上 下
4 / 6

何故そのような事を申されるのでしょう

しおりを挟む
「ナディス!!待てナディス!!」

 ナディスが婚約解消を告げて帰宅した後。
 父であるガイアスが国王と話し、ミハエルがナディスに今まで言ったあれこれがさすがに問題視され、『そこまで言うのであれば婚約の継続は困難である』と判断された。そしてナディスの発した言葉であったとはいえ、これまでの言動から鑑みるに双方合意であった、という認識の元に婚約は無事解消された。
 ナディスは『これでまず一つ目の杞憂は無くなった』と安心しており、また、婚約解消が成されたことで王宮に向かう必要もなくなり、時間の余裕もだいぶ出来た。
 とは言っても、既にやらかしてしまった悪行の数々は消えることはなく、学園に行っても一人ぼっち。むしろ『王太子に見限られた哀れな公爵令嬢』と嘲笑われる始末。仕方ない、と諦めてはいるものの、少しだけ傷付きはした。
 所属しているAクラスの人達は表立ってナディスを批判する人は少ないが、向けられる視線に含まれるのは明らかな嘲り。こちらも仕方ない、とため息を吐いて移動教室のため廊下を歩いていると、ミハエルに大声で呼び止められた。

「……何でございましょうか」

「お前のせいでわたしは王太子ではなくなったぞ!」

「はぁ」

「どうしてくれるのだ!」

「どうするもこうするも…」

 何を考えているのか意味が分からない。
 まず、ナディスの身分を考えれば、分かりそうなのだがどうやら王太子、否。王太子は分からないし理解もしたくなかったようだ。現に、ものすごい顔でナディスのことを睨み付けている。

「殿下とわたくしが婚約をした際の書状をご確認いただければ、どのような状況であったのかご理解頂けるのではないかと思いますが…」

「そんなものは知らん!」

「えぇ…」

 ナディスは己に問うた。どうしてコレが盲目になるほど好きだったのか、と…。
 良かれと思い、色々なことを手助けした自覚はある。外交の際の通訳や話題作り、普段の学園生活でもノートを貸したり課題を手助けしたり、と。だがそれで、結果的にミハエルはダメ人間になってしまったようだが、人の好意に胡座をかいていた結果とも言える。日頃から努力を厭う人間がどうして国の長になれるというのか、否、なれぬ。

「ともかく、父上は『王太子となりたくば必要な学問を修めること、もしくはナディスとの婚約を再締結すること』だと仰ったのだ!」

「そうですか、それは大変かと存じますが頑張ってくださいませ」

「………え?」

「それでは失礼致します。わたくし、これから移動教室ですので」

「い、いやお前、わたしのことが好きだっただろう?!だから、あれほどまでに執拗に令嬢に嫌がらせをしたのだろう?!ならば、わたしと再婚約できるのは嬉しいはずだ!」

「いえ…ちっとも」

 きょとり、とした、心底不思議そうな顔でナディスが言い切れば、みるみるうちに愕然とした表情へと変貌していく。恋心が無くなればナディス自身は実は大変優秀な令嬢であるのだ。そして、
 捨てた恋心が復活することなどまずありえないが、一度目の人生はその『恋心』が無くならなかったが故にミハエルに執着し続けていただけなのだ。

「なん、な……なん、で…」

「ご身分の高いご令嬢と御婚約されればよろしいのでは?ええと…どなたでしたかしら。あぁ、そうだ。クレベリン家のご令嬢は侯爵令嬢でございます。国王陛下に打診されてみてはいかがでしょうか?」

 それでは失礼致します、と続けて踵を返し、歩き始める。
 へたり込んだような音が聞こえたが、特に気にすることもなくナディスはそのまま振り返ることもせず歩みを進めていたが、もうすぐで教室に到着するという正にその時、次はロベリアがナディスの前に立ちはだかった。

「貴女、どういうつもりですの?!ミハエル殿下を王太子に戻すための条件に己との再婚約をさせようとするだなんて!」

 どいつもこいつも!と絶叫しかけたが、必死に堪える。
 そしてきゅ、と微妙極まりない表情をしたナディスに、野次馬根性丸出して廊下を眺めていた全員が、目を丸くした。

「貴女も殿下も、大層お花畑思考であるかとお見受け致します。…というか、何故わたくしが再婚約をする必要が?」

「殿下を愛しているからでしょう?!」

「いいえ、今は見事なほどこれっぽっちも。愛など気色の悪いこと…」

「え」

「人前で口付けをする、体をまさぐり合う、わたくしに対しての罵詈雑言の数々、あとは…えぇと、何があったかしら……。ともかく、そのようなふしだらな真似をなさるご令嬢と殿下、お似合いでは御座いませんこと?」

