上 下
37 / 61

一方その頃ミスティアは

しおりを挟む
 かちゃ、と食器を置くミスティア。
 寝込んでいた割に普通に食欲はあるし、思っていたより何事もなく食事も出来ている。
 もしかしたら、消化にいい柔らかいものを中心にした方が……と料理人が配慮して、あれこれ出してみたのだが食べ終わったミスティアはひと言。

「……あの、もう少し食べたいのだけれど……」

 と、とても申し訳なさそうに告げた。
 あれ、と皆が首を傾げている中、ペイスグリルやステラはまじまじとミスティアを観察していた。

「普通の回復ではございませんわよね、これって……」
「恐らく、何者かがミスティアに力を与えたんだろう、寝込んでいる時に何かがやってきた気配があった」

 あっという間にミスティアの熱を下げ、体調もすっかり回復させるくらいに力の強い存在。
 間違いなく人ではないことは確かなのだが、それでは何か、というとよく分からない、というのが現状であった。

「……まさか……」

 ステラは一つの仮説に行き当たるが、そんなわけない、と否定をした。

「……ステラ?」
「いいえ……わたくしの気のせいだと、思いたいといいますか……」

 難しい顔をしているステラを覗き込んだペイスグリルだが、妹が少しずつ食事をまた取っているところを見て、ほっとひと息ついた。

「今は、置いておこう。しかし……」
「えぇ……」

 ミスティアが、野菜を煮込んで味付けし、まだ具材は胃に負担がかかるだろうと思われたから上澄みだけを入れてきたスープを飲んだときの反応。

『……おいしい』

 一口飲んで、ぽと、と涙を零したのだ。

「仮にも伯爵家だよな、嫁ぎ先は」
「無理矢理に結ばれた婚姻関係だとしても……」

 まともなものを食べていないかのような反応に、ミスティアの周りを飛んでいる精霊達は良かった、良かった、と皆喜んでいた。
 あまり聞きたくはないけれど、と思ったからステラはこっそり精霊に聞いたところ……。

【ミスティア、人間以下の扱いされてた】

 聞きたくなかった答えに、思わず夫妻はため息をついた。
 それを使用人達に伝えると、彼らはぎゅっと歯を食いしばってから無理やりながらに笑みを浮かべたのだ。

『だったら、ミスティア様にはこれから幸せを取り戻してもらえば良いんですよ!』

 料理長の力強い言葉に、全員が頷いた。
 出戻りに対する風当たりはとても強いことに変わりは無い。だが、ミスティアには他の人にない特技とも言えるものがある。

 まず、精霊がいうところの『愛し子』という存在であること。
 これを活かせば、恐らく各所にある属性ごとの神殿の神子として受け入れてもらえるだろうし、ミスティアにとって最善の環境になるはずだ。
 それを伝えると、間違いなく精霊達は早く来い!とはしゃぎ回るだろうからまだ伝えていない。いいや、もし知っているとするならば、彼らの主が気を使ってくれているのかもしれない。

 しかし今、そんなことを考えるよりも、喜ぶべきはミスティアの回復。

「あんな家に嫁がせるんじゃなかったな……」
「もし、嫁いでいなかったら……ミスティアちゃんは、精霊の神子としてもっともっと活躍していたかもしれません。……今からでも遅くありませんわ! ただ、ミスティアちゃんの意思を確認しないと、ですわよ」
「あぁ」

 回復したミスティアの今後も、家族からすればとても大切なもの。
 もうあんな家に関わらせない。
 ランディが息子だとはいえ、あれを引き取って育てる、と言われたら家族総出で反対するだろう。
 一番優先すべきはミスティアの健康、メンタルにおいても、体の面でも、だ。

「ミスティア」
「はい?」
「何かやりたいことはあるか?」
「やりたい、こと……」

 兄に問われ、ミスティアは目をぱちくり、とさせる。
 やりたいこと、と言われても思い付かない。

 嫁ぎ先ではやりたいことがあるか、だなんて聞かれたことは無かったし、ミスティアの役割として与えられていたのは跡取りを産むための『母』としてのものだけ。
 あとは、実家からの資金援助。
 ある程度それらが終わった、と彼らに判断されてからは邪魔者扱いしかされてこなかった。

「(やりたいこと、って……何かしら……)」
「……ミスティアちゃん……」

 真剣な顔で考え込んでしまったミスティアを、ステラは不安そうに見つめる。
 でも、答えは急かしたりなんかしない。

「……ねぇ、ミスティアちゃん」
「ステラ姉さま」

 体調を考慮してベッドにいたまま食事をとっていたミスティアに、ステラはそっと膝をついて寄り添った。

「お散歩、しない?」
「散歩……ですか」
「庭園のお花が、とても綺麗に咲いているの。空気の入れ替えはしているけれど、外の空気も吸わなくちゃ!」

 明るく提案してくれた内容に、ミスティアは微笑んで頷いた。

「(……どれくらいぶりだろう、意見をきかれる、だなんて……)」

 あたたかさに、胸がいっぱいになると同時にミスティアは何故だか思いきり泣きたい気持ちまでも、溢れていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

蜜柑
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。 妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました

饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。 わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。 しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。 末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。 そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。 それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は―― n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。 全15話。 ※カクヨムでも公開しています

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

ある、義妹にすべてを奪われて魔獣の生贄になった令嬢のその後

オレンジ方解石
ファンタジー
 異母妹セリアに虐げられた挙げ句、婚約者のルイ王太子まで奪われて世を儚み、魔獣の生贄となったはずの侯爵令嬢レナエル。  ある夜、王宮にレナエルと魔獣が現れて…………。  

処理中です...