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12 彼女の提案

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 彼女は仕切り直すように「そうだ」と言って両手を叩くように合わせた。

「今日はコウ君に別の提案があるんだった」
「……え、何? 聞きたくないけど」
「陶芸教室に行きたいな~って。コウ君も一緒に行こう」
「ええー……」
「昔、パパと行ったことがあるんだけど、結構楽しいよ。お揃いのカップ作ろうよ~」
「ええー……」
「明後日の日曜はどう? 三連休の中日だし、次の日ゆっくりできるよ」
「……」
「仕方ない。コウ君は脅されるのがご所望のようだから、みんなにコウ君は幽霊が怖いって――」
「この悪人め! ……日曜の何時に行くの。朝早くは勘弁して」
「ふっふっふっ、悪行の限りを尽くす私には勝てないのだよ。――十時半にカフェ前集合でどう?」
「仕方ないな……今から予約して間に合うの?」
「もう予約済みだよ~」
「提案じゃなくて、最初から決まってたんじゃん。強制じゃん」

 そんな彼女の強引な提案により陶芸教室へ行くことになった。

「まぁね~。これもコウ君にスマホを買ったらと提案してもらったお陰! 予約もスマホでちょちょいのちょーいだよ」
「俺は自分で自分の首を絞めたわけか……」
「でも、スマホは買って良かったよ。うち、固定電話あるんだけどね、いっつも知らない人からかかって来るから苦手で」
「知らない人って?」
「何かの勧誘とか、詐欺とか」
「……詐欺はやばくない?」
「ヤバイよねぇ。だから私は固定電話はおばあちゃんに任せてる」
「おばあちゃんもヤバイのでは?」
「おばあちゃんヤバイんだよ~。この前も詐欺の人と長電話してた」
「は?」
「詐欺の電話って分かってるのに、のらりくらりと分からないフリして長電話して、おちょくるのが好きなの、おばあちゃん」
「あのおばあちゃんが!?」

 彼女と初めて会った時に彼女の祖母にも会ったけれど、杖をついた上品そうでおっとりしてそうなおばあさんだったのに。意外過ぎる。

「この前は役所を騙った還付金詐欺だったんだよ。私は横で聞いてたんだけど、相手の人は普通に真面目そうな声の男の人でね。役所からの電話なのに、その電話は南半球からかかってきてたの」
「……海外?」
「そう。うちの固定電話って電話番号出るんだけど、国番号が出て調べたんだ。色んな詐欺があるんだねぇ」
「怖……っ」
「おばあちゃんが言うには、還付金詐欺の場合は銀行に誘導されるんだって。銀行口座に還付するので、銀行のATMで手続きしてね、って言われて、スマホでやり方教えますからって言われて、ATMに着いたら『ではまずは振込ボタンを押してください』ってスマホで指示されるらしい」
「それでどうなるの?」
「あれ? おかしいのに気づかない?」
「何が?」
「還付金なのに振込ボタンっておかしいでしょ~」
「……あ」

 還付金は戻って来るお金なので、確かに振込ボタンはおかしい。振込ってことは、逆にこちらがお金を振り込むことになってしまう。

「でも、おかしいのに気づかない人って多いんだって。指示された通りすれば還付金が戻って来るって思い込んでるから、言われた通り振込ボタン押して、逆にお金振り込んじゃうらしい」
「わぁ……」
「電話の相手が真面目そうな人だと、余計に気づかないよね」
「おばあちゃん詳しいね……」
「還付金詐欺、今回が初めての電話じゃないみたい。前に試したらしいから」
「え」
「役所が電話で還付金しますよって言うわけないのに、還付してくれるってんなら、どんなやり方が調べてみようと騙されたフリしてATMまで行ったんだってさ。振込ボタンって言われた時点で、『振込は還付じゃない』って相手に言ったら電話が切れたらしい」
「そこで気づけたおばあちゃん、すごっ……」

 そんなことを言いながら、さっそく家に帰ったら別の家に住む祖父母に注意喚起しなければと思った。念のため、両親にも。

 彼女の祖母の意外な一面を見た。


 ● ● ●


 それから二日後の日曜日の十時半。
 『桜ヶ丘珈琲』で待ち合わせした僕らは、バスに乗って駅を目指した。駅で彼女が食べたいと言ったピザで早めのランチにして、その後再びバスに乗る。

 昼の一時前に陶芸教室に着いた。その日の陶芸教室には、僕らの他に三人のお客さんがいて、計五人の初心者が器を作る。

「私はおばあちゃんに湯呑、あとマイカップを作りたい。あと時間があったら皿も」
「俺はどうしよう。カップはお揃いにするって言ってたよね?」
「うん。お兄さん用のも作るのはどう? カップを三人でお揃いにするっていうのは?」
「良い事言うね。そうする」

 彼女は兄がこの世にいないことを知っていても、こういう提案をしてくれるところが気に入っている。

「カップに取っ手も付けようよ。取っ手はちょっと変わった感じにしない?」
「いいけど、変わったって例えば?」
「うーん……猫の尻尾とか猫の顔とか猫の耳を付けるとか?」
「何で全部猫?」
「可愛いでしょ。取っ手じゃなくて、ふちに猫耳を付けるのでも可愛いかも。――うん、それがいい。そうしよう」
「はいはい」

 彼女の決定には素直に頷くことにする。

 その後は教室の先生に教えてもらいながら黙々と作業をする。
 ろくろの上の粘土を手で形成し、ろくろを回しながら形を整えていく。

「結構難しいね~」
「左右対称になってない気がする……」
「コウ君、ここヒビあるよ」
「わ……ヤバイ」

 互いのを見比べつつ、カップのふちに猫耳が付いたカップが三つ出来上がった。カップの裏には、彼女は『サヤ』僕は『コウ』兄用は『ヒロ』と入れた。兄の名は紘生(ひろき)なのだ。

 その後、彼女は祖母用の湯呑と皿を二つ、僕は両親用に皿を二つ作った。模様も入れたので、出来上がりが楽しみだ。

 ちなみに、焼いたり諸々で出来上がりは約二ヶ月後らしく、家に届くことになっている。

 体験者全員、満足気な顔をして教室は終了した。

 彼女と帰路に着きながら会話する。

「楽しかったでしょ」
「そうだね。思ってたよりは」

 なかなか楽しかった。いつかまたやってもいい、と思えるほどに。

「コウ君は好きだと思った。絵を描くのが好きなんだもん。小学校の頃、図工とか好きじゃなかった?」
「……好きだった」
「やっぱり」

 あはは、と彼女は笑う。確かに絵を描くのだけでなく、工作とかも好きだった。僕は分かりやすいのだろうか。

「うちに届くのが楽しみだね~」
「うん」
「届いたら、写真撮って送ってね。私も送るから」
「分かった」

 なかなか楽しい一日だった。
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