上 下
36 / 64

36,まさかの玉の輿。

しおりを挟む


 本当に只のお知り合いなんですね?とローレンが何度も繰り返して聞いてくる。

「しつこいって。そう言ってるでしょ」
「じゃあどうして部屋の外に出ろ等とと言うのですか」
「昔話をするんだから二人の方がいいでしょ」
「陛下に叱られます。叱られるで済んだらまだ良いと思いますが…」

 考えただけでゾッとすると身震いしたローレンには気の毒だが、込み入った話をすることを想定すれば…残念ながら、こちらは引けない。


 やがて、侍女がロイスの来室を告げる。その声に心拍数が急上昇してしまった。

「お通しして。…ローレン、早く行って」
「…首が跳ねたら貴方を呪いますからね」

 涙目になりながら出ていったローレンに半笑いになる。そして入れ違うように入ってきたロイスに、レイの表情は固まった。

「王妃様…いや、レイ…」
「……ロイス、兄様…」

 何か言わなければと頭を回転させたレイの思考を停止させたのは、ロイスだった。

「ところでさっきの美しい方のお名前は」
「はい?」
「ほら、先程出ていかれた…」
「え、あ、ローレンですか」
「ローレン……ローレンさん……美しい……」
「えっ?」
「どうやら一目惚れしてしまったようだ……あのような美しい方は今までに見たことない…」

 突然すぎて何を言われているのか分からない。久しぶりに会った兄というものは全くの未知数だ。

「あ、あの、ロイス兄様…?」
「……申し訳ありません、私としたことが…取り乱してしまった…」
「いえ、それは大丈夫ですが…」

 あのローレンに一目惚れ?確かに綺麗な顔立ちだけれど、ローレンは普通にアルファで…。

「オメガの男性が王妃に就いたとは聞いていたけれど、まさかレイが………いえ、王妃様が、」
「ロイス兄様、言葉をお崩し下さい!ーーまさか兄様が私を覚えていて下さるなんて、思ってもいなくて…」
「忘れるわけがない!レイは、いつまで経っても私の大切な弟だ!」
「兄様っ…!」
「お前を預けた孤児院が無くなったと聞いて、ずっとお前を探していたんだ。それなのに全く手がかりもなくて…また会いに来ると言ったのに、遅くなった。本当に悪かった…!」
「兄様、その気持ちだけで十分です。…また会えて、私を弟と言って下さって、本当に嬉しい…!」

 気が付けば頬に涙が伝っていた。レイの手を、ロイスが優しく包み込む。

「大きくなったね。本当に、大きくなった」
「兄様のおかげです。あの時に兄様がいなければ、私は生きてはいなかった」
「……ところでローレンさんを…」

 そわそわしている兄を見て苦笑する。

「呼びましょうか?」
「お願いしようかな…。……ローレンさん、結婚は」
「していませんよ。独身です、けど………アルファなので…」
「愛に性別なんて関係ないさ」

 どや顔で言い切った兄があまりにも堂々としすぎて、ロイスの言うこと全てが正しく感じてしまう。

「ローレン!!」

 少し声を張り上げて呼ぶと、すぐに部屋に入ってきた。

「どうかなさいましたか!?」
「うん。一緒にお茶でもどう?」
「……は?」

 ちらっとロイスを見ると、端正な顔を崩してローレンの前まで歩いていく。
 すると突然ローレンの手の甲を取り、キスした。

「ちょ!?」
「……レイ様、俺は何をされているのでしょうか…?」

 顔面蒼白になったローレンがギギギギと音が出そうなほどぎこちなくこちらを向いた。

「突然申し訳ない……貴方があまりにも美しかったものだから…」
「はっ!?」
「綺麗な手だ。あぁ、私は貴方を手に入れたくて堪らない」
「いや、ちょ、はっ!?」

 何が起こっているのか分からないとパニック状態になるローレンの腰をすかさず掴んだロイスが、それはそれは自然にローレンの頬を撫でた。

「一目惚れとはこんなにも素晴らしい物だったのか…」
「え、あの、アグシェルト様!!?」
「私のことはどうぞロイスとお呼び下さい」
「いやいやいや!!」

 いつでも冷静だった兄様の頭のネジが少し外れている気がする。そろそろローレンのメンタルのためにも止めた方がいいかもしれない。

「ローレン、こっちおいでよ」
「行けないんだよ!!めっちゃ腰ホールドされてるんですけど!!?なんなんですかこの人!!」
「ローレンさん、ロイスと呼んで下さい……ね?」

