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閑話ー公爵令嬢の溜まりすぎた鬱憤ー
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レティシエリーゼは、それはそれは怒っていた。
怒ってはいたが、悲しきかな。
祖父や祖母の令嬢教育や公爵家跡取りのための帝王学を学んでいれば、『淑女たるもの、感情を簡単に読み取らせてはならぬ』という言いつけを守らないわけにはいかない。
内心はもうはらわた煮えくり返り、近くにストレス発散ができるものがあれば、間違いなく手当たり次第に当たり尽くしていただろう。
「何なの………あの第一王子殿下様………」
地を這うような低音が出てしまった自覚はあった。
いつもそばに居るメイドの顔が大変引きつっているのも分かっていた。
だが、如何せんこれだけは我慢できなかった。
「そんなにわたくしのことが嫌なら、婚約破棄でも解消でも、何なら国外追放でも何でもすればよろしいのよ!!!!」
大きく息を吸い込んで叫ばれた台詞に、メイドも困惑してしまうが、咎めることなど出来なかった。
あのお茶会の様子や、普段レティシエリーゼを呼びつけた時の第一王子の態度を一度でも目にしてしまえば、どうやって贔屓目に見たとしても褒められるものではなかったのだ。
あの態度は間違いなく王子の友人とかいう令息の『ツンデレが~』とかいう余計な一言から来ているのだが、当事者でないレティシエリーゼからすれば、第一印象から最悪極まりない上に、毎回毎回呼び出されてはサンドバッグにされているという認識でしかなかった。
一度は祖父に泣きながら訴えかけ、国王陛下や王妃に現状を報告もしてみたが、『婚約したのだから努力しろ』としか一先ずは言われなかったのが現実である。
だからこうして人知れずストレス発散という名の絶叫をするしかなかった。
レティシエリーゼがいかに勉強が出来ようとも、マナーがきちんとしていようとも、人付き合いがうまくても、彼女にとって『自分が歩み寄ってもそれを良しとせず、何も進展がないような人とはこれ以上付き合っていたくなんかない』というのが本音であり、心の底からの願い。
公爵家令嬢であるから、そのような事は口が裂けても言えないが、ある程度弁えている人達に囲まれて育っており、所謂大人の対応をすることが当たり前な貴族社会を、現在進行形で生き抜いているレティシエリーゼからすれば、どうにかして第一王子と顔を合わせたくないし、何なら同じ部屋の空気も吸いたくないくらいには嫌っていた。
なお、当の本人の第一王子は、いつ『デレ』の部分を出せば良いのかタイミングが掴めておらず、結果的にレティシエリーゼに対しては『好きな子ほど虐めたい』な思考回路丸出しの対応となり、彼が知らぬ間に彼女からの好感度は存在しないものと成り果て、挙句マイナスに突入してしまい、交流を深めるためのはずのお茶会はレティシエリーゼにとって、『忍耐力を付けるための授業の場』と化してしまっているのである。
レティシエリーゼも、恐らく『どうしてそんな事を言われなければならないの!』と一度怒れば良かったのかもしれない。
まだ幼いから、という理由で王家に対する不敬などには当たらなかったのであろうが、普通の子供らしい感覚はとうの昔にはるか遠くにすっ飛ばしてしまい、10歳を過ぎた頃から社交界の本音とお世辞の世界を渡り歩き、その辺の無礼な令嬢ごときならば軽々と口でいなしてしまうほどの対応力をつけていた彼女には、『文句を言う』という行為は出来なかった。
立場を弁えて、否、弁えすぎてしまっていたからこそ、『自分が何かを言えば王家との繋がりに支障が出てしまう』と、咄嗟に判断してしまったのが、恐らく彼女の悪かった点であろう。
過ぎてしまったことを、『こうだったら』『ああしていれば』と後悔してもとっくに遅いし、過去に戻れる訳でもない。
すれ違い、というよりは決して互いの感情が交わることのない平行状態なまま、2人の年月は過ぎていくのであった。
「せめて………まともに会話が成り立てばよろしいのに……」
「お嬢様…」
「忘れなさい……せめて、自分の部屋でくらい、わたくしにも弱音を吐かせて…」
「……かしこまりました」
レティシエリーゼ付きのメイドは、苦しそうな表情で、何も見ていない、聞いていない振りをしていた。
この部屋の中でだけ、こうして吐かれる弱音や、時折見せる涙。
