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48,結婚生活初日から

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 一年ぶりです。
 明けましておめでとうございました。










 普段優しく女に笑いかけるその顔が、たった今自分の前では目を閉じて幼い表情で目を瞑る。
 ローレンは何とも言えないむず痒い気持ちに心臓の音を高鳴らせた。

(この歳になって情けない)

 頭の中では理性がしっかり働くのに、実際はどうだ。彼からもらった言葉は全て覚えているし、自分の身体に触れるその体温や鼓動すらも頭に刻んでいる。
 あの日、自分の仕える主人の部屋で貰った土産のしおりは部屋に飾ってある。一度も使わず、大切に、それでいて一番目立つ場所に。

「…どうしました」

 微かに目を開けたロイスが、眠そうにパチパチと瞬きをする。自然に身体に腕を回すあたりが流石だと思う。

「目が覚めてしまって」

 外を見ると空が明るみ始めていた。手を退かせて起き上がろうとするのに、彼は離してくれない。さすが公爵家というか、ベッドの沈み具合が格段に違う。

「どこに?」
「…帰るんですよ。今日も仕事がありますから」
「帰るも何もここが貴方の家でしょう」

 眉を顰めた彼はぐっと手に力を入れて、俺の手を握ってきた。薬指に綺麗なシルバーのリングが輝く。

「……着替えるのに宿舎に戻らなければいけないんです」

 顔が赤くなりそうになるのを抑え、なんとか普通に答える。けれどどう頑張っても心臓の音だけは隠せなくて、裸でベッドに寝転がる今なら丸わかりだ。

「ちょっ…」

 身体を起こしてローレンの身体の上に手を這わせたロイスは明らかに意味を持って触れている。

「もう行かないと、」
「一度だけ。…私に抱かれるのは嫌ですか?」

 そんな風に聞かれて頷けるわけがない。

「ずるい…」
「なんとでも。ようやく夫婦になれたのだから、当たり前でしょう?」

 そうなのだ。たった昨日、ローレンは彼との婚姻届を提出した。普通なら役所を通してなので時間がかかるはずのその手続きは、こういう時だけ仕事の早い陛下のせいでたった数分で成立してしまった。
 後悔はしていないけれど、公爵家のメイドや執事達に『おかえりなさいませ、奥様』と言われた時の羞恥は半端なかった。
 そもそも自分はアルファだ。彼の子供を残せるわけでもない。その悩みが、小さく、けれど根強く、ローレンの胸に巣食っていた。



***



「聞いたぞ、結婚したんだって?しかもあのロイスだって?」

 朝から視線をチラチラ感じてはいたが、実際に声をかけてきたのは彼が初めてだった。

「グラン」

 学生時代からの友人の彼はなにかと自分を気にかけてくれた。それもこれも、自分の自暴自棄な性格と言動が原因だが。

「驚いたぞ。お前らの口から聞きたかった」

 拗ねたように頰を膨らませた彼だが、すぐににぱっと笑って「冗談だ、おめでとう」と祝いの言葉を口にしてくれた。

「それにしてもお前が玉の輿とはなぁ。そもそも結婚なんて、想像つかねぇけど」

 宿舎庁の扉を開きながらローレンも笑った。

「お前の方が結婚なんて縁遠いだろう?その筋肉、割と怖がられているぞ」
「なんだと?」

 グランは昔から体格が良く、そこそこの筋肉の時は男女問わずモテていたのに、武官となって更に鍛えてからは敬遠されるようになってしまった。勿論それだけじゃなくて、誰かと揉めた時、怒りに任せて備品を素手で壊すからなのだけれど。

「ところでこの間壊したテーブルの始末書と申請書は書いたのか?」
「弁償ってことで始末書無しになった。これ以上書くと減給されるからな」
「ははっ、ほどほどにしろよ」

 じゃあなまたな、と手を振ってグランと別れる。今こそは筋肉男になってしまったが、昔はもっと好青年だった。そりゃ、今でも黙っていれば好青年だ。ほんの少し体格が良いけれど、それが好きな人だって沢山いるだろう。
 かくいう俺も、彼に惹かれた一人だった。今では良い思い出だけれど。

(多分俺は、筋肉あんまりない方が好きなんだよなぁ…)

 頭の中で考えて、今朝見たばかりのロイスの身体を思い出す。薄いかと思いきや、意外に筋肉がついていた。けれど余分にはなくて、それがまた自分を欲情させたのだけれど。

 薬指に光った指輪を見て思う。ほんの少し前の自分は、こうして好きな人に抱かれるなんて考えもしなかったし、そもそも結婚するなんて思わなかった。
 結婚するにあたって両親に挨拶をと言われたけれど、俺の母は幼い頃に亡くなっているし、父とはろくに顔を合わせていない。
 今更何か言う必要もないだろう。

 レイ様がオメガだということは変わらずとも、アグシェルト公爵家の次男だと発覚してからは誰もが手のひらを返した。今やこの城の中で彼を邪魔者とみなす物はないだろう。
 陛下も信用できる者で彼の周りを固めたし、今日は早く帰ろう。そして愛しい人を家で待とう。


 なんて考えていた俺が馬鹿でしたよ、えぇ。

「ロイス様の嘘つきっ…!僕と結婚してくれる、僕のことかわいいって言ってたくせに…!」
「あ、いや、ローレンさん、これは違っ」
「……死ね」

 儚い印象を持つ美少年と、それを慌てて口止めしようとする夫。早く帰ろうなんて思った俺が、本当に愚かだった。
 結婚生活初日からなんなのこれ。
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