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第1章

73 再会 ※流雨(兄(仮))視点

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 馬車に乗り、目的もなく馬車を走らせる。外に出てきたものの、他人の体に入ってしまった手掛かりなど、どこで探せばいいのか、さっぱりだった。馬車から窓の外を眺める。その時見た風景に、何かの違和感を感じた。何が違和感だった? と考えるが分からない。それからも馬車を走らせ、今度は看板が目に入った。あれは――。

「カップ麺?」

 いやいや、この世界にはカップ麺はない。記憶からそれは分かる。しかし、あれは紛れもない『カップ麺』の看板である。違和感の正体はこれだったかと慌てて馬車を止め、アルベルトを連れてその看板の下までやってきた。

「アルベルト、あの看板に書いてある文字、読めるか?」
「あれですか? ……何かの記号ですか? 帝国語ではないようですが」
「『カップ麺のことを知りたければ三番街へ』と書いてある。日本語をローマ字でな」
「ニホンゴ?」
「三番街へ行くぞ」

 そこからそう遠くない三番街の通りへやってきた。ここでカップ麺のことが知れるとは、どういうことだ。そして三番街の脇にある小さな道を進んでいくと店があり、そこにもカップ麺の看板。ちょうど開店している時間帯のようなので、流雨とアルベルトは店に入った。

 店の中には子供が二人いた。受付のようになっていて、子供がニコっと笑った。

「いらっしゃいませ! 何か御用でしょうか!」
「カップ麺のことが知りたいのだが」
「はい! では、この紙に記入をお願いします!」

 元気よく紙を渡され、そこに書いてある文字に驚く。帝国語と日本語で別々の事が書いてある。その日本語の方の質問『日本語で記入をしてください。あなたの日本名を記入してください。(漢字名とふりがな)』の方に流雨は答えを記入した。それを子供に渡す。

「えっと……はせがわるう、だって! ディーどお? リストにいる?」
「は・せ・が・わ・る・う……はせがわるう! ヴィー、いたよ!」

 ぱあっと子供二人は笑いあい、「今ならお嬢様帰ってるよね!」と二人は頷き、男の子が何かを取り出した。

(……無線機?)

 この世界にないはずの無線機が、なぜかここにある。ネットの無線ではなく、送信機と受信機がセットになっている無線機。それから子供たちは無線機で何かをやり取りし、「しばらくお待ちください!」と元気よく言われたため、流雨とアルベルトはそのまま店で待った。それから店の裏扉が開き、店の中に入ってきた人物を見て、流雨は驚いた。もう二度と、見ることはないと思っていた紗彩。化粧も恰好も、普段流雨が見たことのない姿だけれど。

「紗彩?」

 驚きと共に、受付の紙を確認した紗彩が声を上げた。

「――っ、るー君」

 紛れもない愛しい紗彩の声に、流雨は思わず紗彩を抱きしめた。

「こんなところで紗彩と会えるなんて!」
「――っ、どーして、るー君、死んじゃったのぉ!」
「ごめん……」

 泣きじゃくる紗彩を強く抱きしめる。こんなことで泣かせたくなかったのに。

 それから、紗彩の後ろにいた男に店の裏側の部屋に案内された。この部屋には紗彩の後ろにいた男とアルベルト、そして流雨と紗彩がいた。流雨はもう今しか紗彩を抱きしめる時間はない気がして、紗彩を膝に乗せて座っていた。部屋には紗彩の泣き声だけが響いていたが、泣きはらした顔で紗彩が顔を上げた。

「よ、よりによってルーウェン・ウォン・リンケルト! あぁ! るー君がなんて姿にぃ」
「ははは、ごめん」
「香りも、るー君じゃない……るー君の良い香りがしない」
「あー匂いね。紗彩は俺の匂い好きだったよね」
「うん。大好きなの……」

 また紗彩は泣き出し、流雨に抱き付いてくる。流雨からは、いつもの紗彩の温もりと香りがする。でも、この愛しい存在といられるのも、ここまでなのだろう。

 それからしばらくして泣き止んだ紗彩は、顔を上げずに流雨に抱き付いたまま、話を始めた。神からの指令で、紗彩は地球の死人の魂を回収する仕事をしていること。このまま流雨を回収しなくても、いずれ、強制的にルーウェンの体から流雨の魂が剝がされること。

 なるほどと思った。実海棠が帝国の紗彩のことを話したがらない理由。話せるはずないのだ、神だとか魂回収だとか異世界だとか、そんな辛い仕事をさせられる紗彩のことは誰にも話せるはずがない。

 顔も上げられない紗彩は、きっと抵抗しているのだ。仕事はしなくてはならない、でも流雨の魂を回収したくなくて、悲しんでいる。

 しまったな、と今更ながらに後悔する。紗彩が可愛くて愛おしくて、流雨だけを見て欲しいと思っていた。流雨なしでは生きていけないと思って欲しくて、思いっきり甘やかした。たとえ流雨がどんな人でも、流雨がいいのだと、流雨しかいないのだと、紗彩の頭の中を流雨でいっぱいにしたいと思っていたけれど。流雨が受ける因果応報が紗彩を悲しませて泣かせることになるとは、思ってもみなかった。こんなことなら、紗彩を可愛がるのは普通レベルで留めるべきだった。後悔しても、今更遅い。

 紗彩がそっと顔を上げた。

「今日は……るー君の魂を回収する勇気がでないの……。明日、明日なら……」
「わかった。明日、またこの時間にここに来るよ」

 くしゃっと顔をゆがめ、紗彩はまた流雨に抱き付く。こんな時なのに、最後だとしても、明日また紗彩を抱きしめられるかと思うと、それだけは嬉しくなる。

 それから少し紗彩を抱きしめていたけれど、流雨はアルベルトを連れて店を出た。紗彩も心を落ち着かせる時間が必要だろう。

 馬車まで戻る間、考えることは紗彩のことだけだった。最後に少しは紗彩の心を軽くできる言葉でも言ってあげられればいいのだが――。

 そんな考え事をしていて、前から普通に歩いてきてぶつかってきた男に気づくのが遅れた。一瞬だけ男と目が合うと、男は憎悪の瞳を流雨に向けていた。男とぶつかった時に感じた、腹に走る痛み。腹には鋭利な刃物が刺さっていた。

「ルーウェン様!」

 崩れ落ちる流雨は、アルベルトの声がだんだんと遠くなるのを感じていた。
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