その瞬間だけは、大人びた完璧令嬢のレティシエリーゼも、少しだけ年相応になるのだから。
怒ってはいたが、悲しきかな。
祖父や祖母の令嬢教育や公爵家跡取りのための帝王学を学んでいれば、『淑女たるもの、感情を簡単に読み取らせてはならぬ』という言いつけを守らないわけにはいかない。
内心はもうはらわた煮えくり返り、近くにストレス発散ができるものがあれば、間違いなく手当たり次第に当たり尽くしていただろう。
「何なの………あの第一王子殿下様………」
地を這うような低音が出てしまった自覚はあった。
いつもそばに居るメイドの顔が大変引きつっているのも分かっていた。
だが、如何せんこれだけは我慢できなかった。
「そんなにわたくしのことが嫌なら、婚約破棄でも解消でも、何なら国外追放でも何でもすればよろしいのよ!!!!」
大きく息を吸い込んで叫ばれた台詞に、メイドも困惑してしまうが、咎めることなど出来なかった。
あのお茶会の様子や、普段レティシエリーゼを呼びつけた時の第一王子の態度を一度でも目にしてしまえば、どうやって贔屓目に見たとしても褒められるものではなかったのだ。
あの態度は間違いなく王子の友人とかいう令息の『ツンデレが~』とかいう余計な一言から来ているのだが、当事者でないレティシエリーゼからすれば、第一印象から最悪極まりない上に、毎回毎回呼び出されてはサンドバッグにされているという認識でしかなかった。
一度は祖父に泣きながら訴えかけ、国王陛下や王妃に現状を報告もしてみたが、『婚約したのだから努力しろ』としか一先ずは言われなかったのが現実である。
だからこうして人知れずストレス発散という名の絶叫をするしかなかった。
レティシエリーゼがいかに勉強が出来ようとも、マナーがきちんとしていようとも、人付き合いがうまくても、彼女にとって『自分が歩み寄ってもそれを良しとせず、何も進展がないような人とはこれ以上付き合っていたくなんかない』というのが本音であり、心の底からの願い。
公爵家令嬢であるから、そのような事は口が裂けても言えないが、ある程度弁えている人達に囲まれて育っており、所謂大人の対応をすることが当たり前な貴族社会を、現在進行形で生き抜いているレティシエリーゼからすれば、どうにかして第一王子と顔を合わせたくないし、何なら同じ部屋の空気も吸いたくないくらいには嫌っていた。
なお、当の本人の第一王子は、いつ『デレ』の部分を出せば良いのかタイミングが掴めておらず、結果的にレティシエリーゼに対しては『好きな子ほど虐めたい』な思考回路丸出しの対応となり、彼が知らぬ間に彼女からの好感度は存在しないものと成り果て、挙句マイナスに突入してしまい、交流を深めるためのはずのお茶会はレティシエリーゼにとって、『忍耐力を付けるための授業の場』と化してしまっているのである。
レティシエリーゼも、恐らく『どうしてそんな事を言われなければならないの!』と一度怒れば良かったのかもしれない。
まだ幼いから、という理由で王家に対する不敬などには当たらなかったのであろうが、普通の子供らしい感覚はとうの昔にはるか遠くにすっ飛ばしてしまい、10歳を過ぎた頃から社交界の本音とお世辞の世界を渡り歩き、その辺の無礼な令嬢ごときならば軽々と口でいなしてしまうほどの対応力をつけていた彼女には、『文句を言う』という行為は出来なかった。
立場を弁えて、否、弁えすぎてしまっていたからこそ、『自分が何かを言えば王家との繋がりに支障が出てしまう』と、咄嗟に判断してしまったのが、恐らく彼女の悪かった点であろう。
過ぎてしまったことを、『こうだったら』『ああしていれば』と後悔してもとっくに遅いし、過去に戻れる訳でもない。
すれ違い、というよりは決して互いの感情が交わることのない平行状態なまま、2人の年月は過ぎていくのであった。
「せめて………まともに会話が成り立てばよろしいのに……」
「お嬢様…」
「忘れなさい……せめて、自分の部屋でくらい、わたくしにも弱音を吐かせて…」
「……かしこまりました」
レティシエリーゼ付きのメイドは、苦しそうな表情で、何も見ていない、聞いていない振りをしていた。
この部屋の中でだけ、こうして吐かれる弱音や、時折見せる涙。
その瞬間だけは、大人びた完璧令嬢のレティシエリーゼも、少しだけ年相応になるのだから。
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