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36,まさかの玉の輿。
しおりを挟む本当に只のお知り合いなんですね?とローレンが何度も繰り返して聞いてくる。
「しつこいって。そう言ってるでしょ」
「じゃあどうして部屋の外に出ろ等とと言うのですか」
「昔話をするんだから二人の方がいいでしょ」
「陛下に叱られます。叱られるで済んだらまだ良いと思いますが…」
考えただけでゾッとすると身震いしたローレンには気の毒だが、込み入った話をすることを想定すれば…残念ながら、こちらは引けない。
やがて、侍女がロイスの来室を告げる。その声に心拍数が急上昇してしまった。
「お通しして。…ローレン、早く行って」
「…首が跳ねたら貴方を呪いますからね」
涙目になりながら出ていったローレンに半笑いになる。そして入れ違うように入ってきたロイスに、レイの表情は固まった。
「王妃様…いや、レイ…」
「……ロイス、兄様…」
何か言わなければと頭を回転させたレイの思考を停止させたのは、ロイスだった。
「ところでさっきの美しい方のお名前は」
「はい?」
「ほら、先程出ていかれた…」
「え、あ、ローレンですか」
「ローレン……ローレンさん……美しい……」
「えっ?」
「どうやら一目惚れしてしまったようだ……あのような美しい方は今までに見たことない…」
突然すぎて何を言われているのか分からない。久しぶりに会った兄というものは全くの未知数だ。
「あ、あの、ロイス兄様…?」
「……申し訳ありません、私としたことが…取り乱してしまった…」
「いえ、それは大丈夫ですが…」
あのローレンに一目惚れ?確かに綺麗な顔立ちだけれど、ローレンは普通にアルファで…。
「オメガの男性が王妃に就いたとは聞いていたけれど、まさかレイが………いえ、王妃様が、」
「ロイス兄様、言葉をお崩し下さい!ーーまさか兄様が私を覚えていて下さるなんて、思ってもいなくて…」
「忘れるわけがない!レイは、いつまで経っても私の大切な弟だ!」
「兄様っ…!」
「お前を預けた孤児院が無くなったと聞いて、ずっとお前を探していたんだ。それなのに全く手がかりもなくて…また会いに来ると言ったのに、遅くなった。本当に悪かった…!」
「兄様、その気持ちだけで十分です。…また会えて、私を弟と言って下さって、本当に嬉しい…!」
気が付けば頬に涙が伝っていた。レイの手を、ロイスが優しく包み込む。
「大きくなったね。本当に、大きくなった」
「兄様のおかげです。あの時に兄様がいなければ、私は生きてはいなかった」
「……ところでローレンさんを…」
そわそわしている兄を見て苦笑する。
「呼びましょうか?」
「お願いしようかな…。……ローレンさん、結婚は」
「していませんよ。独身です、けど………アルファなので…」
「愛に性別なんて関係ないさ」
どや顔で言い切った兄があまりにも堂々としすぎて、ロイスの言うこと全てが正しく感じてしまう。
「ローレン!!」
少し声を張り上げて呼ぶと、すぐに部屋に入ってきた。
「どうかなさいましたか!?」
「うん。一緒にお茶でもどう?」
「……は?」
ちらっとロイスを見ると、端正な顔を崩してローレンの前まで歩いていく。
すると突然ローレンの手の甲を取り、キスした。
「ちょ!?」
「……レイ様、俺は何をされているのでしょうか…?」
顔面蒼白になったローレンがギギギギと音が出そうなほどぎこちなくこちらを向いた。
「突然申し訳ない……貴方があまりにも美しかったものだから…」
「はっ!?」
「綺麗な手だ。あぁ、私は貴方を手に入れたくて堪らない」
「いや、ちょ、はっ!?」
何が起こっているのか分からないとパニック状態になるローレンの腰をすかさず掴んだロイスが、それはそれは自然にローレンの頬を撫でた。
