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元カレを思い出せません
誰ですか?
しおりを挟む記憶喪失なんて、小説や漫画の中だけのものだと思っていた。自分自身も交通事故に遭ったことはないし、自分の周りも、そうだ。
「…誰ですか?」
怪訝そうな顔をしてこちらを見てきた、つい昨日の夜、別れ話をした恋人を見た時、俺は。
どんな顔をしていただろう。
血相を変えて病院に走り込んで来たのは、恭弥の母親だった。
「すみませんっ、息子はっ…!?」
「…母さん?」
呆然とする俺の横で、『まだ』恋人のはずの恭弥が顔をパッと変えた。
「なんでこんな所に。仕事は?」
「バカ!息子が事故に遭ったっていうのに、仕事優先する母親がどこにいるのよ!?」
「ご、ごめん…」
「…無事で、よかったっ…!」
泣きながら恭弥の手を掴むその人が、ようやくといった感じでこちらを見た。
「あ…あの、あなたは」
「…初めまして、恭弥…くんと、同居させていただいてる、桜木 悠と申します」
「同居…?…あぁ!そういえば、引っ越したとか…」
「…俺が、アンタと同居?」
やはり分からないのか、不可解そうにこちらを伺う。
「お母さん、少しいいですか。それからそっちの君も」
気まずそうな雰囲気を身にまとった医者が、手招きをした。
「…外傷性の記憶喪失?」
「といっても、忘れているのは君のことだけのようだけれど」
ガンッと頭を殴られた気がした。
「…なんで、俺だけ」
なんで、俺だけ忘れられてるんだ。
「っ…記憶、戻るんですよね!?」
「…ハッキリと申し上げることは出来ません」
「ふ…ざけんなよッ!?」
我慢が出来なくなり、勢いよく部屋の扉に手をかける。
バンッと閉めた後、どうすることも出来ずにその場に立ちすくんだ。
「…あ、どうも」
事故から一週間、特に何が変わることも戻ることもなかった。
利き腕と左足と肋骨の骨折、頭部外傷。相変わらず、俺を思い出すことはなく。
やや気まずげなのは、一週間前…診察室から出た俺は、我慢出来ずに病室へ向かい、つい言ってしまったからだ。
「俺はお前の恋人だ!」
もちろん、訳が分からないといった顔で見られたのは言わずもがな。
毎日、見舞いには来るけれど、ぎこちなさは拭えなかった。
「…あの、俺とあなた、恋人なんですよね?その…馴れ初めみたいな、」
「中学の時の、…図書委員だったお前が俺に話しかけてきた」
「は?」
やはり、忘れているか。
「…確かに、図書委員やってましたけど…全く記憶にないです」
「話したのはそれが初め。付き合ったのは俺が高校に入ってしばらくしてから、高三の冬まで」
「え?」
「いろいろすれ違って誤解して、別れたんだよ。大学三年…去年、お前が……あ」
そういえば。
「佐々木あきらのこと、憶えてるか!?」
そうだよ、コイツのこと!
「あきら…あ、はい。憶えて……あれ」
ゆっくりと瞬きした後に、こちらを見る。
「…別れたはずなんですけど、…なんで別れたのか思い出せません」
「そ……うか、まぁ、…そんな簡単に思い出さないよなっ!」
「…あの、何でかご存知ですか?」
「…お前が、あの男と同居話が出たけど適当にはぐらかしたら、別れ話に発展したって聞いたけど。そんで、その言い合いの後に、お前がヤケ酒飲んでて、俺と再会したんだよ」
「まさか。そんなのー………」
いたっ、と呟いてから頭を押さえる。
「おい?大丈夫か!?」
「あー……大丈夫です、…なんか、不思議な感じですよね。俺は憶えてないのに、あなたは俺のこと全部知ってる」
「…まさか」
「え?」
「俺は、…お前のこと何も知らないって言われたよ」
「え、誰に…」
「事故の前日、お前に。…別れ話されたんだ。別れてくれって」
「俺が!?」
「嫌って言ったら、……」
言ったら、押し倒されて、上に乗られて。未だにあの意味不明な行動の理由を聞きたい。
「…なんか、ごめんなさい」
「…別に、…謝って欲しいわけじゃなくて俺はただ」
ただ。ただ、聞きたい。
どうして、いきなりあんなことを言ったのか。好きな奴って、誰だよ。
「…今日は帰る」
「あ、はい…」
早く思い出せよ。お前が好きなのは俺だと、……俺?
「…あのさ」
「はい?」
「好きな人の名前、言える?」
「好きな人の名前?」
「…大学内とかで」
「え…と、好きな人…?」
本気で分からないのか、それとも俺と同じように忘れているのか。将又…あの言葉が嘘だったと思うのは、きっと俺がそう望んでいるからで。
「…また来るよ」
きっと、記憶のない恭弥からしたら俺はウザい訳のわからない元恋人で、それすらも怪しいと思っているんだろうけれど。
(…なんなんだよ、本当…)
こっちまで頭が痛くなりそうだ。
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