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第1章

24 兄と兄(仮)

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 流雨からの電話に出る。

「もしもし!」
「紗彩。帰ってきたんだね。声が聞けて嬉しいよ」
「私も!」

 久しぶりの流雨の声に、自然と笑みが出てしまう。

「今日夕食を一緒にどうかと思って電話したんだ」
「え、本当!? 一緒に食べる! 今日、お兄様もまーちゃんも夕食一緒にできないって聞いて寂しかったの」
「それはちょうどよかった。じゃあ、夕食前に迎えに行くよ」
「あ、ううん。それがね、今日学校行くんだ。だから、終わったらるー君の会社まで行ってもいい?」
「いいよ。……学校から会社まで来られる? 学校から来た事あったかな?」
「行けるよぅ。学校からは行ったことないけれど、うちから行ったことはあるもん」
「………………タクシーに乗っておいで」
「地下鉄で行けるよ!?」

 なんで地下鉄の出入り口傍のビルなのに、わざわざタクシーで行く必要があるんだ。

「うん、でも……紗彩失敗しそうだから」
「ひどい……ちゃんとスマホで検索していくもん」
「うん、紗彩ならできるとは思うけれど。もし検索しても失敗したら、俺と会う時間が少なくなるでしょう? 紗彩に会うのを楽しみにしているのに」
「う……分かったぁ。タクシーで行きます」
「そうしてくれると俺も安心だよ。じゃあ、またあとでね。気を付けておいで」
「うん」

 そこで流雨と電話を切る。

「迷子キャラが染みついている気がする……」

 タクシーで来い、というのは、迷子を心配してるからである。そこまで迷子にならないのに。
 時々反対側の電車に乗ってしまったり、間違って途中下車できない快速に乗ってしまったりするが、それは時々である。地下鉄で乗り換えできなくて、なぜかまた同じ地下鉄に乗ってしまうこともあるが、それも時々である。毎回じゃないのに、時々失敗するだけなのに、迷子キャラは解せない。

「まあいいや……。今度るー君に私の実力を見せる時まで温存しておこう」

 温存とは何を? と咲が呟く幻聴が聞こえたような気がするが、気を取り直して、兄の部屋、つまり二十八階にある社長室へ向かう。社長室の近くの廊下には、受付のお姉さんが座っていた。

「こんにちは。兄はいますか?」
「いらっしゃいます」
「ありがとうございます」

 兄の部屋のドアを勝手に開けると、椅子に座った兄が顔を上げた。

「食事は終わったのか?」
「うん。満足だよ」

 話しながら兄の横へ歩いていくと、机を向いていた兄が、椅子ごと私を向いた。そして、じっと私を見ている。なんだろう? と首を傾ける。

「……疲れた顔をしてるな。休んでいるのか?」
「休んでるよ」
「昨日帰ってこなかったのは、帰る気力もなかったからだろう」

 兄にはバレているようである。苦笑しながら、くるっと反対を向き、後ろ向きで兄の膝に乗った。すると、兄は私を抱え、私を横向きに座らせる。顔が見たい、ということなのだろう。

「死神業もいいが、オーバーワークは見極めないとダメだぞ」
「うん。今回は東京に戻る期間が一週間だから、少し頑張っただけなの。昨日たくさん寝たから大丈夫」
「紗彩は大丈夫、しか言わないからな。回収率は高いところをキープしているんだろう。少し落としてでも休む時間を作れ」
「うん、分かった」
「……絶対分かってないだろう」

 いやいや、分かってる。休む時間も適度に入れているのに、今回は東京に来る直前で魂の回収が重なってしまったのがいけなかったのだ。今度から、来る直前に回収するのは減らそう。

 兄はため息つきながら、また口を開いた。

「この話はまあいい。父さんが今回一緒に食事をしようと言ってるが、予定組んでいいか?」
「いいよ。そういえば、パパからまたたくさんチャット来てたな」
「少し返してやれ。でないと俺に面倒な連絡が来るから」
「東京に帰ってきた時は返してるよ。二百件に一回くらいだけど」
「麻彩が全然返さないみたいでな……」
「パパがチャット投げすぎなのよ。ほら見て、パパからのチャットの未読、九百二十一だよ? 二週間見てないだけなのに。パパってやっぱり暇なのかな」
「暇じゃないはずなんだがな」

 兄は面倒そうにスマホを確認している。いつ食事を一緒にしようか迷っているんだろう。

「まーちゃんのスケジュールも確認したほうがいいよ。今体育祭の準備で忙しいみたいだもの。私も今日の夕食一緒にできないって言われたし」
「あー、なんか、そんなこと言ってたな……」

 兄の胸に頭を付け、兄のスマホを一緒に見ていたが、ん? と思い、兄の胸に鼻を近づけた。

「……お兄様、香水変えた?」
「でたよ、犬。よくわかったな」
「犬だもーん。どこのだろ、これ? 私の知らないやつだ」
「なんか新しく出たやつらしいぞ」
「らしい? あ! お兄様、新しい彼女できたな!?」
「当たり。もらったから一応付けてみたんだが。紗彩の嫌いな香りか?」
「うーん、嫌いではないかな」

 兄の言うように犬のごとく、兄の香りをくんくんする。魂の探索を匂いでかぎ分けるからなのか、私は人の匂いを嗅いでしまうクセがある。嗅ぐと言っても、さすがに知らない人のまでは嗅がないが。

「今度は『会う時間を作ってくれない!』とか言われて、振られないといいね」
「……まあな」
「大丈夫! また振られても、私が慰めてあげる! 私はお兄様大好きだからね!」
「……ありがとう」

 苦笑気味に呟く兄に抱き付いた。兄は私の背中を手でポンポンとしながら、口を開く。

「そういえば、今日の夜は俺も夕食は一緒にできないからな」

 抱き付いていた兄から体を離し、私は頷く。

「うん、真木さんに聞いたよ。今日はね、さっきるー君から連絡あってね、一緒にご飯行くんだぁ」
「そうか。いっぱい流雨に甘えてこい」
「うん! えへへ」

 流雨と会うのを思い出し、楽しみで笑ってしまうのだった。
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