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悪役令嬢に仕立て上げる
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婚約破棄を告げた、あのパーティー予行練習の会場の、あの後すぐまで遡る。
王太子であるミハエルが婚約破棄を告げた後、さっさとフローリアが帰宅してしまったから、その場はザワついていた。
普通ならば婚約破棄を告げられれば、縋り付くなど何かしらするのでは?と、皆が想像していたけれど、フローリアの反応は全くの予想外。
「何でだよ」
わなわなと震えながら、ミハエルは呆然としながら呟いた。
あまりに予想外の行動をとるフローリアが理解できなさすぎて、もしかして全く別人なのでは、とまで考えてしまった。
「おのれ…ライラックめ、調子に乗りおって!」
なお、フローリア、もといライラックは全く調子に乗ってなどいない。
そしてミハエルの呟いた『ライラック』に関しては、誰も何も突っ込もうとしない。
フローリアはどうしてだ、と常日頃思っていた。
本名できちんと自己紹介したにも関わらず、あまりにも通り名のライラックが知れ渡りすぎているが故に、学園に入ってからずっと、先生までもフローリアのことを『ライラック』と呼び続けているのだ。
学園の入学の際の書類にも、きちんとフルネームは記しているにも関わらず、通り名があまりにも有名だからと『ライラック』として呼ばれる。
どうにかした方が良いのでは、と提案しようにもなかなか上手くいかなかっま。王太子妃教育に追われる日々や、学生の本分としてテスト勉強をしたりと、何せ日々の予定がみっちみち。
フローリアにも悪いところはあるかもしれないけれど、学園の先生にはせめてきちんと本名で呼び続けてもらいたかった、とフローリアは思っているが、何だかもう面倒になってしまったので、そのまま『ライラック』として通してやろうと決めたのだ。
結果として、卒業間近まで『ライラック』の通り名でしか呼ばれなかったのだが、一部、本名で呼んでくれている人も勿論ながらいた。
その人たちとフローリアは、程よい距離感でありつつ、家同士の付き合いもさせてもらう、という友人関係を築けたのだ。
だがしかし、婚約者であるミハエルはそうではなかった。
フローリアを常にライラック、ライラック、としか呼ばなかった。
顔はいいから、とどうにかフローリアも良き関係を無理やりにでも築いてみようかと努力をしたが、婚約者なのに通り名でしか呼び続けない人と、どうやれば…?という疑問が常に頭の中にあったのだ。
結果、ミハエルは面食いが故に他の令嬢に心移りをした、というわけだが、ライラックに見せつける気満々で婚約破棄をもちかけたところ、あっさりと了承された挙句、会場から帰られてしまった、というわけだ。
「ミハエル殿下、ライラック様は……お怒りなのでしょうか……」
悲しげで繊細な雰囲気を纏った伯爵家令嬢、アリカ・シェルワース。
成績も優秀で、人柄も良く、魔法の才能にも溢れているが、ミハエルの当時の鶴の一声があったから、王太子妃候補になれなかった令嬢である。
淡い桃色の艶やかなストレートヘアを肩甲骨辺りまで伸ばしており、目の色はトパーズのような美しい澄んだ黄色。しなやかな女性らしい体型はどんなドレスも着こなせるようだと錯覚させるほどで、ミハエルはそんなアリカにひと目でノックアウトされた、らしい。
「あぁ、俺の可愛いアリカ!」
「私、不安ですわ…。もしも殿下とまたライラック様が元に戻りたい、なんて言い始めたら…」
「フン、そんなことはありえないから安心しろ。幼かった俺は、どうして最初からお前を見初めなかったのか…っ」
「まぁ…!」
まるで劇場で演劇を見ているようだ、とその場にいた生徒は思った。
王家から申し込んだ婚約にも関わらず、一方的に破棄し、新たな令嬢を婚約者にする。
これではまるで、シェリアスルーツ家を軽んじているとしか思えない所業であり、そもそも国はシェリアスルーツ家に魔獣討伐に出向いてもらっていたり、騎士団の稽古をつけてもらっているからこそ、屈強な騎士たちを育成できているのではないか。
しかも、シェリアスルーツ家の親戚筋は国政に関わっている者も居るにも関わらず、この仕打ち。一体何をどうする気なのか、と気に病んでいる貴族もいる一方で、全く気にせずにミハエルの新たな婚約を祝いながら、今この場で拍手をしている人もいる。
人それぞれ、といえばそれまでなのだが、これを見ている限り、どこの貴族と卒業後の付き合いをしていくのか、という判断材料になるか、とも考える人もいた。
「殿下、私嬉しく思いますわ。精一杯、王太子妃教育を頑張りますわね!」
「あぁ、きっとアリカなら問題なくこなすだろう!」
手に手を取り、何だか二人で感動しているのだが、フローリアは幼い頃から何年もかけて王太子妃教育を受けていたことは、周知の事実。
それをどの程度の期間で追いつけるのか、という周りの期待と興味をひいていることに、アリカとミハエルがどの程度理解出来ているのか。
「あの…殿下」
ふと気になった一人の令嬢が、おずおずと手を挙げた。
「何だ?」
愛しいアリカと一緒にいるからか、或いは婚約破棄を突きつけられたことが嬉しいのか、ミハエルはご機嫌に答えた。
「どうして今、アリカ嬢とのご婚約を…?」
「決まっている!ライラックの性根が腐っているからだ!」
「え、えぇ…?」
ミハエルに対して質問したのは、普段からフローリアと親しくしている女子生徒。
王太子妃教育に加え、シェリアスルーツ侯爵家の当主教育も行っているフローリアの、どこの何が腐っているというのだろうか。
意味が分からずに訝しげな顔をしている女子生徒を見て、ミハエルの前にアリカがばっと出てくる。
「皆様にライラック様を誤解してほしくなかったから、私が今まで耐えていたでけです!…ライラック様は…ライラック様は…っ」
ぽろ、と涙を零してアリカは言うのが辛い、と言わんばかりにタメを作ってから叫ぶようにつげた。
「私に…嫌がらせをしていたのですわ!」
フローリアを知っている人は、揃いも揃ってこう思う。『何でそんなことする必要が』と。
「ミハエル様のお心に、私がいると分かってからの、ライラック様の嫌がらせが、っ……ひどく、て…っ、うぅ…っ…。幼い頃から頑張っていらした、ライラック様のお気持ちを考えれば当たり前、ですが…でも、それでも、あんまりです……!!」
はらはらと涙を零しているアリカの訴えに、『ひどい!』と叫ぶ生徒もいるが、フローリアを知っている人はやはりこう思う。『んなわけねぇ、フローリアはそこの王太子に興味の欠けらも無い』と。
「ライラックに、アリカの心の清らかさを見せてやろうと思った俺の優しさまでも、アイツは蔑ろにしたんだ!」
人に唆されやすいタイプなら、恐らくここまででフローリアのことを『とんでもない悪役だ』と思うに違いないのだが、フローリアのことをよく知っっている人からすれば、とてつもない茶番である。
フローリアを悪者にしなくても、そもそもミハエルが心移りをしたことによる婚約相手の変更をすれば良かっただけなのに、アホみたいな小細工をしかけてくるから、話がどんどんややこしくなっていく気配しかしない。
「良いか、ライラックが登校してきたら俺とアリカの元に引きずってくるんだ!己の悪の所業をきちんと教えてやらねばならんからなぁ!」
「ミハエル様…!何と心強いのでしょう……!」
二人の世界に浸っている彼ら、そんな彼らを応援する人、冷めた目で見つめる人たち。
それぞれが、それぞれの思いを抱いて、物語は進み始めてしまったのだった。
王太子であるミハエルが婚約破棄を告げた後、さっさとフローリアが帰宅してしまったから、その場はザワついていた。
普通ならば婚約破棄を告げられれば、縋り付くなど何かしらするのでは?と、皆が想像していたけれど、フローリアの反応は全くの予想外。
「何でだよ」
わなわなと震えながら、ミハエルは呆然としながら呟いた。
あまりに予想外の行動をとるフローリアが理解できなさすぎて、もしかして全く別人なのでは、とまで考えてしまった。
「おのれ…ライラックめ、調子に乗りおって!」
なお、フローリア、もといライラックは全く調子に乗ってなどいない。
そしてミハエルの呟いた『ライラック』に関しては、誰も何も突っ込もうとしない。
フローリアはどうしてだ、と常日頃思っていた。
本名できちんと自己紹介したにも関わらず、あまりにも通り名のライラックが知れ渡りすぎているが故に、学園に入ってからずっと、先生までもフローリアのことを『ライラック』と呼び続けているのだ。
学園の入学の際の書類にも、きちんとフルネームは記しているにも関わらず、通り名があまりにも有名だからと『ライラック』として呼ばれる。
どうにかした方が良いのでは、と提案しようにもなかなか上手くいかなかっま。王太子妃教育に追われる日々や、学生の本分としてテスト勉強をしたりと、何せ日々の予定がみっちみち。
フローリアにも悪いところはあるかもしれないけれど、学園の先生にはせめてきちんと本名で呼び続けてもらいたかった、とフローリアは思っているが、何だかもう面倒になってしまったので、そのまま『ライラック』として通してやろうと決めたのだ。
結果として、卒業間近まで『ライラック』の通り名でしか呼ばれなかったのだが、一部、本名で呼んでくれている人も勿論ながらいた。
その人たちとフローリアは、程よい距離感でありつつ、家同士の付き合いもさせてもらう、という友人関係を築けたのだ。
だがしかし、婚約者であるミハエルはそうではなかった。
フローリアを常にライラック、ライラック、としか呼ばなかった。
顔はいいから、とどうにかフローリアも良き関係を無理やりにでも築いてみようかと努力をしたが、婚約者なのに通り名でしか呼び続けない人と、どうやれば…?という疑問が常に頭の中にあったのだ。
結果、ミハエルは面食いが故に他の令嬢に心移りをした、というわけだが、ライラックに見せつける気満々で婚約破棄をもちかけたところ、あっさりと了承された挙句、会場から帰られてしまった、というわけだ。