 捨てたものに対して容赦はしない。かつて愛していた相手とはいえ、それはもう既に過去のこと。たとえ数日であっても、だ。だからナディスは容赦などしなかった。

「ねぇ、人の婚約者だった人に対してあれだけベタベタくっついて、しなだれかかって、お互いに愛を囁きあって睦みあって、わたくしを馬鹿にするのは楽しかったでしょう。悔しそうな顔をする度にお二人は笑っておられましたものね」

 微笑みを浮かべて告げられる内容、しかも野次馬に聞こえるようによくとおる声で言うものだから、更に野次馬は増えていた。鈴なり、という表現が似合うほど目いっぱいに。

「わたくしは確かに家の力を使って殿下の婚約者になっておりましたが、お役目はこなしておりましたわ。でもお役御免になりましたし、正式に王家との話し合いの結果、婚約解消に至っております。ロベリア様、貴女に殿下は差し上げますのでどうぞお幸せに。では」

 優雅に、そして美しくカーテシーを決めてから目と鼻の先にある教室に入る。
 ドタバタガタン!と色々な音が響く中、悠然と着席をしてナディスは授業の準備を始めた。なお、廊下に残っていたミハエルとロベリア、両名とも授業には勿論ながら遅刻をし、課題レポートの追加が課せられたとかなんとかだが、ナディスは気にしなかったし、悪口が自分の耳に入らないところでは密やかにぼっち学園生活を満喫していたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい

小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。 エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。 しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。 ――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。 安心してください、ハピエンです――

【一話完結】才色兼備な公爵令嬢は皇太子に婚約破棄されたけど、その場で第二皇子から愛を告げられる

皐月 誘
恋愛
「お前のその可愛げのない態度にはほとほと愛想が尽きた!今ここで婚約破棄を宣言する!」 この帝国の皇太子であるセルジオが高らかに宣言した。 その隣には、紫のドレスを身に纏った1人の令嬢が嘲笑うかのように笑みを浮かべて、セルジオにしなだれ掛かっている。 意図せず夜会で注目を浴びる事になったソフィア エインズワース公爵令嬢は、まるで自分には関係のない話の様に不思議そうな顔で2人を見つめ返した。 ------------------------------------- 1話完結の超短編です。 想像が膨らめば、後日長編化します。 ------------------------------------ お時間があれば、こちらもお読み頂けると嬉しいです! 連載中長編「前世占い師な伯爵令嬢は、魔女狩りの後に聖女認定される」 連載中 R18短編「【R18】聖女となった公爵令嬢は、元婚約者の皇太子に監禁調教される」 完結済み長編「シェアされがちな伯爵令嬢は今日も溜息を漏らす」 よろしくお願い致します!

無能だと捨てられた王子を押し付けられた結果、溺愛されてます

佐崎咲
恋愛
「殿下にはもっとふさわしい人がいると思うんです。私は殿下の婚約者を辞退させていただきますわ」 いきなりそんなことを言い出したのは、私の姉ジュリエンヌ。 第二王子ウォルス殿下と私の婚約話が持ち上がったとき、お姉様は王家に嫁ぐのに相応しいのは自分だと父にねだりその座を勝ち取ったのに。 ウォルス殿下は穏やかで王位継承権を争うことを望んでいないと知り、他国の王太子に鞍替えしたのだ。 だが当人であるウォルス殿下は、淡々と受け入れてしまう。 それどころか、お姉様の代わりに婚約者となった私には、これまでとは打って変わって毎日花束を届けてくれ、ドレスをプレゼントしてくれる。   私は姉のやらかしにひたすら申し訳ないと思うばかりなのに、何やら殿下は生き生きとして見えて―― ========= お姉様のスピンオフ始めました。 「体よく国を追い出された悪女はなぜか隣国を立て直すことになった」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/465693299/193448482   ※無断転載・複写はお断りいたします。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

私がもらっても構わないのだろう?

Ruhuna
恋愛
捨てたのなら、私がもらっても構わないのだろう? 6話完結予定

悪役令嬢は断罪イベントから逃げ出してのんびり暮らしたい

花見 有
恋愛
乙女ゲームの断罪エンドしかない悪役令嬢リスティアに転生してしまった。どうにか断罪イベントを回避すべく努力したが、それも無駄でどうやら断罪イベントは決行される模様。 仕方がないので最終手段として断罪イベントから逃げ出します!

婚約破棄?ほーん…じゃあ死にますね。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が潔く死ぬお話…のはすが? ゼナイドは王太子に婚約破棄を告げられる。そんなゼナイドは自死を選ぶことにした。果たして王家への影響は?ゼナイドは結局どうなる? 小説家になろう様でも投稿しています。

全部未遂に終わって、王太子殿下がけちょんけちょんに叱られていますわ。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に仕立て上げられそうだった女性が、目の前でけちょんけちょんに叱られる婚約者を見つめているだけのお話です。 国王陛下は主人公の婚約者である実の息子をけちょんけちょんに叱ります。主人公の婚約者は相応の対応をされます。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...