元カレに脅されてます

榎本 ぬこ

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元カレを思い出せません

思い出せない人

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 花音をタクシーに詰め込んでから、また病院へと足を運んだ。地下の売店で悠の好きなお菓子を適当に買い込んで、病室の扉を開こうとした時だ。
(…話し声…?)
 ノックして、ガラリと扉を開けた。
 中にいたのは看護師でも恭弥の母親でもなくー…。
「…お前、は…」
 恭弥の前に座っている、寝癖のひどい男。
「悠さん。あの、大学の友達って言う人が、お見舞いに来てくれて…」
 恭弥の誕生日に旅館で会った男。確か。
「早川…?」
「…お久しぶりです、桜木サン」
 なんとなく。本当に、なんとなく…嫌な空気が、吹いた気がした。
「…倉橋、桜木サンのこと憶えてないんですってね」
「!…それは、」
「俺のことも憶えてないみたいですよ」
 その言葉に、時間が止まった気がした。
「……え?ご、めん、いま…なんて…?」
「…俺と倉橋、事故の数日前に付き合おうって言ってたんですよ。なのに、俺とアンタのことをすっかり忘れてるんですから…どうしたもんですかね」
「…は…?付き合う?事故の前?…は?」
「アンタと別れて、俺と付き合うって言ってたんだよ。…どうしたもんかね」
「っ…ふざけんなよ!?」
 思わず殴りそうになったのは、理解してしまったからだ。恭弥が言ったこと全てに、辻褄が合ってしまったことを分かってしまったから。
(好きな奴って、コイツかよ…!?)
 なんで。どうして。俺の方が、ずっとそばに居たのに。なんで?
「…おい、ちょっと来いよ」
 振り絞ったような悠の声に、早川がやれやれといったふうについて来た。


「さっきの話は本当か?」
「…だったら?」
「…ざけんなよ…何のために、俺は…何なんだよ、いきなり他に好きな奴できたとか、別れるとか…挙句の果には、俺のことキレイさっぱりに忘れやがってよ…ふざけんなっ…!」
 その瞬間。
「ふざけんなはこっちのセリフだ!!」
 これ以上ないくらい、早川が大声で怒鳴った。
「な、」
「倉橋がどんだけ辛かったと思ってんだよ!無言で何日もいなくなったり、そのくせ連絡もなかったり、婚約者のことを相手から言われたり、別れてくれって言われたり!それでもアイツはアンタだけを見て、思って、アンタはそれに甘えてただけだろうが!!」
「俺だってっ…!」
「倉橋を好きだって言うなら、なんで自分でちゃんと婚約者がいるって言わなかった!周りの反対を押し切ってでも、その女から離れようとしなかった!?どうせアンタは逃げてたんだろ!だから恭弥が苦しんでることにも気付けなかったんだろ!」
 全部、図星だった。図星だったから、腹が立った。
「お前になにが分かるっ…!」
 そうだ、図星だ。
 一番最初から、俺は恭弥に甘えてたんだよ。中学の頃から、ずっと甘えてたんだよ。俺にとって、恭弥は甘えっていう弱みを見せられるほど信頼していた相手だったんだよ。
「俺は、どうすればいいんだよ…」
 全部忘れられてしまった今、もう昔のようにはいかない。早川のことだって、恭弥に確かめることすらできない。
「…俺は恭弥が好きだから、忘れられたのなんて関係なく、また俺を好きになってもらえるように努力します。アンタは自分で考えて下さい。…でも、…恭弥を苦しめるようなことがまたあったら、俺はアンタを殺しますから」
 そう言って、早川はまた恭弥の病室に戻って行った。
 残された悠はただ一人、呆然と座っていた。
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