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1章
11,さようならは私から。
しおりを挟む美しい。私は美しい?醜くない?
この細すぎる腰や手足も、必要以上に出た胸も、全てが嫌悪で溢れていた。そうさせたのはこの人ではないの。
(なにを、今更)
勝手すぎるのではないか。私は貴方と出会ってから、貴方に全ての努力を否定され続けたのに。
結婚しても抱かれることなく、ずっと部屋に閉じ込められて。挙句に貴方には愛人がいるのに。
「…ねぇ、ロイス」
「なんだ」
「ターニャって、誰?」
私は計算なんて出来ない。そんな事を考えるよりも直球で聞いてしまう。なんせ、人と関わるという経験が少なかった。
けれどその分ーー自分と関わった人のことを良く見る時間はあったということだ。ロイスは確かに、息を飲んだ。そしていつも嘘を隠す時の癖…首に手を触れて、顔を背ける。彼は昔からいつもそう。
この動作を、いつも私の部屋から出た後でしていたのか、それは知らないしわからない。
けれどこの人は今から確かに嘘をつく。
「…誰だ?そんな女は、知らない」
あぁ、嘘ね。
「貴方の愛人と聞いたわ」
ぴくり。反応した。けれど相変わらず顔をそらして告げる。
「なんのことだ?俺はそんな女は知らない」
嘘つき。貴方はやっぱり嘘つきね。
「…そう」
貴方なんて、やっぱり、嘘をつくのね。昔から。
愛しているわ、貴方のこと。
愛していたわ、貴方のこと。
綺麗な気持ちのまま、私は全てを終えたいの。
屋敷に着くなり、使用人達は自分が妻だと分かると、夢でも見ているのかとお互いに頰をつねりあっていた。
しばらく見なかったロイスの部屋は彼らしくシンプルなもので、寝るためだけに用意されたような場所だった。
「脱いでくれ、頼むから」
他の男から貰った服なんか着ないでくれ。そう懇願され、エミリアは妙に冷静な頭で考えた。
結婚して年も経つのに、私は変わらず潔白な身体。貴方は私の知らないどこかのターニャさんを抱いて、さぞかし気持ちが良かったのでしょう?
どす黒い感情が心に渦巻く。
私はあの暗い部屋でいつだって身を引き裂かれそうな想いをしていたというのに。
ねぇ。少しくらい、構わないでしょう?貴方とターニャさんに傷を付けることくらい、構わないでしょう?
いつものように貴方を信じるわ。貴方を信じて、私は美しいと自信を持つわ。
微かな傷かもしれない。けれどそれがやがて膿んでしまえばいい。消えない傷痕として残ればいい。
私は、心の底から私を愛してくれる人と共に居たい。
「…ねぇ、ロイス」
「っ……」
ぱさり、とドレスを肩まで落とす。まるでどこかの娼婦みたいね、と内心苦笑した。
「…私のこと、抱いて?」
「な、っ…」
「愛してるわ」
私は自分のことが少しだけ、怖いの。
だって私は平気で嘘がつける女なのだもの。
「…愛してるの。貴方の、本当の妻にして?」
「エミ、リア…!」
荒く混じり合う吐息と、苦しいほどの圧迫感も。
全てが、どうしようもなく、気持ち悪いの。
貴方はその手で他の女を抱いたのよね。
それなら、貴方が抱いたこの身体で、私が他の誰かと寝ることがあってもーー許してくれるわよね?
まだ明け方、メイド達も寝静まっている頃。
『さようなら』と一筆だけ書いた手紙だけをベッドのサイドテーブルに置いて、エミリアはドレスを着た。彼が脱いでと懇願していた、淡いピンク色のドレス。
「…ん…」
眉間にしわを寄せて顔を布団に埋める彼にぽそりと告げる。
「…さようなら、ロイス」
もう貴方とは暮らせないの。
永遠に、さようなら。
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