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美味しそうな香りがする。
甘い声がする。
柔らかい温もりがする。
嗚呼、コレが欲しい
懐に納めたい。
貪りたい。
: : :
腕から痛みが走った。
急な勢いに反応ができず、そのまま前にあるものに倒れ込む。
何が起きているのか。
頭が状況を飲み込めずに固まった。
何かに拘束され、身動きが取れなかった。
感じることしか許されていない。
体から伝わったのは強い鼓動と嗅ぎなれない鋭い匂いと耳元に入る荒い息遣い。
そして、身を焦がすほどの熱。
「……旦那様?」
彼を呼ぶと、首当たりから熱の籠った吐息を感じる。
人間の体から出るものだと思えないくらい、熱かった。
この様子は明らかにおかしい。
どうしよう……体調不良なのか? いや、もしかすると竜の血に関係する症状だろうか?
とりあえず、早くニコルに知らせないと。
「旦那様、離れてくれませんか? ちょっと、ニコルに、ひっ!」
いきなり、首から一線を描いた生ぬるい感触伝わった。
熱と一緒に、複数の尖ったものが皮膚の表面を刺激する。
それは、何回も何回も、だ。
その感覚があまりにも気持ち悪くて、背中から鳥肌が走る。暗闇が余計にそれを際立たせた。
体を切り離したかったが、無意味に終わった。むしろ、拘束する力が強くなるだけだった。
わけのわからない状況に、危機感が増した。
「だ、旦那様? 何を、何をしているのですか? は、離して、いたっ!」
今度は、何回も何回も嬲られた場所から痛みが走った。
今まで体験したことのない、鋭い痛み。
この時、目が暗闇に慣れたことを少し呪った。
だって、顔を上げたら、彼がどんな表情で私を見つめているのかが、はっきり見えるから。
とろりとした金色の瞳が淡く輝いている。
薄暗さの中でも見える、赤らんだ頬。
彼の薄い唇の周りが汚れて見える。
舌でそれを舐めまわした後の表情は、不気味なほど恍惚を表すようなものだった。
ああ、これは駄目だ。
食べられる。
直感がそう私に告げた。
彼が再び私の首に顔を埋めた。同じ行いを繰り返そうとした。
「やめて」と抵抗しても、彼はやめてくれない。力いっぱい叩いても、彼は微動もしない。
知らない彼を目の当たりにして、私はあまりにも無力で、ただただ怖かった。
このまま、本当に食べられるのだろうか。
食べられるって、どういう感じだろうか。
想像もできない痛みに対する恐怖で口の奥がガタガタと震えている。
一体、どれくらい時間がたったのか、もうわからない。
何回も何回も抵抗を試みても、全部無駄に終わった。
体力と精神だけが削られただけ。
抵抗する気力するもう残っていない。
自業自得だ。
好奇心に負けて、旦那様とニコルの忠告を破ったからこうなった。
いっそ、このまま彼に食べられてもいいかもしれない。
彼に食べられたら、嫌なことから、押し付けられた役目から解放されるのかな? そう思うと、少し魅力的な提案に聞こえる。
もう、見知らない人のために頑張らなくてもいいのかな。
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