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42 夫を止められない

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 政務館でのパーティーの日、本邸で着飾って玄関ホールまで歩くと、そこには護衛騎士が数名いた。そのうちの一人はアダムである。アダムが私を見て、笑みを浮かべた。

「……夫人、今日も大変お美しいですね」
「ありがとうございます」

 アダムが私に手を差し出した。きっとここに手を乗せれば、挨拶として手の甲にキスをされるのだろう。ただ、先日アダムと仲良くなるなとルークに言われているため、あえて気づかぬふりをした。これはルークの不要な嫉妬をアダムに向けないために必要なことだ。

「今日は護衛を宜しくお願いしますね」
「……はい。お任せください」

 アダムは私の態度に何か思ったのか、すぐに手は引っ込めてくれた。

「……もしかして、俺が思っている以上に、上手くいっています?」
「え?」
「以前と夫人の様子が違いますね。前はまだ隙があったのにな。今は居場所を見つけたような表情をされています」
「居場所……確かにそうかもしれません。ルークがいるところが、わたくしのいるところですから」
「……ははは」

 アダムが私の言葉に乾いた笑いを返しているのを見ていると、ルークの声がした。

「アリス」

 玄関ホールにやってきたルークは、私を抱き寄せると、圧を掛けるようにアダムを怖い顔で見ている。

「アダム、アリスから離れろ」
「やだな、団長。夫人に挨拶をしていただけではないですか。狭量は嫌われますよ?」
「アリスは俺を嫌わない」

 強気の口調でルークはそう言ったのに、なぜか不安そうに私の顔をちらっと見ている。なんだかルークが可愛い。

「心配せずとも、俺はたった今諦めましたから。俺よりも、兄上に気を付けた方がいいかも? 今日、夫人が来られると聞いて、楽しみにしていたようなので」
「……は? 何で、ここでジョシュアンが出てくる?」
「何ででしょうね? さ、そろそろ出発しませんと、間に合わなくなりますよ」

 アダムの話に、勢いよく私を見るルークだが、そんな目で見られても困るのですけれど。ジョシュアンとはオキシパル伯爵のことだが、政務館で仕事をしていた時の後半に、お茶菓子を差し入れしてもらっただけの関係でしかない。

 アダムの言うようにパーティーに間に合わなくなると困るので、私たちは馬車に乗り込んで、本邸を出発した。ちなみに、私の侍女のリア、護衛のロニーは、私たちの後ろを走る馬車に乗っている。

 馬車を守る護衛騎士を窓から見ていると、ルークが口を開いた。

「どうしてジョシュアンがアリスが来るのを楽しみにしているんだ」
「どうしてでしょう? あ、あれかしら。オキシパル伯爵って意外と甘いお菓子が好きなようで、わたくしとお菓子の話で会話が弾んでから、よくお菓子を差し入れしてくださるようになりました。もしかしたら新規のお店でも開拓したのかしら。その紹介かもしれないわ」
「あいつは甘党だが、そんなことが理由とは思えない。アリスはジョシュアンに蹴りを見舞ったと言っていなかったか?」
「はい。でも、オキシパル伯爵はお優しくて、それで怒ってはおられませんでしたよ」
「それがそもそもおかしい……」

 ルークとアダムとオキシパル伯爵は、仕事と家門や身分からは、上司と部下にあたるものの、縁戚で年が近いため、昔から仲がいいようで、お互い性格なんかは知り尽くしているのだろう。幼馴染のように仲が良くてよいと思う。

「アリス、政務館では、俺から絶対に離れるなよ」
「……今日はご婦人方も多くいらっしゃるし、それは難しいのでは? 護衛にはロニーがついてくれますし、ルークが離れていても問題は――」
「絶対に、今日だけは離れては駄目だ」
「わ、分かりました」

 何がそんなに気になるのだろうか。私にも、女性同士の付き合いというものがあるのに、今日は諦めるしかなさそうだ。まあ、今日はドレスが豪華で少し重い上に、生活に筋トレを取り入れようとドレスで隠れて見えないブーツが重しを付加した特注で、エスコートなしで動き回るのは体力を使いそうと思っていたので、ルークが支えてくれると思えばいいのかもしれない。今日も筋トレのつもりでいたけれど、まあいいか。

 私と同様、パーティー用の服に身を包んだルークは、いつも以上に麗しい。ルークの横に並ぶのだから、侍女に念入りに支度を手伝ってもらったけれど、相変わらず私の目は、鏡に映る自身の顔がだんだんと歪んで頬がこけて見えだすので、正直色々自信がない。侍女は綺麗で素敵ですと言ってくれるのだけれど。私はそれを信じるしかない。

 もしかしたら、今日のパーティーにも、ルークの信者のような貴婦人がいるかもしれない。前世から、そういった女性の対応には慣れているため、負ける気はない。気合を入れるために拳を握っていると、ふと目の前にルークの顔があった。

「キスは駄目です!」

 慌ててルークの顔を手で止めた。ギリギリセーフ。

「嫌だ」
「今は駄目です! これからパーティーなのですよ。口紅が落ちます」
「口紅が落ちたくらいで、アリスの可愛さは無くならない」

 もう! 可愛いとか言われると嬉しいから照れるでしょう!

「ルークの唇に、口紅がうつるかもしれませんわ」
「いいよ」

 いいよ、ではない。

「今朝たくさんしたでしょう!? 今ではなくて、パーティーが終わるまで、待って――」
「待たない。今したい。……後ろの馬車に侍女が乗ってきているだろう。化粧道具は?」
「リアが持っていますが……」
「ではあとで化粧をしてもらえばいい」

 結局、防御していた手を退けられ、執務館に到着するまで、ずっとキスを続けられてしまった。後から知ったけれど、私たちがキスをしていたのは、馬車の外を守るアダムなどの護衛する騎士たちに見られていたらしい。恥ずかしすぎる。本当に勘弁してほしい。

 その後、政務館に到着し、私とルークは馬車に乗ったまま、侍女のリアを私たちの馬車に呼んだ。馬車のカーテンを閉め、リアに私の化粧を直してもらう。なんとなく察しているのか、リアは顔が赤いし、私は恥ずかしくていたたまれない。ルークだけが堂々としているけれど、ルークの唇にも口紅が付いていたため、これは私が取ってあげた。

 領主の馬車が到着したのに、領主夫妻がまったく出てくる気配がないにも関わらず、外で領主夫妻を出迎えようと長い間待ち構えている人たち。夫を止められない私を許してほしい、と心の中で謝り倒すのだった。
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