上 下
6 / 12
1章

6,他愛のない雑談で

しおりを挟む


 固まったまま化粧をするという高等技術を駆使した彼女達によって出来上がったのは、まさしく人形のような完璧と言っても足りないほどの人間だった。
「変じゃないかしら。髪型、可愛らしいけれど…」
 自分の顔には似合わないのではないか。それは決してこの程度の髪型というわけではなく、こんなにも素敵な髪や化粧に、という意味だったのだが。
「っ…お気に召しませんでしたか…?申し訳ございません!」
 勢いよく頭を下げるメイドに慌てて訂正する。
「違うのよ。せめて、今夜ジュアンにエスコートしてもらう時くらいは、少しでも綺麗に居たいだけなの」
 微笑んだエミリアに、メイド達が顔を紅潮させて胸を押さえる。
「…? どうかなさって?」
「「い、いえ、お気になさらず…!」」
「そう…?」
 気にするなと言っているのだし、それ以上何も言わない方が良いだろう。そう判断して、部屋から出る前にもう一度姿見を見る。
 痩せっぽちで貧相な自分の身体。そのくせ胸ばかりが成長して、邪魔なことありゃしない。全体的なバランスが取れていないのだ。そう考えて溜息をつくが、今更言っても仕方ない。
「ジュアンはどこに?」
「あ、えっと、彼の方でしたら扉の前で待っておられます。先に支度が済んだようで…」
「あらそうなの、待たせてしまったのね…あなた達、ありがとう」
「「はっ、はい!扉をお開けいたします!!」」
 メイドの一人が慌てて扉を開けにかかる。
 開けてすぐそこに、先ほどメイドが言った通り、ジュアンが立っていた。だがこちらを見るなり、目を見張り、口をぽかんと開けたまま突っ立ってしまった。
「…ジュアン?」
 彼も正装に着替えたようで、白いスーツは彼の爽やかな顔立ちを一層際立てる。
「……美しいな」
 ぼそりと言われたその言葉に、またかと眉を寄せてしまう。
「お世辞は結構よ」
「本当のことしか言ったことがないが」
 こんな美女をエスコート出来るなんて幸せだよ、とジュアンが流れる仕草でエミリアの指に口付ける。
「戯はおやめになって」
「君で戯れようとしたことなど一度もないつもりだけれど」
「貴方はいつもそればかり」
 美女なんてどこにいると言うのだ。そう口にしようとしたけれど、どうせジュアンが引かないことは分かっている。時間の無駄だとエミリアは自分に言い聞かせ、ふうっとため息をつく。
「それはもうどうでもいいけれど。それよりも、このドレスとても素敵ね。私なんかが着ていいのか分からないけれど、とても気に入ったわ」
「…気に入ってくれたのか?」
「えぇ!とても素敵だと思わない?」
 はしたないと分かりながらもついその場でくるりと一回転してしまった。それを見て、ジュアンがくすくすと笑う。
「そうか。それなら良かった」
 嬉しそうに、それでいてどこか悲しそうにそう呟く彼に、エミリアは首を傾げながらも何も言わなかった。


