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やって来ない未来
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もうすぐで成人の儀が行われる。
王太子が発表され、同時に王太子妃も発表されると公表された。国民はその知らせに沸き立った。
王太子妃はレティシエリーゼとだいぶ前から決まっている。そして、彼女に万が一何かあった時の側妃候補も数名決まっている。なお、レティシエリーゼの努力により、側妃候補達と彼女は適度な距離を保ち、ギスギスすることも無く平和に過ごせている。
問題は王太子だ。
候補が数名いるが、誰になるのか秘匿され続けてきた。
順当にいけば、第一王子がそうなるのであろう、と民は予測していた。
無論、当の本人も。
「王太子の選定が完了致しました」
アルティアスの執務室に入ってきた文官が、恭しく腰を折って申し伝えた。
彼は、自分が王太子になると信じて疑ってはいない。第一王子という身分、婚約者であるサーグリッド公爵家令嬢の存在、そして学園での成績。全てをもってして万全の準備をしていたのだ。
だが。
「誠に残念ながら、アルティアス様は王太子として僅かながら及びませんでした。これより後につきましては国王陛下、ならびに王妃様よりお呼びがかかるかと思いますので、お待ちくださいますようお願い申し上げます」
「は…?」
自分が、王太子ではない。
では誰が。
歳が近いのは側妃の産んだ王子である。彼もまた、王太子教育を受けていたとは聞いているが、納得がいかない。
「………誰だ」
「はい?」
「わたしを差し置いて、誰が王太子に選ばれたというのだ!納得いかない!」
ばん!と机を叩いて立ち上がると戸惑う文官を押し退けて執務室を出、そのままの勢いで国王の執務室へと歩いていった。
怒りが込み上げてくる。
初恋の君に良いところがようやく見せられると思っていたのだが、その初恋の君であるレティシエリーゼと、未だ捻くれたままの関係であるとは思いもしていないアルティアス。
静止を求める執務官をほぼ無理やり押し退けて国王の執務室へ入室した。
父であり、王である存在を睨みつけながら、低く問い掛ける。
「なぜ、わたしが、王太子ではないのですか」
「不適格だからだ」
「どこが!」
「……………そのようなところだ、愚か者め」
吐き捨てるように告げられた言葉に、目眩がした。
アルティアスは良くも悪くも素直に育った結果、感情が割とすぐ表に出てしまう。これは一国の王となるべき存在には決して出してはならぬもの。
理解はしているが、それが出来れば苦労はしていない、とアルティアスは父を睨んだ。
「では……レティシエリーゼはどうなりますか!わたしの婚約者なのですよ?!」
「違う」
「は?!」
「良いか、彼女は『国』に嫁ぐのだ。婚約を結んだあの時、一番王太子となりうる可能性が高かったのがお前だ、アルティアス。だから、お前と婚約した」
「なに、を」
信じられない、と愕然とするアルティアスの背後から涼やかな声がかけられた。
「我が子ながらみっともない真似はおよしなさい。国王陛下やわたくし、そして宰相はじめ、選定に関わった者全ての総意を受け入れられないというの?」
「はは、うえ」
「最初を、貴方は間違えた。国王陛下に窘められても、まだきちんと関係修復ができていないでしょう?」
レティと。
そう続けたレイチェルは、とても艶やかな笑みを浮かべていた。
アルティアスとレティシエリーゼ、二人の仲は回復した訳では無い。
レティシエリーゼが怒りを出さないようになって、ラクシスや兄とお茶会をするようになって、色々なものに蓋をして、我慢をしている結果、表向きは良好に見えていただけ。
それに胡座をかいていたのはアルティアス自身。
「だ、だって…そん、な……うそだ……!嘘だ!わたしが王太子になれないなんて!!レティと結婚できないなんて!」
初恋を拗らせ初対面から間違え、幾度も父に修正するよう窘められた。
修正できて、うまくいっていたように見せかけられていた、だなんて誰が思うというのか。
それ程までに、レティシエリーゼの仮面は完璧だった。
「アルティアス、そなたはこれから王太子ではなく別の道を歩むべく努力する義務があります。王族として生きるのか、爵位を賜って別の生き方をするのかも選ばねばなりません。落ち込んでいる暇など無いと思いなさい」
