は彼女に触れた。彼女を傷つけ、彼女に想い人がいるにも関わらず、だ。
この間、ファルク殿下がゼベランに訪れた。友好関係のための来訪と言いながら、フルメニアからの物資や、ゼベランの戦力を見極めるためにも兼ねているだろう。
何故か、そのことを彼女に伝えるには深く葛藤した。だが、あの日二人が偶然出会った時、運命かもしれないと、内心一人で納得した。
そんな二人がまたいつ会えるかどうかわからないと思い、その機会を作った。そして、彼女はそれを承諾した。
彼女と殿下が並んでいる姿を見て、俺は確信した。
おそらく、彼女の心の中にファルク殿下がいる。遠くからでも見える程、彼女はあんなに顔を赤らめたのだから。
これ以上、彼女の近くに居てはいけない。理性はこう叫んだ。
それなのに、俺はいつの間にか卑怯な人間に墜ちてしまった。
結婚式がまだ控えているから。結婚式を成功させないといけないから。
理由を並べて、触れた。嫌がらず、素直に受け止めた彼女の態度を見て、行動に火が付いた。
まだ彼女に触れていいんだ。まだ彼女の隣にいてもいいんだ。安心と共に、更に試したくなった。
そして、結婚式の日が近づくに連れて、胸の中の痛みが強くなる一方。
それを和らげるために、大きなため息を吐くことしかできなかった。
「おいおい、新郎がそんなに大きなため息を吐くって大丈夫か? いや、厳密にいうともう新郎ではないか」
「……アベル」
ノックもなしに遠慮なく入る人は二人しかいない。
アベルだろうな。そう思って当たったが――。
「そうだね、ルカはこんなため息も吐くんだ? 今日初めて知った」
まさか、もう一人も一緒にいるとは。
「陛下まで……何故ここに?」
「つれないね。今日は幼馴染の晴れ舞台だから、応援しに来たに決まってるよ」
アベルの後ろから、この国の王であるヴィルト・ゼベラニカが現れた。
彼は飄々と近くにある椅子に腰をかけ、満面な笑みを浮かべる。
どうせアベルの発案で、公務から逃げるためにそれに乗ったのだろう。
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「で? 何があった?」
笑みを顔に貼り付けるヴィルトはこちらを見つめている。
こうなると、彼は相手が口を割らないまで追求を止めない。素直に諦めて、早めに解放された方がいいと経験から学んだ。
手元にある栞に視線を落とす。彼女のために選んだ花が巡り巡って再び俺の手に戻ったことに不思議と感じる。
「結婚式が終わったら、彼女とどう接すればいいのかわからない」
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