 他愛のない雑談をして、伯爵に挨拶をして、それだけで時間はすぐに過ぎていった。
 領地内に沢山の馬車が入ってくるのを窓から眺め、そんなエミリアを眺めながらジュアンはふうっとため息をついた。
「結局、ロイスの話はしないんだね」
「あら……聞きたいの?」
「まさか。けれど、結婚する前の君はいつだってロイスのことしか話さなかった」
「そんな事ないわよ」
 あるんだなそれが、とジュアンが苦笑する。
「やれロイスがどうのと、ひたすらロイスの話だったじゃないか。ロイスに内緒で一緒にパーティーに行こうと言ったって、君は、ロイス以外の男と共に行くなんて不貞に当たるなんて言って断っていた」
「だって…」
「けれど、今回ばかりは構わないなんて、君もよく分からない」
 今回だけ、だ。だって彼が私と離縁して、他の誰かと再婚したいと言うならばそれを止める気はない。
 決してエリーの言うことが嘘というわけではないけれど、噂を鵜呑みには出来ない。けれど自分の目で確かめる方法がこれしか思い付かなかった。
「…迷惑ばかりかけてごめんなさい」
「……すまない、少し意地悪を言っただけだ。頼ってくれたのは本当に嬉しかったんだ」
 本当だよ、とジュアンはにっこり笑う。
「…ロイスと本当は上手くいってないんだろう?アイツ、夜に出て来るときはいつだって他の女を連れている」
 思い出したのか、苦虫を噛み潰したような表情をする彼にエミリアも苦笑した。
「そうね、上手くいっているとは言えないわ。会話はあるけれど、何か特別な話をするわけでもない。…けれど、私は、ロイスのことを愛しているのよ」
「だったらどうして今日、」
「愛しているから、彼が望むなら私は、彼と離婚するわ。彼が他の誰かと共になりたいと考えるのなら、私は、」
「離婚、しても、いいのか?アイツが望むなら、お前は全てを手放すというのか?」
 信じられないようなものを見る目つきの彼から視線を逸らし、もう一度窓の外を眺める。
「愛があれば何でも出来るって言うけれど、愛があったって一方的なものじゃ、それは成立しないっていうことよ」
 それを知ったから、私は、離れる覚悟が出来たの。
 ーー私たちの終わりはもう始まっている。
「…そろそろ行きましょう?」
 まずはロイスの心を射止めた女の顔を拝めにいきましょうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

死に戻るなら一時間前に

みねバイヤーン
恋愛
「ああ、これが走馬灯なのね」  階段から落ちていく一瞬で、ルルは十七年の人生を思い出した。侯爵家に生まれ、なに不自由なく育ち、幸せな日々だった。素敵な婚約者と出会い、これからが楽しみだった矢先に。 「神様、もし死に戻るなら、一時間前がいいです」  ダメ元で祈ってみる。もし、ルルが主人公特性を持っているなら、死に戻れるかもしれない。  ピカッと光って、一瞬目をつぶって、また目を開くと、目の前には笑顔の婚約者クラウス第三王子。 「クラウス様、聞いてください。私、一時間後に殺されます」 一時間前に死に戻ったルルは、クラウスと共に犯人を追い詰める──。

貴方の事を愛していました

ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。 家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。 彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。 毎週のお茶会も 誕生日以外のプレゼントも 成人してからのパーティーのエスコートも 私をとても大切にしてくれている。 ーーけれど。 大切だからといって、愛しているとは限らない。 いつからだろう。 彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。 誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。 このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。 ーーけれど、本当にそれでいいの? だから私は決めたのだ。 「貴方の事を愛してました」 貴方を忘れる事を。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

【第二部連載中】あなたの愛なんて信じない

風見ゆうみ
恋愛
 シトロフ伯爵家の次女として生まれた私は、三つ年上の姉とはとても仲が良かった。 「ごめんなさい。彼のこと、昔から好きだったの」  大きくなったお腹を撫でながら、私の夫との子供を身ごもったと聞かされるまでは――  魔物との戦いで負傷した夫が、お姉様と戦地を去った時、別チームの後方支援のリーダーだった私は戦地に残った。  命懸けで戦っている間、夫は姉に誘惑され不倫していた。  しかも子供までできていた。 「別れてほしいの」 「アイミー、聞いてくれ。俺はエイミーに嘘をつかれていたんだ。大好きな弟にも軽蔑されて、愛する妻にまで捨てられるなんて可哀想なのは俺だろう? 考え直してくれ」 「絶対に嫌よ。考え直すことなんてできるわけない。お願いです。別れてください。そして、お姉様と生まれてくる子供を大事にしてあげてよ!」 「嫌だ。俺は君を愛してるんだ! エイミーのお腹にいる子は俺の子じゃない! たとえ、俺の子であっても認めない!」  別れを切り出した私に、夫はふざけたことを言い放った。    どんなに愛していると言われても、私はあなたの愛なんて信じない。 ※第二部を開始しています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

わたしは不要だと、仰いましたね

ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。 試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう? 国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も── 生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。 「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」 もちろん悔しい。 だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。 「きみに足りないものを教えてあげようか」 男は笑った。 ☆ 国を変えたい、という気持ちは変わらない。 王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。 *以前掲載していたもののリメイク

処理中です...