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24 秘密:前菜

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 彼女のお見舞いに行ってから数日が経った土曜日の昼食後の時間。僕は約束した通り、彼女のお見舞いに向かっていた。

 あれからずっと考えていた。彼女の最大の秘密を聞く勇気があるのかどうか。
 聞きたい。でも、僕がそれらを受け止められるのか。たぶん、話を聞かなかったとしても、彼女との関係は今まで通り続くだろう。でもそれでは、彼女の本音は分からずじまいなのではないか。

 彼女の祖母――本当は曾祖母らしいが――が言っていた。彼女の本音が分からないと。彼女は弱音を言わないと。

 彼女は少なくとも病気なのは間違いないのに、弱音を吐くのを見たことがない。いつも明るい。でも、彼女だって一人の女の子だ。弱音を吐きたいことがないわけないのに。

 今のままでは、彼女は死ぬまで弱音を言うことはないだろう。でも、僕が彼女の秘密を知れば、少しは彼女の心の負担を減らすこともできるのではという気がする。
 だから僕は彼女の秘密を聞くことにした。

 彼女の病室前で扉をノックすると、「どうぞ~」と声がしたので入室する。

「コウ君、いらっしゃい~」
「こんにちは。桜ヶ丘珈琲デリバリーです。チーズケーキとアイスコーヒーの注文ありがとうございます」
「配達ご苦労さま~! 嬉しい、食べたかったんだ!」

 彼女のベッド上の可動式テーブルにケーキとコーヒーと使い捨てフォークを置く。僕の分はベッド横のサイドテーブルに置いた。

 デリバリーは、チャットで彼女にお見舞いは何がいいかと聞いて、得られた回答のものだ。現時点では入院中の食べ物の制限はないそうなので、会話のお供にいいだろうと持ってきた。

「起き上がれるようになってよかった。熱はもうないの? 顔は少し赤いけど」
「う……コウ君って意外と鋭いの忘れてた。やっぱり化粧しないと顔色でバレちゃうね」
「……熱あるんだ」
「ちょっとだけね。微熱よ微熱。もう起き上がれるし、食欲あるし」
「今までは熱があっても化粧で誤魔化してたわけだ」
「あはは……ホクロが消せるんだよ、ほっぺの赤みくらい消せるよ」
「化粧恐るべし……」

 これまで幾度となく、彼女は化粧で熱があるのを隠してきたのだと分かる。思えば、顔色はいつも通りなのに、なんとなく調子が悪そうなのを感じたことがあった。

「本当に起きていて大丈夫?」
「大丈夫。出歩くわけじゃないし、ベッドにいて話す分は問題ないよ。お客さんが来るって先生にも伝えてるし」
「……ならいいけど」

 僕はベッド横の椅子に座った。
 今日の彼女は点滴はしているが酸素吸入はしていないので、このまま僕が少し居座っても問題ないだろうと判断した。

「これ食べていい?」
「いいよ」
「いただきまーす」

 彼女は嬉しそうにチーズケーキを口に入れている。
 僕もチーズケーキを一口食べてから口を開いた。

「今日はサヤの秘密を聞きに来た」
「さっそくだねぇ。怖い話なのに、コウ君、大丈夫?」
「怖い話の種類が違うみたいだから大丈夫。それに、ちゃんと聞いておかないと、サヤの話を中途半端に聞いているせいで、俺は結構勘違いしていることに気づいたから」
「え、勘違い? 実は私が前にも入院してましたってことじゃなくて?」
「それもだけど、おばあちゃんが実はひいばあちゃんなんだよね?」

 その辺のくだりは、この病室で彼女の叔父と話していたことを彼女は聞いていなかったようだ。

「あ~、それ? そこは別に大した話じゃないのにー。全然隠してないし」
「うん、そうなんだろうけど、俺は正確なことを知りたい」
「ん~、じゃあ、前菜にそのあたりの話をしようか。私の秘密の話は重いから、その後にするね」

 彼女は一口アイスコーヒーを含んで、口を開いた。

「コウ君の言うとおり、おばあちゃんは本当はひいおばあちゃんだよ。んで、この前、病院に来てたおじちゃんがひいおばあちゃんの長男なんだ」

 彼女によると、曾祖母には長女(祖母)、長男(大叔父)、次女、次男の順に子供がいる。長女が実際の祖母で、サヤの父がその長男だという。

「死んだひいおじいちゃんは弁護士なんだけどね、子供の教育に熱心なタイプだったらしいの。長女のおばあちゃんが反発して、十六歳の時に家出したんだって。で、その時に付き合っていた彼氏との間にパパができたみたい。パパっておばあちゃんが十七歳の時の子なんだよ」
「俺の今の年齢……」
「そう思うとすごいよね。――ひいおじいちゃんは家出したおばあちゃんを勘当したらしくて、おばあちゃんは家に帰れなかったんだけど、彼氏と別れてしまって――パパができたことに怖気づいて彼氏に逃げられたみたいだけど――パパを一人で育てられないって思ったらしくて。だから、パパをひいおばあちゃんに預けて逃げたんだって」
「……」

 すでに話が重くなってきている。これで前菜らしいので怖すぎだ。

「パパはひいおばあちゃんに育てられたから、ひいおばあちゃんがママみたいなものでしょ。だから、私はおばあちゃんって呼んでる。おばあちゃんもおじいちゃんもそれでいいって言ってたしね。死んだおじいちゃんは自分の子には厳しかったみたいだけど、孫たち――パパや私たちには優しかったんだよね。わりとジジ馬鹿系っていうか」
「そういう話、よく聞くね。子には厳しく、孫には甘々」
「あるあるなのかな? ちなみに、パパを産んだ長女以外の三兄妹は全員弁護士の資格持ち」
「すごっ……!」
「パパを産んだ長女は病気で亡くなったみたい。私は小さい頃に二回くらい会ったことがあるらしいんだけど、あまり覚えてないんだよね」

 彼女はチーズケーキを口に含んだ。僕も甘味が欲しくてケーキを口に入れる。

「そんなところかな。パパの家系はそんなに面白い話はないよね」
「いやいやいや……もうさ、パパの家系『は』って言ってるあたりが怖い」
「コウ君は、恐怖指数察知能力が高いよね」
「……やっぱり、お母さんの方は何かあるんだ」
「そうなんだよ~。こっちは面白いんだよねぇ。重度級」
「……」

 絶対に面白い話ではないと思う。僕は少し緊張して喉を鳴らした。
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