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1章
6,他愛のない雑談で
しおりを挟む固まったまま化粧をするという高等技術を駆使した彼女達によって出来上がったのは、まさしく人形のような完璧と言っても足りないほどの人間だった。
「変じゃないかしら。髪型、可愛らしいけれど…」
自分の顔には似合わないのではないか。それは決してこの程度の髪型というわけではなく、こんなにも素敵な髪や化粧に、という意味だったのだが。
「っ…お気に召しませんでしたか…?申し訳ございません!」
勢いよく頭を下げるメイドに慌てて訂正する。
「違うのよ。せめて、今夜ジュアンにエスコートしてもらう時くらいは、少しでも綺麗に居たいだけなの」
微笑んだエミリアに、メイド達が顔を紅潮させて胸を押さえる。
「…? どうかなさって?」
「「い、いえ、お気になさらず…!」」
「そう…?」
気にするなと言っているのだし、それ以上何も言わない方が良いだろう。そう判断して、部屋から出る前にもう一度姿見を見る。
痩せっぽちで貧相な自分の身体。そのくせ胸ばかりが成長して、邪魔なことありゃしない。全体的なバランスが取れていないのだ。そう考えて溜息をつくが、今更言っても仕方ない。
「ジュアンはどこに?」
「あ、えっと、彼の方でしたら扉の前で待っておられます。先に支度が済んだようで…」
「あらそうなの、待たせてしまったのね…あなた達、ありがとう」
「「はっ、はい!扉をお開けいたします!!」」
メイドの一人が慌てて扉を開けにかかる。
開けてすぐそこに、先ほどメイドが言った通り、ジュアンが立っていた。だがこちらを見るなり、目を見張り、口をぽかんと開けたまま突っ立ってしまった。
「…ジュアン?」
彼も正装に着替えたようで、白いスーツは彼の爽やかな顔立ちを一層際立てる。
「……美しいな」
ぼそりと言われたその言葉に、またかと眉を寄せてしまう。
「お世辞は結構よ」
「本当のことしか言ったことがないが」
こんな美女をエスコート出来るなんて幸せだよ、とジュアンが流れる仕草でエミリアの指に口付ける。
「戯はおやめになって」
「君で戯れようとしたことなど一度もないつもりだけれど」
「貴方はいつもそればかり」
美女なんてどこにいると言うのだ。そう口にしようとしたけれど、どうせジュアンが引かないことは分かっている。時間の無駄だとエミリアは自分に言い聞かせ、ふうっとため息をつく。
「それはもうどうでもいいけれど。それよりも、このドレスとても素敵ね。私なんかが着ていいのか分からないけれど、とても気に入ったわ」
「…気に入ってくれたのか?」
「えぇ!とても素敵だと思わない?」
はしたないと分かりながらもついその場でくるりと一回転してしまった。それを見て、ジュアンがくすくすと笑う。
「そうか。それなら良かった」
嬉しそうに、それでいてどこか悲しそうにそう呟く彼に、エミリアは首を傾げながらも何も言わなかった。
他愛のない雑談をして、伯爵に挨拶をして、それだけで時間はすぐに過ぎていった。
領地内に沢山の馬車が入ってくるのを窓から眺め、そんなエミリアを眺めながらジュアンはふうっとため息をついた。
「結局、ロイスの話はしないんだね」
「あら……聞きたいの?」
「まさか。けれど、結婚する前の君はいつだってロイスのことしか話さなかった」
「そんな事ないわよ」
あるんだなそれが、とジュアンが苦笑する。
「やれロイスがどうのと、ひたすらロイスの話だったじゃないか。ロイスに内緒で一緒にパーティーに行こうと言ったって、君は、ロイス以外の男と共に行くなんて不貞に当たるなんて言って断っていた」
「だって…」
「けれど、今回ばかりは構わないなんて、君もよく分からない」
今回だけ、だ。だって彼が私と離縁して、他の誰かと再婚したいと言うならばそれを止める気はない。
決してエリーの言うことが嘘というわけではないけれど、噂を鵜呑みには出来ない。けれど自分の目で確かめる方法がこれしか思い付かなかった。
「…迷惑ばかりかけてごめんなさい」
「……すまない、少し意地悪を言っただけだ。頼ってくれたのは本当に嬉しかったんだ」
本当だよ、とジュアンはにっこり笑う。
「…ロイスと本当は上手くいってないんだろう?アイツ、夜に出て来るときはいつだって他の女を連れている」
思い出したのか、苦虫を噛み潰したような表情をする彼にエミリアも苦笑した。
「そうね、上手くいっているとは言えないわ。会話はあるけれど、何か特別な話をするわけでもない。…けれど、私は、ロイスのことを愛しているのよ」
「だったらどうして今日、」
「愛しているから、彼が望むなら私は、彼と離婚するわ。彼が他の誰かと共になりたいと考えるのなら、私は、」
「離婚、しても、いいのか?アイツが望むなら、お前は全てを手放すというのか?」
信じられないようなものを見る目つきの彼から視線を逸らし、もう一度窓の外を眺める。
「愛があれば何でも出来るって言うけれど、愛があったって一方的なものじゃ、それは成立しないっていうことよ」
それを知ったから、私は、離れる覚悟が出来たの。
ーー私たちの終わりはもう始まっている。
「…そろそろ行きましょう?」
まずはロイスの心を射止めた女の顔を拝めにいきましょうか。
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