33 / 43
元カレを思い出せません
思い出せない人
しおりを挟む花音をタクシーに詰め込んでから、また病院へと足を運んだ。地下の売店で悠の好きなお菓子を適当に買い込んで、病室の扉を開こうとした時だ。
(…話し声…?)
ノックして、ガラリと扉を開けた。
中にいたのは看護師でも恭弥の母親でもなくー…。
「…お前、は…」
恭弥の前に座っている、寝癖のひどい男。
「悠さん。あの、大学の友達って言う人が、お見舞いに来てくれて…」
恭弥の誕生日に旅館で会った男。確か。
「早川…?」
「…お久しぶりです、桜木サン」
なんとなく。本当に、なんとなく…嫌な空気が、吹いた気がした。
「…倉橋、桜木サンのこと憶えてないんですってね」
「!…それは、」
「俺のことも憶えてないみたいですよ」
その言葉に、時間が止まった気がした。
「……え?ご、めん、いま…なんて…?」
「…俺と倉橋、事故の数日前に付き合おうって言ってたんですよ。なのに、俺とアンタのことをすっかり忘れてるんですから…どうしたもんですかね」
「…は…?付き合う?事故の前?…は?」
「アンタと別れて、俺と付き合うって言ってたんだよ。…どうしたもんかね」
「っ…ふざけんなよ!?」
思わず殴りそうになったのは、理解してしまったからだ。恭弥が言ったこと全てに、辻褄が合ってしまったことを分かってしまったから。
(好きな奴って、コイツかよ…!?)
なんで。どうして。俺の方が、ずっとそばに居たのに。なんで?
「…おい、ちょっと来いよ」
振り絞ったような悠の声に、早川がやれやれといったふうについて来た。
「さっきの話は本当か?」
「…だったら?」
「…ざけんなよ…何のために、俺は…何なんだよ、いきなり他に好きな奴できたとか、別れるとか…挙句の果には、俺のことキレイさっぱりに忘れやがってよ…ふざけんなっ…!」
その瞬間。
「ふざけんなはこっちのセリフだ!!」
これ以上ないくらい、早川が大声で怒鳴った。
「な、」
「倉橋がどんだけ辛かったと思ってんだよ!無言で何日もいなくなったり、そのくせ連絡もなかったり、婚約者のことを相手から言われたり、別れてくれって言われたり!それでもアイツはアンタだけを見て、思って、アンタはそれに甘えてただけだろうが!!」
「俺だってっ…!」
「倉橋を好きだって言うなら、なんで自分でちゃんと婚約者がいるって言わなかった!周りの反対を押し切ってでも、その女から離れようとしなかった!?どうせアンタは逃げてたんだろ!だから恭弥が苦しんでることにも気付けなかったんだろ!」
全部、図星だった。図星だったから、腹が立った。
「お前になにが分かるっ…!」
そうだ、図星だ。
一番最初から、俺は恭弥に甘えてたんだよ。中学の頃から、ずっと甘えてたんだよ。俺にとって、恭弥は甘えっていう弱みを見せられるほど信頼していた相手だったんだよ。
「俺は、どうすればいいんだよ…」
全部忘れられてしまった今、もう昔のようにはいかない。早川のことだって、恭弥に確かめることすらできない。
「…俺は恭弥が好きだから、忘れられたのなんて関係なく、また俺を好きになってもらえるように努力します。アンタは自分で考えて下さい。…でも、…恭弥を苦しめるようなことがまたあったら、俺はアンタを殺しますから」
そう言って、早川はまた恭弥の病室に戻って行った。
残された悠はただ一人、呆然と座っていた。
0
お気に入りに追加
154
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる