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予想外のお目覚め

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「はー……やってらんない」

 とあるメイドは、これからミスティアの世話をしに行くところだ。

 精霊封じのお香を焚いてからもうどれくらい経ったのだろうか。
 あの奥様はもう何もできない役立たず、という認識でしかないし、子供を産むための道具としてしか思われていない。それにきっとこのローレル伯爵家にはもう素晴らしき精霊眼の使い手は誕生している。
 何のためにあの奥様をずっと家に置いておくのだろうか、とメイドは欠伸混じりに、ミスティアを叩き込んでいる粗末な使用人部屋へと歩いて行く。

「はい失礼しますー」

 ノックもなしで、乱暴に扉を開けた先。

「あら、無礼者」

 にこやかなミスティアが、メイドに向けて手のひらをかざしていた。

「……は?」
「出て行きなさいな」

 にこ、と人当たりのよさそうな笑顔のまま、とても楽し気な声色で、ミスティアは躊躇することなくメイドに向けて風魔法を炸裂させた。

「きゃああああ!?」
「よし、命中ですね」

 メイドは思いきり廊下の壁へと打ち付けられているが、ミスティアはそんな彼女のことはあまり心配していなかった。
 伯爵家夫人であるミスティアの世話の放棄に始まり、精霊封じのお香を焚かれているから何もできないだろうと高をくくって暴言を吐いてみたり、防げるなら防いでみろと、とんでもなく臭い香水を思いきり振りかけてみて、そのままパーティーに参加せざるを得ない状況に追い込んでみたりと。
 最後の件については、『奥様がパーティーに参加したくないからって、私は止めたんですけどぉ』と泣き真似をしながらリカルドに訴えかけたものだから、ミスティアは頭から冷水をぶちまけられた。『これで匂いが落ちただろう!』と高笑いするリカルド、そして息子のランディ、メイドたちに執事長。
 げらげらとひとしきり笑ってから、呆然としているミスティアに対してランディは『母様きったない!』と更なる追い打ちをかけてきたのだ。

「これで……あんな思いはしなくて済むんだわ」

 ミスティアは、ぐ、と手を握る。
 これで、自分に何かあったとしてもある程度守れる。
 メイドに乱暴したからと、そんな暴力夫人は不要だ、と離縁してくれればいうことはない。それはもう喜んでサインするのだが、と思うが世間体のために離縁してくれないかもしれない。

「う。ぐ……」

【ミスティア、あいつまだ意識あるよ】

「あら、本当ね」

 精霊が教えてくれたことに対して、ミスティアは少し残念そうにしている。
 自分が受けた仕打ちはこんなものではなかったのでは、と思うくらいには、不満が溜まっていたらしい。

「奥様の、分際で」
「うーん、なら、あなたから旦那様に告げ口してくれません?」

 あまりにあっけらかんと言われた内容に、メイドはぎょっとする。
 暴力を振るわれたことを現当主であるリカルドに報告すれば、きっと即座に離縁を告げられるに違いない。それを承知で言ってくれているのであれば、こいつはとんでもない馬鹿野郎だ、とメイドはほくそ笑んだのだが、ミスティアは笑顔で追い打ちをかけた。

「離縁で良いんですよ。わたくしの実家からの支援も止められて、ここの家に貸したお金は即座に耳を揃えて返してもらえて、おまけにわたくしは自由の身! これ以上ない幸福ですわ!」
「は……?」

 今、この奥様は何を言った?
 メイドは必死に頭をフル回転させ、反芻する。

 ――支援を、止めるとか……お金をこの由緒正しき伯爵家に貸した……?

「なに、いってるの」
「この家、我が家に借金があるんですよね。なので、離縁上等なわけなんですの」

 うふ、と楽しそうに笑っているミスティアを見て、メイドは愕然とする。
 こいつは、ほんの少し前まで何もできずに、自分たちのサンドバッグになっていた、気弱な奥様のはずなのに、と思うが、ミスティアの言葉によりそんな思いは霧散していった。

「そりゃ、精霊術を封じられたらわたくしには太刀打ちできませんわ。……ええ、、ですけれど」

 その言葉が、意味するところを理解できないメイドではない。
 知らせに行きたいけれど、足が動かない。

 ――ご主人様、どうかお助け下さい。獣が、目を覚ましました。

 そうやって助けを請うが、助け何てやって来るはずもないのだから。
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