24 / 33
24 秘密:前菜
しおりを挟む
彼女のお見舞いに行ってから数日が経った土曜日の昼食後の時間。僕は約束した通り、彼女のお見舞いに向かっていた。
あれからずっと考えていた。彼女の最大の秘密を聞く勇気があるのかどうか。
聞きたい。でも、僕がそれらを受け止められるのか。たぶん、話を聞かなかったとしても、彼女との関係は今まで通り続くだろう。でもそれでは、彼女の本音は分からずじまいなのではないか。
彼女の祖母――本当は曾祖母らしいが――が言っていた。彼女の本音が分からないと。彼女は弱音を言わないと。
彼女は少なくとも病気なのは間違いないのに、弱音を吐くのを見たことがない。いつも明るい。でも、彼女だって一人の女の子だ。弱音を吐きたいことがないわけないのに。
今のままでは、彼女は死ぬまで弱音を言うことはないだろう。でも、僕が彼女の秘密を知れば、少しは彼女の心の負担を減らすこともできるのではという気がする。
だから僕は彼女の秘密を聞くことにした。
彼女の病室前で扉をノックすると、「どうぞ~」と声がしたので入室する。
「コウ君、いらっしゃい~」
「こんにちは。桜ヶ丘珈琲デリバリーです。チーズケーキとアイスコーヒーの注文ありがとうございます」
「配達ご苦労さま~! 嬉しい、食べたかったんだ!」
彼女のベッド上の可動式テーブルにケーキとコーヒーと使い捨てフォークを置く。僕の分はベッド横のサイドテーブルに置いた。
デリバリーは、チャットで彼女にお見舞いは何がいいかと聞いて、得られた回答のものだ。現時点では入院中の食べ物の制限はないそうなので、会話のお供にいいだろうと持ってきた。
「起き上がれるようになってよかった。熱はもうないの? 顔は少し赤いけど」
「う……コウ君って意外と鋭いの忘れてた。やっぱり化粧しないと顔色でバレちゃうね」
「……熱あるんだ」
「ちょっとだけね。微熱よ微熱。もう起き上がれるし、食欲あるし」
「今までは熱があっても化粧で誤魔化してたわけだ」
「あはは……ホクロが消せるんだよ、ほっぺの赤みくらい消せるよ」
「化粧恐るべし……」
これまで幾度となく、彼女は化粧で熱があるのを隠してきたのだと分かる。思えば、顔色はいつも通りなのに、なんとなく調子が悪そうなのを感じたことがあった。
「本当に起きていて大丈夫?」
「大丈夫。出歩くわけじゃないし、ベッドにいて話す分は問題ないよ。お客さんが来るって先生にも伝えてるし」
「……ならいいけど」
僕はベッド横の椅子に座った。
今日の彼女は点滴はしているが酸素吸入はしていないので、このまま僕が少し居座っても問題ないだろうと判断した。
「これ食べていい?」
「いいよ」
「いただきまーす」
彼女は嬉しそうにチーズケーキを口に入れている。
僕もチーズケーキを一口食べてから口を開いた。
「今日はサヤの秘密を聞きに来た」
「さっそくだねぇ。怖い話なのに、コウ君、大丈夫?」
「怖い話の種類が違うみたいだから大丈夫。それに、ちゃんと聞いておかないと、サヤの話を中途半端に聞いているせいで、俺は結構勘違いしていることに気づいたから」
「え、勘違い? 実は私が前にも入院してましたってことじゃなくて?」
「それもだけど、おばあちゃんが実はひいばあちゃんなんだよね?」
その辺のくだりは、この病室で彼女の叔父と話していたことを彼女は聞いていなかったようだ。
「あ~、それ? そこは別に大した話じゃないのにー。全然隠してないし」
「うん、そうなんだろうけど、俺は正確なことを知りたい」
「ん~、じゃあ、前菜にそのあたりの話をしようか。私の秘密の話は重いから、その後にするね」
彼女は一口アイスコーヒーを含んで、口を開いた。
「コウ君の言うとおり、おばあちゃんは本当はひいおばあちゃんだよ。んで、この前、病院に来てたおじちゃんがひいおばあちゃんの長男なんだ」
彼女によると、曾祖母には長女(祖母)、長男(大叔父)、次女、次男の順に子供がいる。長女が実際の祖母で、サヤの父がその長男だという。
「死んだひいおじいちゃんは弁護士なんだけどね、子供の教育に熱心なタイプだったらしいの。長女のおばあちゃんが反発して、十六歳の時に家出したんだって。で、その時に付き合っていた彼氏との間にパパができたみたい。パパっておばあちゃんが十七歳の時の子なんだよ」
「俺の今の年齢……」
「そう思うとすごいよね。――ひいおじいちゃんは家出したおばあちゃんを勘当したらしくて、おばあちゃんは家に帰れなかったんだけど、彼氏と別れてしまって――パパができたことに怖気づいて彼氏に逃げられたみたいだけど――パパを一人で育てられないって思ったらしくて。だから、パパをひいおばあちゃんに預けて逃げたんだって」
「……」
すでに話が重くなってきている。これで前菜らしいので怖すぎだ。
「パパはひいおばあちゃんに育てられたから、ひいおばあちゃんがママみたいなものでしょ。だから、私はおばあちゃんって呼んでる。おばあちゃんもおじいちゃんもそれでいいって言ってたしね。死んだおじいちゃんは自分の子には厳しかったみたいだけど、孫たち――パパや私たちには優しかったんだよね。わりとジジ馬鹿系っていうか」
「そういう話、よく聞くね。子には厳しく、孫には甘々」
「あるあるなのかな? ちなみに、パパを産んだ長女以外の三兄妹は全員弁護士の資格持ち」
「すごっ……!」
「パパを産んだ長女は病気で亡くなったみたい。私は小さい頃に二回くらい会ったことがあるらしいんだけど、あまり覚えてないんだよね」
彼女はチーズケーキを口に含んだ。僕も甘味が欲しくてケーキを口に入れる。
「そんなところかな。パパの家系はそんなに面白い話はないよね」
「いやいやいや……もうさ、パパの家系『は』って言ってるあたりが怖い」
「コウ君は、恐怖指数察知能力が高いよね」
「……やっぱり、お母さんの方は何かあるんだ」
「そうなんだよ~。こっちは面白いんだよねぇ。重度級」
「……」
絶対に面白い話ではないと思う。僕は少し緊張して喉を鳴らした。
あれからずっと考えていた。彼女の最大の秘密を聞く勇気があるのかどうか。
聞きたい。でも、僕がそれらを受け止められるのか。たぶん、話を聞かなかったとしても、彼女との関係は今まで通り続くだろう。でもそれでは、彼女の本音は分からずじまいなのではないか。
彼女の祖母――本当は曾祖母らしいが――が言っていた。彼女の本音が分からないと。彼女は弱音を言わないと。
彼女は少なくとも病気なのは間違いないのに、弱音を吐くのを見たことがない。いつも明るい。でも、彼女だって一人の女の子だ。弱音を吐きたいことがないわけないのに。
今のままでは、彼女は死ぬまで弱音を言うことはないだろう。でも、僕が彼女の秘密を知れば、少しは彼女の心の負担を減らすこともできるのではという気がする。
だから僕は彼女の秘密を聞くことにした。
彼女の病室前で扉をノックすると、「どうぞ~」と声がしたので入室する。
「コウ君、いらっしゃい~」
「こんにちは。桜ヶ丘珈琲デリバリーです。チーズケーキとアイスコーヒーの注文ありがとうございます」
「配達ご苦労さま~! 嬉しい、食べたかったんだ!」
彼女のベッド上の可動式テーブルにケーキとコーヒーと使い捨てフォークを置く。僕の分はベッド横のサイドテーブルに置いた。
デリバリーは、チャットで彼女にお見舞いは何がいいかと聞いて、得られた回答のものだ。現時点では入院中の食べ物の制限はないそうなので、会話のお供にいいだろうと持ってきた。
「起き上がれるようになってよかった。熱はもうないの? 顔は少し赤いけど」
「う……コウ君って意外と鋭いの忘れてた。やっぱり化粧しないと顔色でバレちゃうね」
「……熱あるんだ」
「ちょっとだけね。微熱よ微熱。もう起き上がれるし、食欲あるし」
「今までは熱があっても化粧で誤魔化してたわけだ」
「あはは……ホクロが消せるんだよ、ほっぺの赤みくらい消せるよ」
「化粧恐るべし……」
これまで幾度となく、彼女は化粧で熱があるのを隠してきたのだと分かる。思えば、顔色はいつも通りなのに、なんとなく調子が悪そうなのを感じたことがあった。
「本当に起きていて大丈夫?」
「大丈夫。出歩くわけじゃないし、ベッドにいて話す分は問題ないよ。お客さんが来るって先生にも伝えてるし」
「……ならいいけど」
僕はベッド横の椅子に座った。
今日の彼女は点滴はしているが酸素吸入はしていないので、このまま僕が少し居座っても問題ないだろうと判断した。
「これ食べていい?」
「いいよ」
「いただきまーす」
彼女は嬉しそうにチーズケーキを口に入れている。
僕もチーズケーキを一口食べてから口を開いた。
「今日はサヤの秘密を聞きに来た」
「さっそくだねぇ。怖い話なのに、コウ君、大丈夫?」
「怖い話の種類が違うみたいだから大丈夫。それに、ちゃんと聞いておかないと、サヤの話を中途半端に聞いているせいで、俺は結構勘違いしていることに気づいたから」
「え、勘違い? 実は私が前にも入院してましたってことじゃなくて?」
「それもだけど、おばあちゃんが実はひいばあちゃんなんだよね?」
その辺のくだりは、この病室で彼女の叔父と話していたことを彼女は聞いていなかったようだ。
「あ~、それ? そこは別に大した話じゃないのにー。全然隠してないし」
「うん、そうなんだろうけど、俺は正確なことを知りたい」
「ん~、じゃあ、前菜にそのあたりの話をしようか。私の秘密の話は重いから、その後にするね」
彼女は一口アイスコーヒーを含んで、口を開いた。
「コウ君の言うとおり、おばあちゃんは本当はひいおばあちゃんだよ。んで、この前、病院に来てたおじちゃんがひいおばあちゃんの長男なんだ」
彼女によると、曾祖母には長女(祖母)、長男(大叔父)、次女、次男の順に子供がいる。長女が実際の祖母で、サヤの父がその長男だという。
「死んだひいおじいちゃんは弁護士なんだけどね、子供の教育に熱心なタイプだったらしいの。長女のおばあちゃんが反発して、十六歳の時に家出したんだって。で、その時に付き合っていた彼氏との間にパパができたみたい。パパっておばあちゃんが十七歳の時の子なんだよ」
「俺の今の年齢……」
「そう思うとすごいよね。――ひいおじいちゃんは家出したおばあちゃんを勘当したらしくて、おばあちゃんは家に帰れなかったんだけど、彼氏と別れてしまって――パパができたことに怖気づいて彼氏に逃げられたみたいだけど――パパを一人で育てられないって思ったらしくて。だから、パパをひいおばあちゃんに預けて逃げたんだって」
「……」
すでに話が重くなってきている。これで前菜らしいので怖すぎだ。
「パパはひいおばあちゃんに育てられたから、ひいおばあちゃんがママみたいなものでしょ。だから、私はおばあちゃんって呼んでる。おばあちゃんもおじいちゃんもそれでいいって言ってたしね。死んだおじいちゃんは自分の子には厳しかったみたいだけど、孫たち――パパや私たちには優しかったんだよね。わりとジジ馬鹿系っていうか」
「そういう話、よく聞くね。子には厳しく、孫には甘々」
「あるあるなのかな? ちなみに、パパを産んだ長女以外の三兄妹は全員弁護士の資格持ち」
「すごっ……!」
「パパを産んだ長女は病気で亡くなったみたい。私は小さい頃に二回くらい会ったことがあるらしいんだけど、あまり覚えてないんだよね」
彼女はチーズケーキを口に含んだ。僕も甘味が欲しくてケーキを口に入れる。
「そんなところかな。パパの家系はそんなに面白い話はないよね」
「いやいやいや……もうさ、パパの家系『は』って言ってるあたりが怖い」
「コウ君は、恐怖指数察知能力が高いよね」
「……やっぱり、お母さんの方は何かあるんだ」
「そうなんだよ~。こっちは面白いんだよねぇ。重度級」
「……」
絶対に面白い話ではないと思う。僕は少し緊張して喉を鳴らした。
10
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
その女子高生は痴漢されたい
冲田
青春
このお話はフィクションです。痴漢は絶対にダメです!
痴漢に嫌悪感がある方は読まない方がいいです。
あの子も、あの子まで痴漢に遭っているのに、私だけ狙われないなんて悔しい!
その女子高生は、今日も痴漢に遭いたくて朝の満員電車に挑みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる