お狐様と翡翠の少女

みなと

文字の大きさ
上 下
6 / 14

第6話 最悪の形

しおりを挟む
「ねぇ桜華。変なところ、ない?」
「姫様はいつでも愛らしい!」
「……ねぇ、おにい」
「髪飾りが曲がってるから直してやる」
「おい小童」
「ありがと、おにい」
「あぁっ、姫様!!」

 やいやいと言い合いながらも有栖、樟葉の準備は恙なく進んでいった。
 桜華に聞いてみても、そもそもの有栖贔屓がとてつもないので、おかしいところがあったとしても『それが姫様の良きところ!』と言い切ってしまうので、あんまり役に立たないな、とようやく有栖も自覚した。
 そして樟葉に簪を少し直してもらい、改めて鏡で角度や位置を確認してから、有栖もうん、と頷いた。

「しかし…姫様大丈夫かや?」
「ん、何が?」
「おい、桜華」
「万が一があったとしたら、わらわをすぐ呼べ。良いな、姫様」

 万が一、なんてあってほしくない。
 そう思うけれど、有栖は何だかずっと胸騒ぎがしていたから、遠慮がちながらも頷いてみせる。
 嫌な予感が当たらないでいてほしい、と思うけれどこういうときの有栖の予感はとてつもなく当たるから厄介だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あそこにいらっしゃるわね」

 どくん、と有栖の胸が鳴る。
 ときめきなんかではなく、緊張で吐きそうになってくる。大丈夫、ハズレと言われたあの日から時間も経っている。深呼吸して、落ち着いて、まずはきちんと挨拶をしよう。まずはそれからだし、それすらできない人に、相手が心を開いてくれるなんてありはしないのだから。
 そうやって自分に言い聞かせ、有栖は表面上、何でもないふうを装いながら、歩いていく。桜華の気配も近くにあるから、姿を消してついてきてくれているのだろう、と想像できた。
 心の中で、『ありがとう、桜華』とお礼を言うことは忘れない。
 勿論、兄の婚約のこともあるから、樟葉だっていてくれる。兄の婚約者は親友の玲だから、色んな意味で大丈夫なんだから、とまた、自分を落ち着かせる。
 顔合わせは、古くから付き合いのあるホテルで、ということになっている。お祝いの席や何かあった時の食事会も、ずっとここで、というくらいに贔屓にしているホテルだ。

「…よし」

 小さく呟いて入り、ロビーへと歩みを進めていくと、先に玲が気付いてくれて、小走りで駆け寄って来てくれる。

「有栖!」
「玲!」

 満面の笑顔で駆け寄り、ぎゅうっと抱き締めてくれる親友を、有栖もしっかりと抱き締め、つられたように嬉しそうに破顔した。

「有栖、すっごい着物綺麗!私、制服なんだから~」
「私も、制服が良かった…。そしたら玲とお揃だったのに」
「あら有栖、おばあちゃんがこれがいい、って言ってくれたのよ?」
「そうだけど…学生の正装は制服だって言うじゃない」

 有栖、と玲に何だかとても力強く呼ばれ、視線をやると真顔でがっちりと肩を掴まれてしまった。妙なことを言っただろうか、と少しびくびくしていると、ずい、と顔を近づけてこう言われてしまった。

「有栖は、着物似合うんだから、こういう時は着物で良いの!」
「えぇ…」
「おばさま、有栖の着物とっても可愛いです!」
「玲ちゃん、ありがとう。そう言ってもらえるとおばさん嬉しいわ」

 にこにこと上機嫌になった母と、自分をやたら褒めてくる親友。そしてちらりと兄に視線を移せば、うんうんと頷いているし、桜華は有栖にだけ聞こえるように『わらわの姫様はいつだって可愛いので!』と自信満々に言っている。
 お前もか、と思わず内心呟いたけれど、有栖はとても嬉しかった。ついついにやけてしまうほどに。

「えへへ」

 ふにゃ、と笑う有栖にまた玲が思いきり抱き着き、ぐりぐりと頬ずりをされ、くすぐったいやら、気恥ずかしいやら、とあれこれ考えていると、樟葉が立ち位置を変えて有栖を隠すように背に庇った。

「…おにい?」

 一体なにが、と思ったが、すぐに理由を察した。

「樟葉、課題は終わったか?」
「ああ」

 樟葉とやり取りをしている裕翔の、肩あたりがちらりと見えた。
 体格の良い樟葉だから、有栖を背に庇えばすっぽりと隠れてしまうほどの体格差があるため、今はたまたま見えていないようだ。
 心なしか、玲が有栖を抱きしめる腕の力も強くなったような気がする。

 大丈夫、怖くない。

 そう自分に言い聞かせながらも、玲の制服をぎゅっと掴んでしまい、心配そうな目を向けられた。
 うん、と頷いてタイミングを見て話しかけようとした矢先、玲の両親もこちらに歩いてきていた。
 勢ぞろいをしたところで、名残惜しいけれど玲は有栖から離れて自分の親のところに歩いていく。『あら、どうしたの』、『有栖に挨拶してたの』という会話が聞こえ、何とか平静を装って有栖は樟葉の背から顔を出し、玲の両親にぺこりと頭を下げた。

「おじさま、おばさま、ご無沙汰しております」
「まぁ有栖ちゃん!こんにちわ!」
「最近うちに遊びに来てないじゃないか、また今度おいで!」
「は、はい。ありがとうございます」

 玲の両親と有栖の両親は、学生時代からの友人同士ということで、とてつもなく仲が良い。
 有栖の能力のことも、話を聞いてからは『大丈夫だった?』と優しい言葉をかけてくれたのだが、ここで厳しい目をしている人が一人だけいる。
 玲の兄で、有栖の婚約者。阿賀 裕翔。
 悪いことをしているわけではないのだから、堂々と。そう思っていても無駄に厳しい目を向けられては、怖いものは怖い。

「裕翔、おめでたい席に何て顔してるの。有栖ちゃんが怖がるでしょう!」
「…玲にとっては、めでたい、の間違いではありませんかね」

 ざっくりと突き刺さる言葉の棘。
 ああ、やっぱり良くないことの予感だけは当たる。
 そう思った有栖だが、樟葉が一歩前に出て、裕翔の顔を思いきり平手で叩いた。

 ――バチン!

 結構な音が響き、皆が集合していたロビーが一瞬静かになる。

「お前の妹にとってめでたいかどうか、お前が決めるな。そして、そんなに嫌なら今この場で、婚約なんかそもそもなかったことにしろ、裕翔」

 何よりも鋭い正論が裕翔の心に思い切り突き刺さる。
 ぐ、と黙っているが悔しそうにしているものの、視線が有栖に向くことはない。
 期待をしなければ、悲しまなくて済む。自分に言い聞かせ、有栖は樟葉の背をぽん、と叩く。

「お兄ちゃん」

 外での呼び方で有栖は樟葉を呼び、その声と背中に感じた小さな手の感触に、樟葉ははっとして有栖の方を向く。

「人の目があるから…移動した方が良いよ。おじさま、おばさま、ごめんなさい」
「いや、悪いのはうちの裕翔だ」
「そういえば、今日は一成《かずなり》さんはいないのね、來未《くみ》」
「ごめんなさい、どうしても抜けられない商談があるって。終わり次第来るから、それまで待ってもらえると助かるわ」

 砺波《となみ》 一成《かずなり》が有栖の父、母が來未《くみ》。
 そして、阿賀《あが》 廉也《れんや》が玲の父、母が文佳《ふみか》。

 この四人は学生時代に同じクラスだったことから、これまでとても良い友人同士なのだ。その関係にひびが入ってはいけないと、有栖はぎゅっと母の手を握る。

「お母さん、行こう?」
「そうね。予約しているから行きましょうか」

 両家の改めての顔合わせということで、和室の客室を昼間、予約しているのだ。そこならば個室にもなるし、食事もとれる。更にまったりもできるだろうという配慮もだが、一番は『揉めた場合にバレにくい』というのが理由でもある。
 ぞろぞろと両家の面々が歩き、ホテルの従業員に案内され、エレベーターに乗り、部屋へと誘導された。
 とても雰囲気の良い和室で、有栖は今度誕生日にここに泊まりたい、とおねだりしようと考えていたが、いざ対面して座るとそんな思考はどこかにすっ飛んで行った。

 そして、皆が座り、案内してくれた従業員がお茶を入れてくれてそれぞれに配膳してくれて、部屋を出て行ったことを確認してからの開口一番、裕翔はこう言った。

「先ほどから、君の力を少し探らせてもらっていたが…どうして樟葉の妹がお前なんだ、というくらいに貧相だな」
「裕翔!」

 怒り心頭の樟葉の声が、どこか遠くで聞こえたような気がした。
 有栖に付き添っている桜華も、とてつもなく怒っている。

「樟葉、本当のことを言って何が悪い」
「手を合わせてもいないてめぇが、有栖の何を分かった風に言うんだ!」
「読み取れる、九尾の異能を使えばね」
「てめぇ…っ」

 駄目だ、兄と裕翔の関係が悪くなってしまう。
 有栖は本能的にそう思って、樟葉の制服をぐっと引っ張った。

「いいよ、お兄ちゃん。…もう、良い」
「有栖!」
「有栖、良くないわ!お兄ちゃん、有栖に謝って!」
「何で僕が」
「裕翔!」

 そんなにも嫌なら、もっと早くにこうしていれば良かったのに、と有栖は來未に視線をやる。

「お母さん、私は良いから…お兄ちゃんと玲の儀式を進めてほしい」
「有栖、あなた…」
「もう、良い」
「ああ、そうしてくれ。僕だって、君なんかに触りたくない」

 遠慮なんかない言葉の棘が、容赦なく有栖を貫く。
 でも、これで良いんだ。裕翔《このひと》には、もっとお似合いの異能もちが現れるに違いないから、そう言い聞かせて、有栖は裕翔を真っ直ぐ見てから静かに言葉を続けた。

「婚約は、無かったことにしてください。その方が、きっと今後も良いはずです」
「……は?」

 何故だか、その言葉が裕翔の気に障ったようで、お茶の入った湯飲みをがっと掴み、中身を有栖へとぶちまけた。

「あつ、っ…!」
「お前如きが僕に指図するな、能無しの役立たず!」

 ぽた、ぽた。とお茶が着物に染み込んでいく。ごめんね、おばあちゃん。心の中で有栖は着物を選び、用意してくれた祖母に、必死に謝った。
 けれど、同時にこうも思った。
 良かった、これで泣いてもバレない、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた

いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。 一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!? 「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」 ##### r15は保険です。 2024年12月12日 私生活に余裕が出たため、投稿再開します。 それにあたって一部を再編集します。 設定や話の流れに変更はありません。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

処理中です...