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11 彼女の家族

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 海斗は笑みを彼女に向けた。

「こんにちは、コウの彼女さん」
「……彼女?」
「海斗、違うって言っただろ。――サヤ、俺の従兄弟の海斗。ここのカフェの息子」
「ああ、なるほど。――こんにちは、サヤです」

 彼女は笑みを浮かべて海斗に答えた。どこか外向けの笑顔のように見える。

「ええ~、本当に彼女じゃないの?」
「違いますよ。コウ君は友達だから」
「なんだ、残念……じゃあ、俺の彼女にどう?」
「なに言ってんの、海斗……」
「だってサヤちゃん可愛いもん。サヤちゃんって何歳?」
「今は十六歳。でも今年十七歳になるよ」
「なんだ、同い年じゃん! 俺と付き合うのにちょうどいいと思わない?」
「うーん、私、今は彼氏いらないんだ。ごめんね」
「え~……」

 海斗の軽い会話にも彼女は笑顔で答えている。海斗の扱いに困っている様子はない。

 僕は立って海斗の背中を押した。

「はいはい、もういいでしょ。海斗はちょっとこっち」
「えー、なんでだよー。――サヤちゃん、また今度~」

 海斗が手を振り、彼女が笑みを浮かべたまま手を振り返している。

 二階のバルコニーから屋内に入った。屋内には客が少ない。

「今日の部活は?」
「今日はミーティングだけだったから、もう終わったんだ」
「どうりで早いと思った。だからってサヤは彼女じゃないんだから、からかいに来ないで」
「ちょっと様子見に来ただけじゃん~。コウがイチャイチャしてるって父さんが言ってたから」
「してない」
「で、どうなの? 今は彼女じゃないにしても、もうすぐ彼女になるとか?」
「ならないよ。友達だって」
「ふーん……。じゃあさ、コウに彼女はいないって言ってもいい?」
「いいけど……誰に?」
「同じクラスのあの子」

 海斗はクラスメイトのある女子の名前を出した。

「別にいいけど……どうして俺に彼女がいないとかその子に言う必要があんの?」
「そりゃあ、コウに気があるからでしょ。帰り際にコウに彼女がどうたら~って言ってたのが聞こえたらしくてさ、コウに彼女がいるのか聞かれたんだよね」

 まさか。あの子が俺を気にしてるなんて。
 高校二年ともなると、周りは恋人がいる子はまあまあいる。目の前の海斗だって、短い間だったけど数ヶ月前に付き合っていた彼女がいた。しかし、自分には遠い話だと思っていた。

「あれ、気になっちゃった?」
「……ううん、気になってない」

 驚いたけれど、クラスメイトのあの子と自分がどうにかなる未来など想像できない。それどころか、ちょっと困るとも思ってしまった。
 まだ海斗が適当に言っているだけの可能性もあるし、あの子から何も言われてもいない中でこう思うのは失礼なことだとは思うけれど。

 元々僕は絵ばかり描いているような人間だし、今は自分以外に時間を割きたいと思えるほど人間ができていない。そんな中に余命僅かなサヤという兄と重ねてしまう人物が現れ、僕の思考の隙間に入り込んでしまった。
 現状、僕に抱えられるのはこれが精一杯なのだ。

「なんだ、気になんないのかー。サヤちゃんっていう可愛い子が横にいれば、友達枠でも楽しいっていうのは分かる」
「そういう意味はないよ」
「分かった分かった。でもサヤちゃんってこの辺の子じゃないよね。おしゃれだし東京の子なのかな」
「……たぶんね」
「ふーん。――まあいいや。あの子には適当に答えとく」
「うん、まかせる」

 海斗は「じゃあ、ごゆっくり~」と告げて去って行った。

 僕はバルコニーの彼女の隣の席に戻る。

「従兄弟さん、帰ったの?」
「うん。ごめん、煩くして」
「いいよ~。彼、背が高いね」
「うん、バスケ部だからかな。違うかもだけど」
「バスケ部じゃなかった頃は背が高かったの?」
「小さい頃は俺と同じくらいだった気がする。小学校の時にバスケ部に入ってから、めきめきと伸びてたな」
「バスケ部に入ったから伸びたのか、伸びたからバスケ部に入ったのか」
「卵が先か、鶏が先か」

 ただの連想ゲームになっている。
 青空は夕焼け色に染まり始めた。彼女はそんな外の景色をぼーっと見ている。

「……確かにサヤはおしゃれだよね」
「ええ? 急に何?」
「さっき海斗が言ってたから。でも俺もその意見には同意」

 今日の彼女は、ギンガムチェックのワンピースに白いカーディガンを着て、セミロングの緩く巻いた髪を片耳にかけて薄く化粧もしている。いつも彼女は誰かに見られても問題ない格好で武装している、という風にみえる。

