58 / 64
58,絶対零度の瞳
しおりを挟む「どうして仲良くなってるんですか」
「はい?」
「何を親しげに、名前を呼ばせてるんですかって言ってるんです」
怒りの表情を隠そうともしないロイスに、ローレンは思わず笑ってしまった。
「なんですか。嫉妬?」
「悪いですか」
さも当然とばかりに言う彼に、更に声を上げて笑ってしまう。
「貴方が嫉妬なんて、他の貴族の人間が見たらどう思うか!」
「他の奴なんてどうでもいい。それにしたって、どうして貴方と二人の時間を減らさなければならないんだ!」
「…ロイ?」
「夕食なんて、誰が共にしていいと言ったんです?この部屋に適当に買ってきて、貴方と二人で過ごす予定だったのに…!」
「えー……」
別にそれが嫌なわけではないけれど、折角出会えた超タイプのテオを放ってまで魅力の時間とは思えなかった。と共に、ローレンは自分のクズさをたった今になって理解した。
「じゃあ別に無理して来なくてもいいですよ?」
「そんなことを私が許すとでも?」
「ですよね」
嫉妬深いこの人が許すわけないと分かっていて言ったのだ。その嫉妬が嬉しいけれど、ローレンは一つ忘れていたことがある。
それこそが、これから数時間後、ロイスをこれ以上ない怒りの淵へとやるのだけれど。
「すごく美味しかった!やっぱり採れたての野菜は違うなぁ」
「だろ?ていうか王都に住んでるなんて、実は金持ちか?どっちにしろ向こうじゃ食べられないものばっかりだろ!」
「本当に。連れて行ってくれてありがとう」
「こちらこそだろ。ていうか薬代、本当にいいのか?」
「夕食奢ってくれたからいいんだって」
「でも金額が違うだろ…」
ため息をつきながらも押し付けてこなかったのは、ローレンに受け取る気がないと分かったからだろう。
ロイスは二人の会話をジト目で見るだけで、話に入ってくる様子はない。ので、放置だ。
「テオと話してるの楽しいよ」
話さなくても見てるだけで目の保養だ。こんなにどストライクな男はこの先一生見つからないだろう。
気が付けば宿の下についていて、そこに立っていた青年に三人とも驚く。
「ソラ、なにやってんだ!」
「あっ…兄さん。旅行の人って聞いてたから、ちゃんとお礼を言おうと思って。薬飲んできたよ」
もう大丈夫とばかりに胸を張る青年に、いやいや、とテオが目頭を押さえる。
「本当にお前は言うこと聞かねぇな…」
「あ、あの。ロイ、さん」
ロイ。その愛称を口にするのは自分だけなのに、なんて身勝手な嫉妬が心に渦巻く。
「なんですか?」
「助けて下さってありがとうございましたっ!あの、本当に助かりました…!」
そう言ったソラの顔は真っ赤で、あぁ、好きになってしまったのだとすぐに分かった。
見たくなくて目をそらすと、テオがため息をつきながらもこちらに声をかけてきた。
「明日帰るんだろ?また遊びに来たら俺の家寄ってくれよ」
「いいの?」
「当たり前だろ。本当、あそこでローレンに会えてなかったらって考えると恐ろしいぜ」
苦笑する彼の目の前で考えてしまう。国境付近といえど、早馬で走り続ければ半日だ。つまり休みの日に半日頑張れば、この好みの顔に会えてしまうという素晴らしさ。
「絶対にまた、」
「ローレンさん。帰りますよ」
声がしたので顔をそちらに向けると、言いたいことは伝えられたのか、満足そうな顔をしたソラと相変わらず無表情のロイス。
「じゃあ、テオ。また…」
「あれ?ローレン、指輪なんてつけてたのか」
別れのため振ろうと上げた手をテオが凝視する。ーーしまった。
「…当たり前だろう。私の妻なんだから」
「……あれ?え、そうなの?」
まさかロイスがそう言ってくるとは思わなかったので、ローレンはぶわりと汗をかいてしまった。ソラは悲しげに眉を下げてこちらを見ているし。
「ローレン、さっき友人って言ってなかったっけ?旦那さんだったんだ」
「え、あ、いや、その」
(どうする?え、なんて言うのがベストなのこれ!!?)
「……へぇ。私のことを、友人、と。どういうことか部屋で聞きましょうか」
「あっ、ちょ、待っ」
ローレンの制止の言葉虚しく、軽々と横抱きされ、部屋へと連れ帰られてしまった。
「さて聞きましょうか?わざわざ他の男に私のことを友人だと紹介するとは、本当にいい覚悟ですね」
「あ、あの、落ち着いて…」
「落ち着いていますよ。むしろ落ち着きがないのは貴方の方では?」
絶対零度の瞳で、彼がこちらに手を伸ばしてくる。
その薬指にはやはり、シルバーのリングがきらりと光っていた。
23
お気に入りに追加
953
あなたにおすすめの小説
春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
可愛い悪役令息(攻)はアリですか?~恥を知った元我儘令息は、超恥ずかしがり屋さんの陰キャイケメンに生まれ変わりました~
狼蝶
BL
――『恥を知れ!』
婚約者にそう言い放たれた瞬間に、前世の自分が超恥ずかしがり屋だった記憶を思い出した公爵家次男、リツカ・クラネット8歳。
小姓にはいびり倒したことで怯えられているし、実の弟からは馬鹿にされ見下される日々。婚約者には嫌われていて、専属家庭教師にも未来を諦められている。
おまけに自身の腹を摘まむと大量のお肉・・・。
「よしっ、ダイエットしよう!」と決意しても、人前でダイエットをするのが恥ずかしい!
そんな『恥』を知った元悪役令息っぽい少年リツカが、彼を嫌っていた者たちを悩殺させてゆく(予定)のお話。
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる