さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~

みなと

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可愛らしい「悪戯」

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 ケタケタと楽しげに嗤う声が聞こえたような気がして、ランディは慌てて声の主を探し始める。
 こちら、ほらおいで、と言われているような気がして、呼ばれるままふらふらと屋敷の中を歩いて進んでいく。

「誰? ねぇ、誰なの?!」

 問うても答えが返ってくる訳もなく、ただ、ランディは必死に歩く。
 声の主に導かれるようにして、ふらふらと進んで行った先にあったのは、ミスティアが閉じ込められていた、誰も使っていないような雰囲気の使用人部屋。
 扉を開ければ、ぎぎぎ、と嫌な音がする。
 吹き飛ばされていたけれど、どうやら職人を呼んで修理をしたらしい。

「重……っ」

 ぐぐ、とランディは必死に押して、扉を開き、そして中に一歩、足を踏み入れる。

「お母様は、ここに……」

 居たんだよね、と続けようとした。

【可哀想なミスティア! こんなブタ小屋に閉じ込められてたんだ!】

「え、え!?」

【さすがに聞こえるでしょー? そうしてるんだからさぁ!】

 声だけは聞こえる。
 耳に、というよりは頭の中に直接吹き込まれているような、地味な不快感すらあるけれど、確かに『ソレ』は聞こえるのだ。

「だ、だれ!?」

【そっかぁ、お前風が適正低いからわっかんないのかー】

 ひゅう、とそよ風が吹いて、ランディはハッとした。

「……風の、精霊……?」

【だいせいかーい!】

 けたけたと楽しそうに笑う声は、ランディを歓迎しているとかそういうものではない。
 それくらいは分かる。
 ついでに、ランディのことが憎たらしくて嫌いで、こいつをどうしてやろうか、そんな思いまで伝わってくるような嫌悪感まであるくらいの恐ろしいものだった。

「な、なんで、精霊が!」

【だってお前、ボクらのミスティアいじめ倒しただろ】

「お前らのじゃない、僕の母様だ!」

【えー、よく言うよー】

 楽しそうな声だったものが、一気に殺意が込められたものへと変化する。

【こんなところに閉じ込めて、お前、様子とか見に来たことあったの?】

「あるに」

 決まってる、そう続けようとした。

「あ、ある……よ」

【ふーん?】

 値踏みするようなそんな声がまた響いて、ゆらりと陽炎のような影のような不思議なものが、見えた。
 ランディはごしごしと目を擦るが、あれは何なのだろうか、と目を凝らすと微かに何かの輪郭が見える。

「何だ……?」

【ミスティアのこと、役立たず、って罵りには来てたよなぁ、お前】

「ひっ!」

 いきなり目の前に現れた『何か』。
 ミスティアの前では可愛らしくじゃれつき、きゃいきゃいと遊んでいたであろう彼は、ランディの前では敵意をむき出しにしてきた。

【心配だったんじゃない、嘲笑いにきた】

「やめ、ろ」

【ミスティアが出ていったら縋ろうとした】

「やめろ」

【精霊眼を宿していないのをいつまでもミスティアのせいにした】

「やめろ!」

【ミスティアが何も悪くないことを知った途端、お前謝りたいとかそういう馬鹿げたこと、思ったろ】

「やめろぉぉぉ!!」

 ぜぇはぁとランディは肩で荒く呼吸を繰り返す。
 精霊はフン、と鼻で笑ってからくるくると部屋の天井辺りまで飛び、また続けた。

【お前、嘘つき】

「嘘なんかついてないよ!」

【この部屋に来た時、ミスティアのことを心配したこともないくせに、心配したとか言っただろ】

「それ、は、あの。そう言わないと、何か、えっと」

 はっとして、ランディはぱん、と自分の口を慌てて手で塞いだが、遅かった。

【時が経ちすぎたら無理だけど、音を拾うくらいボクらだってできるんだ。……ずーっと、ここに閉じ込められてたミスティアに、ボクらは、呼びかけ続けた。あの子が、壊されないように、殺されないように】

 しょんぼりとして言われた内容に、ランディは思わずぐっと言葉に詰まってしまう。
 殺されないように、という言葉に思い当たる節があるのか、気まずそうに目を逸らした。

【ミスティア、何の悪いことをしたのか教えてくれる?】

「え?」

【ヒトは悪いことをしたら閉じ込めるんだろう? だったら、ミスティアは何の悪いことをしたの? 何をしたの? どんな悪いことだったの?】

 何が悪かったのか。
 いいや、ミスティアは何も悪くない。

 精霊眼が欲しいがためにかつて、サイフォス家に対して無理やり縁談を結ぶように作成されたあの、呪いのような契約書というか誓約書、そしてかつてのミスティアの祖父。
 ただ、ミスティアはそれに巻き込まれただけだ。
 ペイスグリルが女の子だったら、巻き込まれていたのはミスティアではなく、ペイスグリルだったのだろう。

「お、お母様は」

【ねえ、早く教えて。ミスティア、どんな悪い事をしたの?】

「…………っ、ボクに精霊眼を引き継がせなかったから、閉じ込められたんだ! そうだよ、お母様があんなものもってるからいけないんじゃないか! 持ってなかったら!」

 そこまで言って、ランディははくはくと口を何度も開けたり閉じたり、を繰り返した。

「(こえ、でない!)」

【駄目だお前、救えない】

「!?」

【お前だけでも……って、思った。でも、何もかもミスティアのせいにした。ミスティアじゃどうにもならないことまで、今、ミスティアのせいにした】

 淡々と語る精霊は、ふっとまた姿を消す。
 何をどうやっても、ランディには見えなくなってしまった精霊を追いかけたくて、ランディは周りを必死に探した。

「(どこ!? ねぇ、ごめん、さっきのは間違いなんだ!)」

【嘘つきの言葉は、誰にも聞こえないようにしてやった。お前が、風属性の精霊と親和性が限りなく低くて良かった。だって、お前みたいなのに力、貸したくないもん】

 ばいばい、と言い残して精霊は完全に気配も何もかもがなくった、と思った時だった。

【お前が本当に何かを理解して、心から反省したら、声封じは解けるよ。……本当に理解すれば、ね】
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