「ああ、服とか髪とか化粧とかがそう見えるってことよね。……まあ、それはそうかな。なかなか習慣って変えられないよね」
「習慣?」
「うちのママってさ、娘に理想があるの。『私の娘は当然可愛くないとね。髪の毛は巻くと可愛い。化粧するとさらに可愛い。あなたにはワンピースが似合うわ。やっぱり男の子にモテるのね、さすが私の子だわ~』ほぼ毎日そんな感じ。私も言われるとやらなきゃって思うでしょ。二年以上そんな生活してたから、今では自然と化粧したりオシャレしたりして家を出る習慣になっちゃったな」
「オシャレするのは嫌いなの?」
「うーん……もうそれが普通だから嫌いってほどではないけど、自分じゃないことは分かるから、東京にいる時は苦しいと思ったことはあるよ」

 彼女はよく『自分じゃない』『本当の自分を思い出せない』というような言葉を使う。そこにはどういう意味が隠れているのだろうか。

「もう東京には戻らないの? ご両親がこっちに来るとか?」

 彼女は病気なのだから、両親が心配しているだろうと思っての発言だったのだが。

「ううん。パパもママも来ないよ。こないだ死んじゃったから」
「……えっ」
「四月の末に高速道路で大型バスが横転した事故があったの知らない? 全国ネットになったみたいだし、こっちでもニュースになったと思うんだけど」
「……そういえば見た気がする」

 うっすらとそんなニュースを見た記憶はある。東京行きの長距離バスが大雨の中ガードレールか何かに接触して横転したとか。数名亡くなった人がいるとニュースになっていた。

「四月にうちのおじいちゃんが亡くなってね、そのお葬式のためにこっちに戻ってきたんだ。お葬式に出て、でもパパが仕事だから早めに帰らなきゃってことで、私たちはバスに乗ったの。たまたま長期連休だからか分からないけど新幹線に乗れなかったんだよね。私はバスの中ですぐ寝ちゃったんだけど、気づいたらバスが事故っててパパとママは血だらけだった」
「……」
「ああいうのって座る位置で運命変わるよね。パスは混んでて家族バラバラに座ってたんだけど、亡くなったのはパパたちが座っていた近辺の人たちばかりだった」

 彼女は来ていたカーディガンを脱ぐと、左腕にしていた包帯を外していく。そして丸見えになった腕の側面を見せてくれた。そこには、十センチほどの縫ったような痕があった。

「私が怪我したのはこれだけ。ガラスで切っちゃっててね。縫ってるけど、そんなに深くはないから、もう痛くはないんだ。でも、こういう傷って生々しいっていうか、みんな気にするでしょ? だから普段は隠してる。でも半袖着てても上からカーディガン着ると今の時期って暑いよねー」
「……カーディガンじゃなくて、アームカバーみたいなのにしたら?」
「……? 何それ」
「母さんが日焼けするからって、この時期二の腕までの手袋みたいなやつしてるよ」
「……ああ、そういうの見たことあるかも」

 何も言えなくて、変なアドバイスをしてしまう。

「あれって黒色とかダークな色が多いよね? あんまり好きじゃないなぁ」
「好みじゃないものを無理にしろとは言わないよ。――お姉さんもその事故で亡くなったの?」
「ううん。お姉ちゃんは私が十四歳の時に別の事故で死んだの」

 あまりにも驚いて、彼女に何を言っていいのか分からない。彼女は両親と姉を亡くし、自分も病気になってしまったのだ。

 そんな彼女は淡々と話をしている。僕の方が動揺がすごい。

 僕の中で整理がしたくて、この話は持ち帰ろうと思い、別の話を振った。

「そういえば、さっき海斗にサヤはまだ十六歳って言ってたけど、誕生日はいつ?」

 それまで淡々と、むしろ笑みさえ貼り付けて話していた彼女の笑顔が固まった。しかし、それは一瞬で、すぐに笑って口を開いた。

「十二月二十二日だよ。コウ君は?」
「俺は五月五日」
「こどもの日! 過ぎちゃったなぁ。せっかくだから、今度何か奢るよ」
「いいよ、気にしなくて」

 両親の死は淡々と話すのに、彼女の誕生日を話す時の動揺は何なのか。この時の僕は想像もできずに首を傾げただけだった。
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