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58,絶対零度の瞳

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「どうして仲良くなってるんですか」
「はい?」
「何を親しげに、名前を呼ばせてるんですかって言ってるんです」

 怒りの表情を隠そうともしないロイスに、ローレンは思わず笑ってしまった。

「なんですか。嫉妬?」
「悪いですか」

 さも当然とばかりに言う彼に、更に声を上げて笑ってしまう。

「貴方が嫉妬なんて、他の貴族の人間が見たらどう思うか!」
「他の奴なんてどうでもいい。それにしたって、どうして貴方と二人の時間を減らさなければならないんだ!」
「…ロイ?」
「夕食なんて、誰が共にしていいと言ったんです?この部屋に適当に買ってきて、貴方と二人で過ごす予定だったのに…!」
「えー……」

 別にそれが嫌なわけではないけれど、折角出会えた超タイプのテオを放ってまで魅力の時間とは思えなかった。と共に、ローレンは自分のクズさをたった今になって理解した。

「じゃあ別に無理して来なくてもいいですよ?」
「そんなことを私が許すとでも?」
「ですよね」

 嫉妬深いこの人が許すわけないと分かっていて言ったのだ。その嫉妬が嬉しいけれど、ローレンは一つ忘れていたことがある。

 それこそが、これから数時間後、ロイスをこれ以上ない怒りの淵へとやるのだけれど。





「すごく美味しかった!やっぱり採れたての野菜は違うなぁ」
「だろ?ていうか王都に住んでるなんて、実は金持ちか?どっちにしろ向こうじゃ食べられないものばっかりだろ!」
「本当に。連れて行ってくれてありがとう」
「こちらこそだろ。ていうか薬代、本当にいいのか?」
「夕食奢ってくれたからいいんだって」
「でも金額が違うだろ…」

 ため息をつきながらも押し付けてこなかったのは、ローレンに受け取る気がないと分かったからだろう。
 ロイスは二人の会話をジト目で見るだけで、話に入ってくる様子はない。ので、放置だ。

「テオと話してるの楽しいよ」

 話さなくても見てるだけで目の保養だ。こんなにどストライクな男はこの先一生見つからないだろう。
 気が付けば宿の下についていて、そこに立っていた青年に三人とも驚く。

「ソラ、なにやってんだ!」
「あっ…兄さん。旅行の人って聞いてたから、ちゃんとお礼を言おうと思って。薬飲んできたよ」

 もう大丈夫とばかりに胸を張る青年に、いやいや、とテオが目頭を押さえる。

「本当にお前は言うこと聞かねぇな…」
「あ、あの。ロイ、さん」

 ロイ。その愛称を口にするのは自分だけなのに、なんて身勝手な嫉妬が心に渦巻く。

「なんですか?」
「助けて下さってありがとうございましたっ!あの、本当に助かりました…!」

 そう言ったソラの顔は真っ赤で、あぁ、好きになってしまったのだとすぐに分かった。
 見たくなくて目をそらすと、テオがため息をつきながらもこちらに声をかけてきた。

「明日帰るんだろ?また遊びに来たら俺の家寄ってくれよ」
「いいの?」
「当たり前だろ。本当、あそこでローレンに会えてなかったらって考えると恐ろしいぜ」

 苦笑する彼の目の前で考えてしまう。国境付近といえど、早馬で走り続ければ半日だ。つまり休みの日に半日頑張れば、この好みの顔に会えてしまうという素晴らしさ。

「絶対にまた、」
「ローレンさん。帰りますよ」

 声がしたので顔をそちらに向けると、言いたいことは伝えられたのか、満足そうな顔をしたソラと相変わらず無表情のロイス。

「じゃあ、テオ。また…」
「あれ?ローレン、指輪なんてつけてたのか」

 別れのため振ろうと上げた手をテオが凝視する。ーーしまった。

「…当たり前だろう。私の妻なんだから」
「……あれ?え、そうなの?」

 まさかロイスがそう言ってくるとは思わなかったので、ローレンはぶわりと汗をかいてしまった。ソラは悲しげに眉を下げてこちらを見ているし。

「ローレン、さっき友人って言ってなかったっけ?旦那さんだったんだ」
「え、あ、いや、その」

(どうする?え、なんて言うのがベストなのこれ!!?)

「……へぇ。私のことを、友人、と。どういうことか部屋で聞きましょうか」
「あっ、ちょ、待っ」

 ローレンの制止の言葉虚しく、軽々と横抱きされ、部屋へと連れ帰られてしまった。

「さて聞きましょうか?わざわざ他の男に私のことを友人だと紹介するとは、本当にいい覚悟ですね」
「あ、あの、落ち着いて…」
「落ち着いていますよ。むしろ落ち着きがないのは貴方の方では?」

 絶対零度の瞳で、彼がこちらに手を伸ばしてくる。
 その薬指にはやはり、シルバーのリングがきらりと光っていた。

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