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1章
7,まさかいないとは思わない
しおりを挟むエミリアは首を傾げていた。
会場に入るなり、それまで賑やかだったホールが一瞬にして静まり返ったのだ。音楽を奏でていた演奏団までもが手を止め、こちらを凝視していた。
こんな風に誰もが固まるほど自分が醜かったことに羞恥を覚える。入っていた場所へ後退りかけた時、ジュアンが当たり前のようにエミリアの腰に手を置いた。
「皆、貴女の美しさに見惚れている」
「この視線を本当にそうだと思うのなら眼医者に行った方が良いのではなくて?」
「本当のことですよ。おいで」
社交界デビューもままならなかったエミリアには知り合いもおらず、どうすればいいのかも分からない。その逆に、夜会には度々出ているジュアンに頼んで正解だったと心の底から思う。
ジュアンに連れられ歩き出すと、こちらを凝視していた人々の間を潜り、一人の男が寄ってきた。
「ジュアン!」
明るくそう話しかけた男はどうやらジュアンの友人らしい。やはり端整な顔立ちをしており、視線が合ったのでぎごちなく笑みを返す。
「………おいおいおい、ジュアン」
「なんだ」
「いつからこんな美しい人とお知り合いになったんだ?おい?」
美しいとは誰のことだろうかと又もや首を傾げそうになるが、聞き流すことにする。世辞など社交界では当たり前だと、随分と昔に家庭教師から聞いた気がする。
「幼馴染だ」
「はぁ!?聞いてないんですけど!」
「どうしてお前に言う必要がある。…すまない、エミリア。こいつはゾエルーー………一応、友人だ」
「一応ってなに!?」
一応、などと口にしながらも、ジュアンが気を許しているのは一目瞭然だ。
「ジュアンの友人のゾエル・コーフロラと申します。…お名前をお伺いしても?」
「あ……」
ここで一瞬迷ってしまう。エヴァシルトの名を名乗っていいのか否かだ。仮にも高位貴族であるし、名前を出せば、この醜い私がロイスの妻であるというのはすぐに分かってしまうだろう。
視線を彷徨わせると、ジュアンが頷く。まぁ、ジュアンの友人ならばロイスの事も知っているだろう。そう思うことにして、出来るだけ愛想を良くしながら声を出す。
「エミリア・エヴァシルトと申します」
「………エヴァシルト?」
ゾエルが驚いたように声を出す。そして信じられないとこちらを見張った。
「では、貴女がロイスの妻の?」
「っ……えぇ…」
思えば外で彼の妻などと公言するのは初めてのことではないか。けれど会場を見る限り、まだロイスは来ていないようだ。
「どういうことだ」
ゾエルが眉を顰めてジュアンに詰め寄っている。夫のある女性を連れ歩いたことに対してかと思ったけれど、一応姻戚であるわけだし、そこまで責められることでもないように感じる。
「うるさい。アイツに聞け」
よく分からない言い争いをしているが、多分自分には関係のないことだと聞かぬふりを決め込んでいると、それに気付いたジュアンが申し訳なさそうに目尻を下げる。
「待たせて申し訳ない。…ゾエル、話は終わりだ。続きはロイスとでもしておけ。そのうち来るだろう」
「え?いやでもアイツ、今日はやっぱり来れないって…」
「……え?」
どういうことだろう。今のは確かにロイスの話ではなかったか。来れない?
「アイツやっぱりまっすぐ家に帰るって言ってたぞ。主催者の方への謝罪状がどうだとか言っていたからな」
「…ロイスが?家に?」
それを聞いて、二人でまずいと視線を合わせる。
あくまで今日はロイスの恋人を見に来たのであって、外出はバレないようにする予定だったのだ。
もしも彼のいう通り、ロイスが家に帰っているのなら。
外出していることが、エヴァシルトの名を名乗ったことがバレたら。
「……あ」
ジュアンとゾエルがエミリアの後ろを見て固まる。
まさか、と振り返るよりも先だった。声がしたのは。
「…まさか他に男を作っているとはな」
低く明らかに不機嫌なその声にバッと振り返る。そこにいたのは、息を切らし、眉を顰めたロイスだった。
「あ……の…」
どうしよう、怒られる。今よりもっと嫌われる。どうしよう、どうしよう、と頭の中が真っ白になる。
「……今すぐ帰るぞ」
グッと痛いほどの力で腕を掴まれたので、ロイスが歩き出すと自然と引き摺られる形になる。足がもつれそうになりながらも付いて行こうとすると、待て、と声が聞こえた。
「…これ以上なにか?ジュアン兄さん」
「そんなに怒ることないだろう。私が無理を言って連れ出したんだから」
「それが本当なら俺には貴方を殴る権利があると思うのだが」
「殴るなら殴ればいい。エミリアに乱暴をするのはやめろ」
今にも取っ組み合いが始まりそうなその雰囲気に、エミリアは引きつった声が出る。
「違うわ!私がジュアンにお願いしたの…!だから彼は何も悪く…」
「……なんだと?」
今日が多分、初めてかもしれない。
彼の泣きそうな顔を見たのは。
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