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第三章 執着の行方

37 賭け2

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「レティ、それはただの脅しだ! レティは気にする必要はない」
「でも……」

 ただの脅しではなかったら? 怖い想像が頭をよぎる。そんなレティツィアをオスカーが抱き寄せた。

「レティツィア、兄上の言う通り、気にする必要はない。それに、レティツィアは俺と結婚するのでしょう? あのような男になど渡さない」
「え……ですが、婚約の申し込みはこの前お断りを――」
「うん。だから、再びレティツィアに婚約を申し込む。第二王子と同じことをしていることに不快に感じるかもしれないが」

 不快などあるわけない。むしろ嬉しいと思ってしまう。同じ再度の求婚でも、人が違うだけでこうも違うとは。
 オスカーは両親と兄たちを向いた。

「俺はレティツィアを愛しています。レティツィアを大事にしますから、レティツィアを俺にください。俺と結婚させてほしい」

 一度婚約の話が上っていたとはいえ、両親も兄たちも驚愕である。一番早くに反応したのは、三兄シルヴィオだった。

「ちょっと待ってください! レティの気持ちも聞かず――」
「レティツィア、俺の事、好きだと言っていましたよね?」
「……はい。好きです」

 恥ずかしくて一瞬息が止まったが、レティツィアは素直な気持ちを告げる。オスカーが微笑み、兄たちに顔を向けた。

「レティツィアの気持ちも俺にあるようです」
「ぐっ……!」

 シルヴィオが悔しそうな声を出すのを横目に、長兄アルノルドが冷静な顔で口を開いた。

「愛だけで結婚できる立場ではないはずです。レティツィアの話を聞いたでしょう。第二王子は戦争に躊躇しない意見の持ち主です。騎士団一つ作ったくらいで戦争など無理でしょうが、あの男が王になどなれば、将来的に戦争の可能性はありえる。あなたがレティツィアを娶れば、第二王子は黙っていない。そうなれば、アシュワールドだって平和ではいられないかもしれないのですよ?」
「ええ、そうですね」

 そんなこと、最初から分かっているとでも言うように、オスカーは頷いた。レティツィアは俯く。平和ではいられないと分かっているのに、それでもレティツィアと結婚したいと言ってくれているのだということは分かるが、オスカーが治めるアシュワールドも危険な目に合わせたくはない。レティツィアとオスカーは結婚するべきではないのだ。そう思っていたが、次にオスカーが言ったことに顔を上げた。

「第二王子が王になれば、その可能性もあります。ただ、第二王子を王にはさせない」
「……どういう意味でしょう」

 アルノルドの声に笑みを浮かべたオスカーが、急にレティツィアを抱き上げ膝に乗せた。どうして突然!? と混乱するレティツィアの腰に手を回し、膝から落ちないように支える。そして驚愕している両親と兄たちに向けて口を開いた。

「第二王子がレティツィアに強引に無体を働くのを見て、あの男の下種具合は治らないだろうと確信しました。あの男は周りにとって害でしかない。もう二度とレティツィアに触れさせはしません」

 レティツィアはパチパチと目を瞬いた。笑っているが、オスカーはどうやら怒っている。第二王子から、冷静に助けてくれたと思っていたのだが、違うのかもしれない。実は怒り心頭だったのかもしれない。

「俺にはプーマ王国第一王子という友人がいます。友人とはいえ、互いに立場はあるので、彼が王位に付く手助けはほどほどにしていたのですが、考えが変わりました。友人ですから、大きく手助けすることにします。彼には王太子になってもらう。ただ、それには、あなた方の協力も必要ですが」

 オスカーは説明をする。これからの計画について。その内容を聞いて、次兄ロメオが眉を寄せた。

「その計画は、レティツィアとアシュワールド王も危険な可能性があるのでは?」
「俺たちが餌なので、多少は危険の可能性があります。ですが、約束しましょう。レティツィアは絶対に傷一つ付けさせません」

 まだ考えている兄たちに、レティツィアは口を開いた。

「お兄様、わたくしは今まで第二王子にずっと危険な目に合わされてきたわ。でも、うまくいくなら、第二王子絡みの危険はこれが最後になるはず。わたくしは賭けてみたいです」

 レティツィアの言葉に、みな意見は一致したようだ。

「わかりました。その計画に乗りましょう」

 アルノルドの言葉に、レティツィアは嬉しくてオスカーに抱き付いた。母が後ろで嬉しそうな声を出す。

「まあまあ、よかったわね、レティツィア! 娘が好きな人と結婚なんて、わたくしも嬉しいわ!」

 そう、この計画には、レティツィアとオスカーの婚約と結婚も含まれている。皆の同意も得られたため、レティツィアは正式にオスカーと婚約することになるのだ。

 諦めていた、好きな人と結婚。感極まってオスカーの頬にキスをするレティツィアの後ろでは――。

「やあねぇ、娘の結婚が決まったというめでたい時に、なんですの? この暗い雰囲気は」

 王妃は夫と息子たちを呆れたように見て、それから夫の頬に指でツンツンしている。

「あなた、最初の挨拶以降、ほとんど声を出していないでしょう。途中から結婚の道筋が見えてしまって、現実逃避をしていらしたの?」
「……私の可愛い娘が、突然結婚しそうとなれば、そうなるだろう」
「まったくもう。息子三人なんて、屍のようではないの」

 三人の兄たちは全員片手で目を覆って下を向いている。
 王妃は娘に顔を向けた。ずっと第二王子に狙われていた娘が、心の底から嬉しそうに未来の夫と会話している。重要な計画はこれからだ。しかし、今はもう少し嬉しそうな顔の娘を眺めていたいと思うのだった。
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