「一目惚れとはこんなにも素晴らしい物だったのか…」
「え、あの、アグシェルト様!!?」
「私のことはどうぞロイスとお呼び下さい」
「いやいやいや!!」
いつでも冷静だった兄様の頭のネジが少し外れている気がする。そろそろローレンのメンタルのためにも止めた方がいいかもしれない。
「ローレン、こっちおいでよ」
「行けないんだよ!!めっちゃ腰ホールドされてるんですけど!!?なんなんですかこの人!!」
「ローレンさん、ロイスと呼んで下さい……ね?」
甘い声で、しかも耳元で呟かれたローレンはもう爆発寸前だった。耳まで真っ赤にして、こちらをキッと睨み付けてくる。
「マジで何なんですか!!」
涙目で睨み付けられても怖くないし、寧ろこの兄の前では可愛いとすら思えてきた。
「良かったね、ローレン。アグシェルト公爵家に輿入れ決定だよ」
「結婚なんて気が早いよ、レイ。まずはお互いのことを知らないと…」
「アンタら二人ほんと何言ってんだ!!?」
武官のローレンの力よりも文官のロイスの方が力が強いという事実に、レイは笑ってしまった。丁度その時だ。
「なんだこれは…?」
また何か要らない心配をして見に来たのだろうリヴィウスが異様な光景に目を瞬かせた。
「陛下!っ…ちょっとアグシェルト様、無礼ですよ!陛下の御前です!!」
引き剥がそうとすればするほどくっつくロイスに、リヴィウスがおかしそうに半笑いになる。
「なんだ、ローレン。求愛でもされたのか」
「冗談じゃない!!」
「御挨拶申し上げます陛下。実はこの方に一目惚れしてしまいまして、婚姻の許可を頂きたく…」
兄様、さっきまでの発言はどこに行ったのですか…。
「面白い。許可する」
「はっ、誠に有り難き幸せで…」
「ふざけんなって!!マジで放せ!!!陛下!!早くコイツ退かせて下さいよ!!」
相変わらず涙目のローレンにリヴィウスが放ったのはたった一言。
「玉の輿おめでとう。お前もやっと寿退職だな」
「おいコラ陛下ぁぁぁあ!!!!」
最早不敬に当たる言葉遣いにも気にせず、リヴィウスはするりと二人の隣を通りすぎてレイの隣に座った。
「お前が襲われていたらと思ったが、要らない心配だったようだな」
「本当に要らない心配ですね」
「それにしても面白いことになったな」
「ローレンが少し気の毒かもしれませんが、アグシェルト公爵家なんて早々入れるものでもないですよ」
「そうだな」
そう言った途端のローレンの悲壮な顔といったら。未だに状況が理解できなくても、身の危険が迫っていることくらいは分かったのだろう。
「そうだ、今日の夜に食事でもどうですか?」
「お、俺にはレイ様の護衛が、」
「貴方とゆっくり話したいと思ったのですが…」
「え、あ、う…」
うーん、やっぱりローレンって可愛い。けれどあの兄様に迫られたら誰だってこんな風になるだろう。
「お、お断りを、」
「行っておいでよローレン。最近ずっと俺の警護してくれてたでしょ?」
悪意ある笑みを浮かべたレイも、やはりリヴィウスと同じくどこまでも腹黒かった。普段はそんなこともないのだけれど、いつだって淡白だった兄が欲しいというのだ。
「いいよね、陛下?」
「もちろんだ。そうだな…一週間ほど有給消化してこい。早速今から休んでいいぞ。さっさと下がれ」
「ちょっ、陛下、」
「心から感謝申し上げます、陛下、王妃様。ではこれにて失礼させていただきます。さぁローレンさん、行きましょう」
「い、いやだぁぁぁあ!!!」
ローレンの悲痛な叫びもそこそこに、やがて部屋に二人きりになる。
「まさかの玉の輿だな」
「えぇ。俺もびっくりしました」
一週間もあればあの完璧な兄はローレンを落とすのだろう。取り合えず今日中に食べられてしまうだろうなということは、心のなかで留めておこう。
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