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怒髪天を衝く

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 あらまぁ怖い、とミスティアはいつも通りしれっとしている。
 ステラも『あら、怖いおじさま』とのほほんとしている。
 ペイスグリルは『やっぱり風格あるよなあ』と感心しているし、リリカに至っては『ふふは、早い』とほくそえんでいる。
 何ともまぁ楽観的な面々だ、とランディは思いながら母などの姿を見上げた。

 皮肉なもので、祖母の考え方からそうではない考え方にシフトチェンジしてしまえば、何ともあさましい一家だったし、自分もそうなっていたのだ、と思うとゾッとした。
 もし、ミスティアがただ、ランディを見捨てただけだったら……と考えただけだランディは身震いしてしまう。

「お母様」
「……なぁに?」
「……あり、がとう」
「あなたは、ほんの少しだけ寄り道をしたの。少し無理やりだけれど、引き戻して良かったみたいね」
「……は、い」

 あまりにのんびりした口調のミスティアの言葉に、ランディはほほを引きつらせるが、あのまま流されてセレスティン達の側にいたら、最悪あの人に殺されてしまったのでは、と顔面蒼白になる。

「お前を、お前たちを信じていた俺が、愚かだったようだ」
「おまちください、あなた! これには理由が」
「は?」

 理由がある、そう続けたかったセレスティンだが、レオルグのひと睨みで撃沈する。
 ここに来るまでの間に、精霊たちがきゃっきゃと無邪気に明るく、セレスティンやリカルドが何をしたのか教えてくれた。
 それらはまさに鬼畜の所業と言っても、まったく差支えないほどのあれこれ。

「……他人様のお嬢さんに、何ということを……!」
「で、ですが、あの女は契約によって」
「その契約が馬鹿げていたんだ! 大体、先代に引導を渡したのは誰だと思っている! あのクソみたいな脅しともとれる契約がなければ、そこのバカ息子の嫁になる必要などなかった才女だぞ!!」
「うちのリカルドがバカですって!?」
「頭の回転も悪い、風魔法も平凡、精霊も視認がごくわずかしかできん、当主としてはミスティア嬢がいてくれたからこそ、最初のうちはどうにかこうにか成り立っていたことにまぁぁぁぁぁだ気付いておらんのか、アホどもが!!」
「はぁ!? ミスティアが何をしたと」
「リカルドが家の業務をどれだけまともにやったと言えるんだ!!」

 リカルドは、言葉通り『何も』やっていない。

 これに関しては、ミスティアが嫁入りをしたとき、彼女が家に来たというだけでやいやいと喜んでいるセレスティンやリカルドを放置し、徹底的にレオルグが領地経営を彼女に叩き込んだのだ。
 元々ミスティアがサイフォス家である程度兄の手伝いや父の手伝いをしていたことや、学生時代に魔法学科に属しながらも経営学にも興味があるからと、先生に個別指導を受けていた結果として、業務を覚えることは遅くなかった。

 ランディを産むまでの間、女主人として仕事をして、万が一のためにと引き継ぎ書や手順書など、あれこれを記しておいたから割とどうにかなっていたことや、幸いにもセレスティンがそこそこ領地経営が出来たおかげでローレル家が衰退しなかっただけ、という話だったのだが、リカルドは全く、一切、冗談抜きで気づいていなかったらしい。
 母と一緒になってミスティアをいびり倒し、サイフォス家から金を巻き上げ、愛していると言いながら、その金で豪遊することを覚えてしまったものだから、本当に手に負えない状態になっていっていたのだ。

「あの、ええと……」
「セレスティンがいたからどうにかなっていたようなものだが、そもそもお前、領地経営に関しての成績が壊滅的だから、ミスティア嬢にどうにかして助けてもらっていたというだけだろうが。何をでかい顔をしているんだ。馬鹿か。よかったな、態度も何もかもでかい母親という存在がいて」

 容赦なく刺さる父の言葉に、リカルドもセレスティンも、どんどん顔を真っ赤にしていく。

 ミスティアが屋敷の業務を回さなかった間はセレスティンが、そうなる前はミスティアが。
 誰かにおんぶに抱っこ状態だったというのに、リカルドは無駄に大きな顔をしていた。若い使用人は彼の言葉に見事に騙されていたというわけだが、よく見たら『気付くだろう』ということばかり。

 なお、まさかそんな状態だったということは知らなかったサイフォス家の人々と、ランディ。
 ぎぎぎ、と音が聞こえそうなほどにゆっくりと父の方を見て、ぽつりとこう告げた。

「……お父様、単なるクズじゃん」
「はぁ!? お前だってクズだろうが!」
「人のこと言えないのは理解してるけど、お母様のことじゃなくてサイフォス家のお金が大好きなんであって、別にお母さまのことなんかどうでもよかったんでしょう?」
「ふざけるな、ちゃんと愛していた!」
「……説得力に欠けるんですよねぇ……」
「ミスティアまで……!」

 何故かショックを受けているようなリカルドは、あまりに身勝手な理由を自信満々に叫んだ。

「お前、俺を愛していたんだろう!? じゃないとランディは生まれていないんだからな!」

 反射的にステラはランディの耳を塞ぎ、風の精霊王はランディに聞こえないようにと配慮をして、ふざけきった言葉が聞こえないようにと音が届かないようにした。
 ふふんどうだ、と言わんばかりの顔をしているリカルドだったが、レオルグとミスティアがずい、と一歩揃ってリカルドに近寄って、二人揃って拳を握り、振り上げて思いきりリカルドの頭へと落としたのだった。

「~~~!!!!!!」

 まぁ、当たり前だが痛いのだろう。
 大人二人が本気で拳骨を落とせば、その痛みは推して知るべし。
 そして、真顔のミスティアとレオルグがただ一言、二人揃ってこう告げた。

「――死ね」
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