上 下
34 / 64

34,今では唯一の肉親

しおりを挟む


 それを知ったのは、本当に偶々だった。ロイス・アグシェルトがこの度大学を卒業して文官の試験を受けたこと、やはり首席合格だったこと。
 公にすることは叶わないけれど、いつも自分に優しくしてくれた兄。生まれたその瞬間から弟だと言ってくれた兄。

「ローレン、いる?」
「はい?」

 柱の影から姿を表したローレンに、もう何も驚きはしまい。

「今年度の試験の首席合格の人って」
「あぁ、三名ですね。今年は御三家全てのご子息様が同時に首席合格でーーって、どうかしましたか?」
「…確か、リヴィウスが任命書渡すんだよね?」
「貴方も行くんですよ」
「……うん」

 今ここにいるのも生きているのも、全てロイス兄様のおかげだった。院長に売られたときも決して自殺なんてしようと思わなかったのは、助けられた命があったからだ。
 あのままアグシェルト公爵家にいようものなら、本当に殺されていた。
 だから本当に感謝しているのだ。何人いてもきっと、顔を見ればすぐに分かる。

「あ、先に警告しておきますけど。例えイケメンが三人いても絶対に見惚れたりしないで下さいよ。陛下が怖いので」
「あー、うん」

 大丈夫だと思う。その意味では見惚れたりしない。ただ懐かしい兄(今では兄と呼んでいいのか分からないが)の姿に魅入ることはあるかもしれない。

「分かってますね?絶対ですよ!?じゃないと俺がとばっちり食らうんですからね!!」
「はいはい、分かってるって」


 そんなやり取りをもう数え切れないほどした頃、ようやく任命式が執り行われた。

「レイ、疲れたらすぐに言え。無理はするなよ……そもそも部屋にいていいんだぞ」
「駄目ですよ、陛下。…王妃としての、貴方の妻としての役目はちゃんとさせてください」
「っ…抱き潰したい…」
「な、に言ってるんですかっ!」

 こんなところで、馬鹿じゃないのか。誰が聞いているか分からないというのに。

 やがて、宰相の声と共に各部官の長が長ったらしい挨拶をする。そしてーー国王と王妃の前に膝をついて挨拶をしたのは、御三家のうちの二人と、それから。

(ロイス兄様……っ!)

 いつになっても変わらない、端正な顔立ちに優しい目元。どんなときだって側にいてくれた、たった一人の兄。

「文官首席、ロイス・アグシェルト」

 名前を呼ばれたロイスが、ゆっくりと顔を上げて立ち上がる。
 そしてリヴィウスとレイの前で一礼した。

「ロイス・アグシェルト、国王陛下、並びに王妃様に御挨拶申し上げます」
「あぁ。これから精進するように」
「はっ」

 声をかけなければ。首席合格者には国王と王妃から声をかけるのが通例だ。けれど何を言えばいいのか、本人を目前にすればさっぱりだ。

「…レイ」
「あ……えっと…」

 静まり返る会場に、更に静けさが増す。

(どうしよう、どうしようっ…!)

 ロイスが訝しげに顔を上げた。その表情は何処と無く不快そうだ。

「あ、の」
「…レイ……?」

 ぽつりと、顔を上げたロイスが呟く。その瞬間、涙が込み上げてきた。覚えててくれたのかと、自分の存在を未だ記憶に刻んでいてくれたのかと。

 けれどレイの涙はどうやら変な意味で取られてしまったようだ。ロイスが名前を出したこともあるだろうが。

 ざわめく会場に、リヴィウスの重い声が響く。

「王妃は体調が思わしくない。…王妃、部屋に戻っていなさい」

 これはもう、確実な命令だった。

「…でも…」

 ロイスの方を振り替えると、信じられないといった驚愕の顔で立っていた。まさか孤児院に入れた弟が王妃だなんて、どういうことだと思っているのだろう。

「戻れと言っている」

 ギロッと睨まれてしまった。ローレンに連れられて、そそくさと会場を出る。
 それでもやはり止まらない涙に、ローレンは盛大なため息をついた。

「まさかお知り合いですか?アグシェルト様と?」
「…知り合い、うん、そうかも…」
「陛下のあそこまでキレた顔、久しぶりに見ましたよ。まさかアグシェルト様と元恋人だとか言わないでくださいよ」
「こ、恋人なんて、そんなわけない…!」
「それは後で陛下に御弁明お願いします。ていうかなんで泣いてるんですか…」

 もうこれ以上揉め事は起こしてくれるなよと思っていたのに、とローレンがもう一度ため息をつく。
 けれどそれでも止まらない涙。顔を見て気付いてくれたことの嬉しさ。

(ロイス兄様っ…!)

 大好きで大好きで仕方なかった、今では自分のたった一人の肉親。
 おめでとうの一言でも云えば良かったと、今更ながらに後悔するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

可愛い悪役令息(攻)はアリですか?~恥を知った元我儘令息は、超恥ずかしがり屋さんの陰キャイケメンに生まれ変わりました~

狼蝶
BL
――『恥を知れ!』 婚約者にそう言い放たれた瞬間に、前世の自分が超恥ずかしがり屋だった記憶を思い出した公爵家次男、リツカ・クラネット8歳。 小姓にはいびり倒したことで怯えられているし、実の弟からは馬鹿にされ見下される日々。婚約者には嫌われていて、専属家庭教師にも未来を諦められている。 おまけに自身の腹を摘まむと大量のお肉・・・。 「よしっ、ダイエットしよう!」と決意しても、人前でダイエットをするのが恥ずかしい! そんな『恥』を知った元悪役令息っぽい少年リツカが、彼を嫌っていた者たちを悩殺させてゆく(予定)のお話。

【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

処理中です...