上 下
1 / 33

01 幽霊のような彼女との出会い

しおりを挟む
 高校二年の六月終わりの金曜日、六時間目の授業が終わった後に誰かが言った。

「なぁ、駅前の期間限定のお化け屋敷、今日かららしいよ。行ってみたくない?」
「え~、お化け屋敷~?」
「いいね! 来週は行けないし、行くなら今日だろ!」

 ノリの良い男子の返事、渋るような返事をしながらも表情は乗り気の女子、そんな様々な会話が僕――北原航輝(きたはらこうき)――の周りで交わされている。

 来週から七月となり始まるのは期末試験だ。普段は部活に入っている人も、今日から放課後の部活は試験休みのところが多い。本来なら帰って試験勉強をしなければ、というところであっても、様々な部活の休日が同日になることは少ないから、今日はみんなで遊びに行こう、という気になるのは分からなくもない。

 わいわいと楽しそうに会話する彼らは、終礼のために担任の先生が教室に入ってきたところで自席に着席した。

 来週から始まる期末試験の説明など担任から色々とあり、最後に挨拶と共に帰宅を許される。

「コウ! お前も行くよな、お化け屋敷」

 同じクラスの深沢海斗(ふかざわかいと)が斜め後ろの席から言った。彼は僕の従兄弟でもあって普段はバスケ部なのだが、部活は例に漏れず本日は試験休みだ。これから遊びに行くことを楽しみにしているようにニカッと笑っている。

「俺はいいや。先に帰ってる」
「え~、航輝くん、行かないの? いつもやる気ないんだから~」

 海斗の向こう隣に座っている女子が不満そうに言う。お化け屋敷にやる気とは何なんだ。
 海斗が取り持つように笑った。

「分かった分かった! まあ、大人数で行っても全員いっぺんには入れないだろうしな。コウは先に帰ってて~」
「うん。じゃあね」
「おう! ――ところで、何人行ける?」

 海斗が仕切ってお化け屋敷へ一緒に行くメンバーを数えている間に、僕は教室を出た。あの感じだと、お化け屋敷メンバーは十人以上集まりそうだなと思いながら、学校から出て帰路に着く。

 僕が通う高校は高台――といっていいのか分からないが、海抜四十五メートルにある土地――に存在する。海から内陸五キロ地点に大きい最寄り駅があり、海斗たちはその近くのお化け屋敷へ行こうとしているのだ。最寄り駅も高台の中にある。

 土地自体が高台なこともあって、なだらかな坂道が多い。僕の家は高台の上にさらに丘になった『桜ヶ丘』という場所にある。そのため、上り坂を考えれば自転車に乗って通学する気にはなれず、徒歩通学だった。

 ニ十分ほど歩き、桜ヶ丘にある『桜ヶ丘珈琲』というカフェに立ち寄った。ここはオシャレなカフェと有名で、春になると桜が有名な公園が近くにあることもあり、わざわざ地方から客が立ち寄る店でもある。

 カフェに入ると、カウンターに寄った。男性の店員が笑みを向ける。

「コウ、お帰り」
「ただいま。今日はアイスコーヒーがいいな」
「わかった」

 『桜ヶ丘珈琲』は海斗の両親が開いている店だ。僕の対応をした店員は叔父であり、海斗と僕の母同士が姉妹なのだ。僕はほぼ毎日ここに立ち寄って帰るのが日課で、一日一杯だけ飲み物を無料で提供してもらえるという甥っ子特有のサービスを有難く享受している。二杯目以降は有料だけど。

「海斗はどうした? 今日は試験休みで部活はないって言ってたんだが」
「駅前のお化け屋敷に行くって言ってたから置いて来た」
「あいつは試験休みの意味を分かっているのか?」

 ブツブツ言う叔父からアイスコーヒーとリュックを受け取り、賑わっている一階の店内を通り、店の中央にある階段から二階へ上がる。そしてバルコニーへ出た。

 『桜ヶ丘珈琲』が人気なのは景色が良いことも理由だ。丘にあるため、バルコニーからは下に広がる家々と空と自然を確認できて眺めがいい。昼間は遠くにある海まで見えるし、夜は夜で家や道路の灯りが暗闇に浮かんで綺麗に見える場所だった。

 一階は店内もバルコニーの席も賑わっていたけれど、二階の客はまばらだ。バルコニーの柵寄りにある一番眺めのよい場所の席に座った。ここは僕の定位置でもある。

 この日は六月末でそこそこ暑い日だった。
 しかし、この街は海から来る風が強めなので、バルコニーにいれば体感的には涼しく感じる。夏至が過ぎたばかりで夕方四時半なので、まだまだ明るい。

 叔父から受け取ったリュックからスケッチブックとタブレットを取り出した。
 リュックは毎朝ここに預けて学校へ行っている。叔父は部活が休みなのに試験勉強をしない海斗のことをブツブツ言っていたが、僕だって今日は別に勉強をする気はなかった。

 スケッチブックを開いてテーブルに置き、タブレットでお絵描きアプリを開く。アプリの真っ白のキャンバスに好きに描いていく。本当は左利きの僕だけど、すでに描きなれて等しい右手ですらすらとペンを動かす。
 これが僕の平日の日課であった。

 絵を描きながらも、海斗が帰ってきた時のことを考えた。間違いなく今日のお化け屋敷体験を口から垂れ流すに違いない。

 ……聞きたくない。何でお化け屋敷にわざわざ行く? 遊園地でもあるまいし、期間限定のお化け屋敷って何だよ。

 従兄弟の海斗も知らないことだが、僕は怖いものが苦手だった。幽霊なんて嫌いだし、わざわざ恐怖心を煽る場所に行って何が楽しいのか分からない。

 お化け屋敷に行くのを断ったのは、単純に怖いからだった。もし行ったなら、間違いなく気絶しているに違いない。そんな情けない姿をクラスメイトに見せられるはずもなく、お断り一択となってしまった。

 今日行く場所が映画とかだったら行ったのに。僕のクラス全体の仲は良い方で、体育祭などの行事はクラスで盛り上がる。部活に入っておらず無気力気味の僕でも、行先がお化け屋敷でなければ行きたかった。

 ……お化けはお化けでも、兄ちゃんなら出てくれてもいいんだけどな。

 僕には四歳年上の兄がいた。半年前に病気で死んでしまったけれど。
 小さい頃から兄の後を付いて回り、兄っ子だった僕の喪失感はまだ消えない。悲しんでばかりいると兄に怒られるので、もう泣くことはないけれど。

 やはり兄には再び会いたいと思ってしまう。

 ……お化けの兄ちゃんってどんな感じ? やっぱり……足がなかったりする?

 幽霊は足がないと聞いたことがある。本当だろうか。足が透けて宙に浮く兄を想像してみる。
 ぞぞぞっ。鳥肌が立った。

 ……ごめん、兄ちゃん! できれば地に足をつけてから会いに来て!

 弟思いの兄の事だ。きっと僕を怖がらせないように来てくれるはず。小さい頃、怖がりの弟のために夜中のトイレに付いてきてくれていた兄を思い出しつつ、ひたすらに絵を描く。

「ねぇ、これって自画像?」

 急に話しかけられ、ビクっとして声がした左側を向いた。思ったよりも近距離に立つ女性。

「わぁぁあああ……!?」

 いつの間にか外はずいぶん暗くなり、やけに白い女性がじっと僕を見ている。

「ゆ、ゆーれい……っ」
「……幽霊? ――あははっ、私まだ死んでないよ~」

 半袖の真っ白なシャツワンピースに、シャツに負けていないほど真っ白な腕。左腕には包帯を巻き、緩く内に巻いたセミロングの黒髪が風に揺れている。日本でよく聞く少女の幽霊のように見えた。身体がボウッと浮き上がって見える。

 血の気が引く思いでチラっと彼女の足元を見た。足は……ある。スニーカーを履いていた。

「まだ疑ってる? 足あるよ。ほらほら~、幽霊じゃないって~」

 彼女はかかとを地面に付けたまま、片足のつま先をダンダンと地面を叩いてみせた。

 確かに彼女は幽霊ではないらしい。生身の人間だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

好きだけど、一緒にはなれません!! 転生した悪役令嬢は逃げたいけれど、溺愛してくる辺境伯令息は束縛して逃がしてくれそうにありません。

みゅー
恋愛
辺境伯の屋敷でメイドをしているアメリ。地枯れという呪術により、その土地から離れられない運命を背負っていた。 ある日、ずっと好きだった雇い主の令息であるシメオンを体を張って守ったことで、アメリは大怪我をする。 そして、怪我の治療で臥せっているあいだにアメリは自分の前世を思い出す。そして、目覚めた時にハッキリと自覚した。 私は乙女ゲームの中に転生している!! しかも自分はとある伯爵の娘であり、後に現れるゲームのヒロインをいじめるライバル悪役令嬢であった。 そして、もしもヒロインがシメオンルートに入ると自分が断罪されると気づく。 アメリは断罪を避けるべく、ヒロインが現れたら潔く身を引くことを決意する。 そんな中、ついにヒロインが現れシメオンに興味をもつようになり…… だが、シメオンは何故かアメリに執着しアメリに対する好意を隠そうともしない。そんなシメオンにアメリは困惑するのだった。 アメリは断罪を避け呪術から解放され幸せになれるのか?! 運命に抗う悪役令嬢のラブストーリー。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

【完結】あなたの理想の妻にはなれません

紫崎 藍華
恋愛
結婚してから夫から監視されるような厳しい視線を向けられるようになった。 どうしてそうなったのか、判明したのは数日後のこと。 夫から現状のままではダメだと言われ、理想の妻になるよう求められたのだ。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

お幸せに、婚約者様。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...