「母上!」
「部屋に戻らせなさい。これから来月の成人の儀の打ち合わせ等をしなければならないの。お前のお話に付き合っている暇はなくてよ」
がっちりとアルティアスの両脇を近衛兵がかため、引きずられるようにして部屋の中央から移動させられる。手を伸ばしても父や母は施政者の顔を崩さない。
父と、母なのに、心は遠かった。
けれど、これが『王族』なのだ。それを理解はしていても納得は出来なかった。
アルティアスが退室させられた後、時間を大幅にずらしてレティシエリーゼが登城し、国王の執務室へと案内されていた。
凛とした表情に、しゃきっと伸びた背筋。すっと通った鼻筋に手入れの行き届いた、腰まで伸びた美しい銀髪。化粧は控えめだが、長い睫毛、アイラインなどを引かなくても十二分に大きく、少し切れ長な目は、少しの緊張を帯びていた。
幼い頃から彼女を見守っていた王宮の侍女や近衛兵は、すっかり大人になったレティシエリーゼにほぅ、と感嘆の息を零す。
彼女の体を包み込むドレスは『婚約者』が送ったもの。
いつの間にか安心出来る存在になってくれていた大切な彼からの贈り物を身にまとい、遂に訪れる成人の儀の打ち合わせにやってきたのだ。
「レティシエリーゼ・エル・サーグリッド、ただ今参上致しました。国王陛下、ならびに王妃殿下につきましてはご機嫌麗しく存じます」
執務室に入ってカーテシーを行い、淀むことなく落ち着いた声音で挨拶をし、真っ直ぐ国王夫妻を見つめる。
「よく来ました、レティシエリーゼ。成人の儀の打ち合わせを行いますが、まずその前に正式な婚約者との顔合わせを行いましょうね」
にこやかに笑うレイチェルと、少しだけ緊張した表情になったレティシエリーゼ。
コンコン、とノック音が響いて、まだすこし少年の名残がある王子が入室し、胸に手を当てて腰をおった。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。父上、母上」
顔を上げる彼を、レティシエリーゼはほっと、安心して見つめた。
「ラクシス・フィル・フォン・クリミア、ここに。そして、我が婚約者レティシエリーゼ嬢。…ようやく、貴女の隣に胸を張って並べる」
王太子が発表され、同時に王太子妃も発表されると公表された。国民はその知らせに沸き立った。
王太子妃はレティシエリーゼとだいぶ前から決まっている。そして、彼女に万が一何かあった時の側妃候補も数名決まっている。なお、レティシエリーゼの努力により、側妃候補達と彼女は適度な距離を保ち、ギスギスすることも無く平和に過ごせている。
問題は王太子だ。
候補が数名いるが、誰になるのか秘匿され続けてきた。
順当にいけば、第一王子がそうなるのであろう、と民は予測していた。
無論、当の本人も。
「王太子の選定が完了致しました」
アルティアスの執務室に入ってきた文官が、恭しく腰を折って申し伝えた。
彼は、自分が王太子になると信じて疑ってはいない。第一王子という身分、婚約者であるサーグリッド公爵家令嬢の存在、そして学園での成績。全てをもってして万全の準備をしていたのだ。
だが。
「誠に残念ながら、アルティアス様は王太子として僅かながら及びませんでした。これより後につきましては国王陛下、ならびに王妃様よりお呼びがかかるかと思いますので、お待ちくださいますようお願い申し上げます」
「は…?」
自分が、王太子ではない。
では誰が。
歳が近いのは側妃の産んだ王子である。彼もまた、王太子教育を受けていたとは聞いているが、納得がいかない。
「………誰だ」
「はい?」
「わたしを差し置いて、誰が王太子に選ばれたというのだ!納得いかない!」
ばん!と机を叩いて立ち上がると戸惑う文官を押し退けて執務室を出、そのままの勢いで国王の執務室へと歩いていった。
怒りが込み上げてくる。
初恋の君に良いところがようやく見せられると思っていたのだが、その初恋の君であるレティシエリーゼと、未だ捻くれたままの関係であるとは思いもしていないアルティアス。
静止を求める執務官をほぼ無理やり押し退けて国王の執務室へ入室した。
父であり、王である存在を睨みつけながら、低く問い掛ける。
「なぜ、わたしが、王太子ではないのですか」
「不適格だからだ」
「どこが!」
「……………そのようなところだ、愚か者め」
吐き捨てるように告げられた言葉に、目眩がした。
アルティアスは良くも悪くも素直に育った結果、感情が割とすぐ表に出てしまう。これは一国の王となるべき存在には決して出してはならぬもの。
理解はしているが、それが出来れば苦労はしていない、とアルティアスは父を睨んだ。
「では……レティシエリーゼはどうなりますか!わたしの婚約者なのですよ?!」
「違う」
「は?!」
「良いか、彼女は『国』に嫁ぐのだ。婚約を結んだあの時、一番王太子となりうる可能性が高かったのがお前だ、アルティアス。だから、お前と婚約した」
「なに、を」
信じられない、と愕然とするアルティアスの背後から涼やかな声がかけられた。
「我が子ながらみっともない真似はおよしなさい。国王陛下やわたくし、そして宰相はじめ、選定に関わった者全ての総意を受け入れられないというの?」
「はは、うえ」
「最初を、貴方は間違えた。国王陛下に窘められても、まだきちんと関係修復ができていないでしょう?」
レティと。
そう続けたレイチェルは、とても艶やかな笑みを浮かべていた。
アルティアスとレティシエリーゼ、二人の仲は回復した訳では無い。
レティシエリーゼが怒りを出さないようになって、ラクシスや兄とお茶会をするようになって、色々なものに蓋をして、我慢をしている結果、表向きは良好に見えていただけ。
それに胡座をかいていたのはアルティアス自身。
「だ、だって…そん、な……うそだ……!嘘だ!わたしが王太子になれないなんて!!レティと結婚できないなんて!」
初恋を拗らせ初対面から間違え、幾度も父に修正するよう窘められた。
修正できて、うまくいっていたように見せかけられていた、だなんて誰が思うというのか。
それ程までに、レティシエリーゼの仮面は完璧だった。
「アルティアス、そなたはこれから王太子ではなく別の道を歩むべく努力する義務があります。王族として生きるのか、爵位を賜って別の生き方をするのかも選ばねばなりません。落ち込んでいる暇など無いと思いなさい」
「母上!」
「部屋に戻らせなさい。これから来月の成人の儀の打ち合わせ等をしなければならないの。お前のお話に付き合っている暇はなくてよ」
がっちりとアルティアスの両脇を近衛兵がかため、引きずられるようにして部屋の中央から移動させられる。手を伸ばしても父や母は施政者の顔を崩さない。
父と、母なのに、心は遠かった。
けれど、これが『王族』なのだ。それを理解はしていても納得は出来なかった。
アルティアスが退室させられた後、時間を大幅にずらしてレティシエリーゼが登城し、国王の執務室へと案内されていた。
凛とした表情に、しゃきっと伸びた背筋。すっと通った鼻筋に手入れの行き届いた、腰まで伸びた美しい銀髪。化粧は控えめだが、長い睫毛、アイラインなどを引かなくても十二分に大きく、少し切れ長な目は、少しの緊張を帯びていた。
幼い頃から彼女を見守っていた王宮の侍女や近衛兵は、すっかり大人になったレティシエリーゼにほぅ、と感嘆の息を零す。
彼女の体を包み込むドレスは『婚約者』が送ったもの。
いつの間にか安心出来る存在になってくれていた大切な彼からの贈り物を身にまとい、遂に訪れる成人の儀の打ち合わせにやってきたのだ。
「レティシエリーゼ・エル・サーグリッド、ただ今参上致しました。国王陛下、ならびに王妃殿下につきましてはご機嫌麗しく存じます」
執務室に入ってカーテシーを行い、淀むことなく落ち着いた声音で挨拶をし、真っ直ぐ国王夫妻を見つめる。
「よく来ました、レティシエリーゼ。成人の儀の打ち合わせを行いますが、まずその前に正式な婚約者との顔合わせを行いましょうね」
にこやかに笑うレイチェルと、少しだけ緊張した表情になったレティシエリーゼ。
コンコン、とノック音が響いて、まだすこし少年の名残がある王子が入室し、胸に手を当てて腰をおった。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。父上、母上」
顔を上げる彼を、レティシエリーゼはほっと、安心して見つめた。
「ラクシス・フィル・フォン・クリミア、ここに。そして、我が婚約者レティシエリーゼ嬢。…ようやく、貴女の隣に胸を張って並べる」
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