 甘い声で、しかも耳元で呟かれたローレンはもう爆発寸前だった。耳まで真っ赤にして、こちらをキッと睨み付けてくる。

「マジで何なんですか!!」

 涙目で睨み付けられても怖くないし、寧ろこの兄の前では可愛いとすら思えてきた。

「良かったね、ローレン。アグシェルト公爵家に輿入れ決定だよ」
「結婚なんて気が早いよ、レイ。まずはお互いのことを知らないと…」
「アンタら二人ほんと何言ってんだ!!?」

 武官のローレンの力よりも文官のロイスの方が力が強いという事実に、レイは笑ってしまった。丁度その時だ。

「なんだこれは…?」

 また何か要らない心配をして見に来たのだろうリヴィウスが異様な光景に目を瞬かせた。

「陛下!っ…ちょっとアグシェルト様、無礼ですよ!陛下の御前です!!」

 引き剥がそうとすればするほどくっつくロイスに、リヴィウスがおかしそうに半笑いになる。

「なんだ、ローレン。求愛でもされたのか」
「冗談じゃない!!」
「御挨拶申し上げます陛下。実はこの方に一目惚れしてしまいまして、婚姻の許可を頂きたく…」

 兄様、さっきまでの発言はどこに行ったのですか…。

「面白い。許可する」
「はっ、誠に有り難き幸せで…」
「ふざけんなって!!マジで放せ!!!陛下!!早くコイツ退かせて下さいよ!!」

 相変わらず涙目のローレンにリヴィウスが放ったのはたった一言。

「玉の輿おめでとう。お前もやっと寿退職だな」
「おいコラ陛下ぁぁぁあ!!!!」

 最早不敬に当たる言葉遣いにも気にせず、リヴィウスはするりと二人の隣を通りすぎてレイの隣に座った。

「お前が襲われていたらと思ったが、要らない心配だったようだな」
「本当に要らない心配ですね」
「それにしても面白いことになったな」
「ローレンが少し気の毒かもしれませんが、アグシェルト公爵家なんて早々入れるものでもないですよ」
「そうだな」

 そう言った途端のローレンの悲壮な顔といったら。未だに状況が理解できなくても、身の危険が迫っていることくらいは分かったのだろう。

「そうだ、今日の夜に食事でもどうですか?」
「お、俺にはレイ様の護衛が、」
「貴方とゆっくり話したいと思ったのですが…」
「え、あ、う…」

 うーん、やっぱりローレンって可愛い。けれどあの兄様に迫られたら誰だってこんな風になるだろう。

「お、お断りを、」
「行っておいでよローレン。最近ずっと俺の警護してくれてたでしょ?」

 悪意ある笑みを浮かべたレイも、やはりリヴィウスと同じくどこまでも腹黒かった。普段はそんなこともないのだけれど、いつだって淡白だった兄が欲しいというのだ。

「いいよね、陛下?」
「もちろんだ。そうだな…一週間ほど有給消化してこい。早速今から休んでいいぞ。さっさと下がれ」
「ちょっ、陛下、」
「心から感謝申し上げます、陛下、王妃様。ではこれにて失礼させていただきます。さぁローレンさん、行きましょう」
「い、いやだぁぁぁあ!!!」

 ローレンの悲痛な叫びもそこそこに、やがて部屋に二人きりになる。

「まさかの玉の輿だな」
「えぇ。俺もびっくりしました」

 一週間もあればあの完璧な兄はローレンを落とすのだろう。取り合えず今日中に食べられてしまうだろうなということは、心のなかで留めておこう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

可愛い悪役令息(攻)はアリですか?~恥を知った元我儘令息は、超恥ずかしがり屋さんの陰キャイケメンに生まれ変わりました~

狼蝶
BL
――『恥を知れ!』 婚約者にそう言い放たれた瞬間に、前世の自分が超恥ずかしがり屋だった記憶を思い出した公爵家次男、リツカ・クラネット8歳。 小姓にはいびり倒したことで怯えられているし、実の弟からは馬鹿にされ見下される日々。婚約者には嫌われていて、専属家庭教師にも未来を諦められている。 おまけに自身の腹を摘まむと大量のお肉・・・。 「よしっ、ダイエットしよう!」と決意しても、人前でダイエットをするのが恥ずかしい! そんな『恥』を知った元悪役令息っぽい少年リツカが、彼を嫌っていた者たちを悩殺させてゆく(予定)のお話。

【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

処理中です...