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第1章

60 父の娘は招かれざる客

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 週末。
 私は家にやってきた来客に困っていた。来客は、メイル学園で同じ学年である、ヴェラ・ウォン・ノイラート伯爵令嬢である。私の元婚約者の浮気現場へ、それを見せるために私を連れて行った令嬢である。実は彼女は、血縁的には、私の妹にあたる。つまり、父が同じなのである。

 ヴェラの父であるノイラート伯爵は、元は母の恋人だった。結婚の約束もしていた。ノイラート伯爵はノイラート伯爵家の次男だったが、伯爵の跡取りであった兄が急死し、両親の強い希望で次男が後継者に収まることになった。しかも、兄の婚約者だった人と結婚することも決まり、ノイラート伯爵と母は泣く泣く別れることになったのである。

 別れた時は、ノイラート伯爵は母のお腹に私がいるとは知らなかったらしい。ノイラート伯爵は両親の言うとおり、兄の婚約者だった人と結婚し、すぐに娘のヴェラを授かった。そしてしばらくしてから、私という存在がいることを知ったらしい。それをノイラート伯爵の妻が知り、母のところに奇襲してきたらしいが、私は赤ん坊だったので、覚えてはいない。

 母はノイラート伯爵が私の父だと教えてくれたが、世間には母は私の血縁上の父がノイラート伯爵だとは明言していない。だから世間的にはノイラート伯爵は他人、ということにはなっているが、公然の秘密なのだ。つまりみんな知っている、ということである。

 そして、当然ヴェラも知っており、私とは同じ伯爵家同士で敵対心があるのか、いつも対抗してくる面倒な人である。そして、何か得をしたい時に限って、血縁を持ち出してくるずうずうしい人でもある。

「化粧水と美容液が無くなりそうなの。ちょうどここを通りかかったものだから、いただいて行こうかと思って」
「ここにはありません。店舗の方へ行かれてください」
「使用人に命じて持ってきてもらえばいいでしょう!」
「うちの使用人は忙しいんです。私も忙しいので、帰ってもらえますか?」
「なによ! じゃあ、あなたのでいいわ! あなたも化粧水と美容液を使っているのでしょう。それを持ってきて!」
「……」

 何を言っているんだろう、この人。

「……私の使っている最中の化粧品を使いたいと?」
「使いたくないわよ! でも、仕方ないでしょう、あなたが店舗から持ってこないというから!」
「店舗にはあるんですよ。店舗に買いに行けばいいのでは?」
「あそこの化粧品、高いのよ!」
「……」

 うん、まあ、高い値段を付けていますよ。だって贅沢品ですもの。
 うちは上位貴族向けの化粧品店と、平民から下位貴族をターゲットとした化粧品店を二店舗経営している。特に上位貴族向けの化粧品は値段を高めに設定している。

「今月はもう何かを買う余裕がないの! だから、たまには私に化粧品を融通してくれてもいいでしょう! 縁戚なんだもの、ケチケチしないで!」
「ヴェラ嬢が購入されている店舗ではなく、もう一つの店舗の化粧品を購入されては? あちらはお得な価格帯なので……」
「私に化粧品のランクを落とせっていうの!? ひどいわ! よくもこんなヒドイ仕打ちができるわね! あなたには心ってものがないの!?」

 頭がくらくらする。どうしよう、会話をしたくない。これだから、私は社交が苦手なのだ。
 うちの化粧品は、下位貴族をターゲットにした化粧品も、すごく良い物なのだ。なのに、価格が下がるというだけで、悪い商品扱いをするヴェラが失礼である。

「つまり、高級な化粧品は欲しいけど、支払いはしたくないと」
「今回は縁戚のよしみで無料で提供してと言っているの。だいたい、いつも化粧品を使ってあげてるんだから、少しは感謝したら? 本来なら、あなたから使ってくださいとお願いするべきよ」

 いくら異母姉妹とはいえ、世間的には縁戚ではないし、ノイラート伯爵夫人もヴェラも、普段は縁戚とは認めていないでしょうに、こういう時ばかり縁戚を前面に出してくる。

 何を言っても理解できない理屈で返されそうなので、もう化粧品を渡して帰ってもらおうかとしたとき、部屋にユリウスが入室してきた。

「これはヴェラ嬢。何か御用ですか?」
「あ、あら、ユリウスさま、いらっしゃったの……」

 今まで上から目線で私に話をしていたヴェラは、急にお淑やかを装った。

「姉様はこれから予定があるので、僕がヴェラ嬢の話を聞きますよ」
「え、えっと。化粧品をサーヤ嬢にいただく予定で……」
「なるほど。では僕がその化粧品をお渡しします。支払い書はノイラート伯爵へ届けますね」
「え!? いや、あの……」
「ヴェラ嬢はお帰りになって結構ですよ。化粧品はすぐに屋敷に届けさせましょう。支払い書もノイラート伯爵へお渡ししますので、ヴェラ嬢は屋敷でお待ちください」

 わなわなとヴェラは震えていたが、急に立ち上がった。

「化粧品は、今日は結構よ! もう帰るわ!」

 ヴェラは本当に帰っていった。私はほっと息をつく。

「ありがとう、ユリウス。私の生気が奪われている最中だったの……」
「間に合ってよかったです。帰ってきたらライナがヴェラ嬢が来ていると言っていたので、姉様は戦いに敗れていないかと慌てて来たんです」
「当たりよ。敗れる寸前だったわ……」

 ぐだっと隣に座るユリウスの膝に横になる。

「何で急に化粧品強奪に来たんだろう……」
「噂では、ヴェラ嬢は買い物をし過ぎてノイラート伯爵に叱責されたのだとか。たぶん、しばらく散財禁止令でも出ているのでは?」
「もう……、こちらにその巻き添えを食らわせないでほしいわ……」

 持つべきものは、理解のできない人を散らしてくれる、頼もしい弟である。ユリウスに感謝するのだった。
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