「ミハエル殿下、ライラック様は……お怒りなのでしょうか……」
悲しげで繊細な雰囲気を纏った伯爵家令嬢、アリカ・シェルワース。
成績も優秀で、人柄も良く、魔法の才能にも溢れているが、ミハエルの当時の鶴の一声があったから、王太子妃候補になれなかった令嬢である。
淡い桃色の艶やかなストレートヘアを肩甲骨辺りまで伸ばしており、目の色はトパーズのような美しい澄んだ黄色。しなやかな女性らしい体型はどんなドレスも着こなせるようだと錯覚させるほどで、ミハエルはそんなアリカにひと目でノックアウトされた、らしい。
「あぁ、俺の可愛いアリカ!」
「私、不安ですわ…。もしも殿下とまたライラック様が元に戻りたい、なんて言い始めたら…」
「フン、そんなことはありえないから安心しろ。幼かった俺は、どうして最初からお前を見初めなかったのか…っ」
「まぁ…!」
まるで劇場で演劇を見ているようだ、とその場にいた生徒は思った。
王家から申し込んだ婚約にも関わらず、一方的に破棄し、新たな令嬢を婚約者にする。
これではまるで、シェリアスルーツ家を軽んじているとしか思えない所業であり、そもそも国はシェリアスルーツ家に魔獣討伐に出向いてもらっていたり、騎士団の稽古をつけてもらっているからこそ、屈強な騎士たちを育成できているのではないか。
しかも、シェリアスルーツ家の親戚筋は国政に関わっている者も居るにも関わらず、この仕打ち。一体何をどうする気なのか、と気に病んでいる貴族もいる一方で、全く気にせずにミハエルの新たな婚約を祝いながら、今この場で拍手をしている人もいる。
人それぞれ、といえばそれまでなのだが、これを見ている限り、どこの貴族と卒業後の付き合いをしていくのか、という判断材料になるか、とも考える人もいた。
「殿下、私嬉しく思いますわ。精一杯、王太子妃教育を頑張りますわね!」
「あぁ、きっとアリカなら問題なくこなすだろう!」
手に手を取り、何だか二人で感動しているのだが、フローリアは幼い頃から何年もかけて王太子妃教育を受けていたことは、周知の事実。
それをどの程度の期間で追いつけるのか、という周りの期待と興味をひいていることに、アリカとミハエルがどの程度理解出来ているのか。
「あの…殿下」
ふと気になった一人の令嬢が、おずおずと手を挙げた。
「何だ?」
愛しいアリカと一緒にいるからか、或いは婚約破棄を突きつけられたことが嬉しいのか、ミハエルはご機嫌に答えた。
「どうして今、アリカ嬢とのご婚約を…?」
「決まっている!ライラックの性根が腐っているからだ!」
「え、えぇ…?」
ミハエルに対して質問したのは、普段からフローリアと親しくしている女子生徒。
王太子妃教育に加え、シェリアスルーツ侯爵家の当主教育も行っているフローリアの、どこの何が腐っているというのだろうか。
意味が分からずに訝しげな顔をしている女子生徒を見て、ミハエルの前にアリカがばっと出てくる。
「皆様にライラック様を誤解してほしくなかったから、私が今まで耐えていたでけです!…ライラック様は…ライラック様は…っ」
ぽろ、と涙を零してアリカは言うのが辛い、と言わんばかりにタメを作ってから叫ぶようにつげた。
「私に…嫌がらせをしていたのですわ!」
フローリアを知っている人は、揃いも揃ってこう思う。『何でそんなことする必要が』と。
「ミハエル様のお心に、私がいると分かってからの、ライラック様の嫌がらせが、っ……ひどく、て…っ、うぅ…っ…。幼い頃から頑張っていらした、ライラック様のお気持ちを考えれば当たり前、ですが…でも、それでも、あんまりです……!!」
はらはらと涙を零しているアリカの訴えに、『ひどい!』と叫ぶ生徒もいるが、フローリアを知っている人はやはりこう思う。『んなわけねぇ、フローリアはそこの王太子に興味の欠けらも無い』と。
「ライラックに、アリカの心の清らかさを見せてやろうと思った俺の優しさまでも、アイツは蔑ろにしたんだ!」
人に唆されやすいタイプなら、恐らくここまででフローリアのことを『とんでもない悪役だ』と思うに違いないのだが、フローリアのことをよく知っっている人からすれば、とてつもない茶番である。
フローリアを悪者にしなくても、そもそもミハエルが心移りをしたことによる婚約相手の変更をすれば良かっただけなのに、アホみたいな小細工をしかけてくるから、話がどんどんややこしくなっていく気配しかしない。
「良いか、ライラックが登校してきたら俺とアリカの元に引きずってくるんだ!己の悪の所業をきちんと教えてやらねばならんからなぁ!」
「ミハエル様…!何と心強いのでしょう……!」
二人の世界に浸っている彼ら、そんな彼らを応援する人、冷めた目で見つめる人たち。
それぞれが、それぞれの思いを抱いて、物語は進み始めてしまったのだった。
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