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41 嫉妬

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 アカリエル領の本邸に到着した日の夜、私は兄に手紙を書いていた。本邸に招待をする連絡である。アカリエル公爵家から馬車と護衛も用意し、日付指定で兄に来るように連絡する内容だった。

 きっと兄は私からの連絡を待ち構えているだろう。先日だって、すでにお金がないような様子だったし、せっかく帝都にいるのに遊べない、と言いたげな顔をしていた。
 兄はいわゆるギャンブル中毒である。賭け事での勝負が大好きで、サイコロゲームや競走馬なんかにハマっているのだ。

 お兄様、私は妹なので、兄の悪い癖は私が止めさせてあげる。待っててね。妹だって、鬼にも悪魔にもなります。

 そんなことを思いながら手紙を出すよう使用人にお願いし、寝ようかとしていたところ、ルークがやってきた。

「……本邸でも一緒に寝られるのですか?」
「もちろん。あと、今日は提案があってね。話をしながら寝よう」

 提案とはなんだろう、と思いながら、一緒に寝ることにだんだんと違和感がなくなりつつあることに気づいていない私は、ルークと一緒にベッドに入った。そして、さっそく口を塞ぐルークに、これまた適応しつつある。

 唇を離したルークは、口を開いた。

「今、俺たちの部屋は別だろう。だから、一緒に寝る部屋を今日準備するよう指示した。十日ほどで部屋の準備も整うと思う」
「……一緒に寝る部屋?」
「できるだけアリスの自室に近い場所にするように言っておいた」
「わたくしには、このベッドがありますわ!?」
「このベッドは、アリスの昼寝用にすればいい」

 なんだかコワイ予感しかしない。

「だ、旦那様が一緒に寝たいなら、今日のようにここにいらっしゃればよいのでは!?」
「俺はそれでもいいけれど。この部屋は明るい内は侍女が行き来するだろう。アリスが見られてもいいっていうなら、俺は別に――」
「見られるって何を!?」
「そりゃあ、もちろん、初夜」

 顔が一気に熱くなる。

「そ、そんな約束はしていませんわ!」
「もう約束なんてしない。この前ので懲りた。アリスが目の前にいて、これまで我慢している俺を褒めて」

 声にならなくて、パクパクと口を動かしてしまう。

「部屋ができるまでは我慢するよ。アリスはその間に心の準備をしておいて」

 ニコっと笑みを浮かべたルークは、再び口づけをする。

 今までまともな夫婦でなかった私たちは、初夜もなかった。ルークと思いが通じて、いつかはそんな日が来るかもとは思っていた。まさか、こんなに早いとは思っていなかったけれど。すでに緊張して少し怖いとも思うけれど、ルークとならそんな気持ちも乗り越えられると思っている自分がいる。

 唇を離したルークが、至近距離で私を見つめた。

「返事は?」
「……はい」

 提案というより、もはや決定事項を伝えられただけのような気がする。
 嬉しそうにしたルークは、再び口づけを落とすのだった。

 それから、しばらくキスを続けて、ルークが唇を離すと、じっと私を見た。

「……やっぱり、明後日の護衛は変更するか?」
「明後日ですか? 政務館でのパーティーのことですか?」

 実は明後日の昼前から夜にかけて、アカリエル公爵家主催のパーティーが政務館で行われるのである。アカリエル家の家門貴族、領内に住む貴族や領関係の仕事に関わる方なんかが招待されている。毎年行われるそのパーティーに、私はルークの妻として、初めて参加することになっている。

 問題は、パーティーにルークの兄のイェロン伯爵がやってくることだ。イェロン伯爵は、ルークと不仲だけれど、アカリエル家門の貴族にあたるのである。

 約二年ほど、ルークはイェロン伯爵を追い詰めるために、イェロン伯爵の事業の流通を滞らせる妨害を少しずつしてきたそうだ。そのお陰か、イェロン伯爵を追い詰められる違法取引の証拠が揃いつつあるとのことだった。だから、ルークによると、イェロン伯爵のパーティー出席も、今回が最後になると言っていた。

「ロニーがわたくしの護衛ですよね?」
「ロニーのことではない。本邸から政務館への行き来の話だ。馬車を守る方の護衛騎士に、アダムがいる」
「そうなんですね。アダムさんは忙しいのですか?」
「……アダムがアリスを狙っているから」
「……え!? わたくし殺されるとか!?」
「そっちじゃない」

 そっちじゃないとは、どっちなんだ。ルークは言いたくなさそうな顔をしつつも、口を開いた。

「アダムはアリスが好きなんだ」
「……まさか」
「本当だ。西部騎士団の城でアダムと仲良くならなかったか?」
「アダムさんは話しやすいですし、仲良くはなりましたけれど……」

 私にとって、アダムは女性に優しく接するのが基本で、女性を見るとナンパしないと失礼と思っていそうな男性という印象である。とにかく軽い。

「アダムとこれ以上仲良くならないでくれ」

 アダムの私に対する態度は、その他大勢の女性に対するものと同じで、アダムが私を好きだというのは、ルークの考えすぎだと思う。それはどうでもいいとして、これはルークの嫉妬なのだろうか。嬉しくて笑んでしまいそうだが、ルークが真剣な顔なので、私も真剣な顔で頷く。

「わかりましたわ」
「……ありがとう。以前、帝都に行く直前に、アダムには俺のアリスに手を出すなって釘は刺したんだが、アリスが可愛すぎるから不安だ」
「……釘を刺した?」

 何それ、迷惑すぎる。しかし、これ以上私が何かを言って、アダムに迷惑をかけるわけにはいかないので、この件は口出ししないでおこう。

「そんなに心配しないでください。わたくしは旦那様の妻で、旦那様が好きなのですから。今から護衛を変更するのは大変でしょう。予定どおり、アダムさんに依頼しましょう」
「……何でアダムは名前で呼ぶのに、俺は旦那様なんだ?」
「旦那様は旦那様ですから」
「……俺も名前で呼んでくれ」

 急にそんなことを言われても。

「旦那様の方が呼び慣れていますし、このままでも――」
「呼ばないなら、呼べるようになるまで、これからアリスの首に痕をたくさん――」
「ルーク様!」

 パーティーがあるのに、キスマークなんて付けられてたまるか。急いで叫ぶように呼んだにも関わらず、ルークは嬉しそうにして、口づけをして唇を離した。

「『様』はいらない。呼び捨てで、もう一度呼んでくれ」
「……ルーク」

 再び嬉しそうにするルークに、何度も口づけられるのだった。
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