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第二章 王との見合い

31 お見合い七日目3

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 じっとレティツィアを見るオスカーは、溜め息を付く。

「やっぱり、レティツィアを返すのは止めましょうか。第二王子だけでなく、こんな可愛いレティツィアなら、他の男も放っておかないでしょう。心配になってきた」
「え!?」
「たった数日で俺はレティツィアに陥落したのですよ? 第二王子が抑止力になって隠れているだけで、ヴォロネル王国内でもレティツィアを狙っている男がいると見るべきですね」
「えっと……」
「そもそもですが、レティツィアが俺から『婚約しない』という言葉を引き出すために考えた『わがまま』をすることですが、これを考えたのは誰ですか? レティツィアではないですよね?」
「あ……その、……カルロです」
「またカルロですか……」

 やばい、『カルロ』は禁句だろうか。オスカーの笑顔が少し黒い。先日、カルロの頬にキスをした話でも、オスカーはカルロを気にしていた。あの時は『夫婦ごっこ』だから嫉妬している演技かと思っていたが、違うのかもしれない。レティツィアは焦った気持ちで口を開いた。

「あ、あの! カルロは悪くないのです。わたくしがカルロに、婚約したくないと思ってもらうにはどうすれば良いのか相談したのです。カルロはただ、わたくしでもできる方法を考えてくれただけで。わたくしがお兄様にするような『わがまま』は、親しくない相手にされれば『この子はナイな』と思ってもらえるはずだったのです」
「まあ、実際、俺も戸惑いはしましたよ。でもレティツィアのように可愛いが振り切れていれば、逆効果のようですね。俺のように」
「確かに、いろいろとわたくしが間違っていたのは否めません。……ですから、お相手が、オスカー様で本当によかったです。オスカー様、優しくて素敵ですし、わたくしったらすぐに好きになってしまいました。だから、オスカー様がわたくしを好きになってくださって、すごく嬉しくて」
「……俺も、相手がレティツィアで本当に良かったです。しかし、まさか俺がこんな不可解な感情に振り回されるとは思っていませんでした」

 レティツィアは首を傾げた。

「不可解、ですか?」
「嫉妬や執着といったものです。人にそういった感情があることは知っていますが、俺は今までそんな感情に振り回された経験はありません。なのに、今ではレティツィアを誰にも渡したくはありませんし、レティツィアを誰かに取られるのではないかと気が気ではない。これでも、今すぐにレティツィアと結婚したいと思っているのを我慢しているのです」

 レティツィアは思わず笑みを浮かべてしまった。そしてオスカーに抱き付く。

「嫉妬や執着といったものは、ずっと怖いものだと思っていました。第二王子には、それでずっと苦しめられていましたから。でも、オスカー様にそのように思ってもらうのは、なんだか嬉しいのです。好きな人からのものだったら、怖くないものなのですね」
「うーん、そんな風に言ってくれるのは嬉しいのですが、俺の嫉妬や執着も怖いかもしれないですよ? そういった部分以外でも、俺は怒らせたら怖いと部下に言われます。これでも、レティツィアに嫌われたくないので、俺の怖い一面を隠しているのです」

 抱き付いていたオスカーから体を離したレティツィアは、じっとオスカーを見る。

「そういう怖い部分を見たレティツィアが、俺から離れないかも不安です。……ああ、不安という感情も、俺には珍しい感情かもしれないな」
「……誰でも怒ったりする感情はあります。わたくしだって怒ります。それに、オスカー様は王ですから、時には厳しい決断を下すこともあるでしょう。わたくしのお兄様も、お兄様としての兄と、為政者としての兄は違いますもの。それでも、お兄様はお兄様で、怖い部分があると知っていても、わたくしはお兄様が大好きですわ。オスカー様も一緒です。優しくて時々嫉妬されるオスカー様が、わたくしは好きです。いつか怖い部分を見たとしても、好きなのは変わりませんわ」
「レティツィアは……思っている以上に、周りを見ていますね。そんな風に言ってもらえるのは嬉しいですし、俺はレティツィアに嫌われないよう努力はします」

 それはレティツィアにも言えることだ。オスカーに嫌われたくない。だから、オスカーに嫌われないよう気を使いつつも、我慢しすぎないでオスカーには自分を出していきたいのだ。

「オスカー様、それでも気になることがあれば、我慢しすぎないでくださいね。わたくしはできるだけオスカー様が嫌と思うことはしたくないですし」
「……そんなこと言っていいのですか? 俺は調子に乗るかもしれないですよ?」
「いいですよ。明日にはわたくしは一度帰国しなければならないですから、今の内にオスカー様が気になることは解決しておきたいのです」

 オスカーはため息を付く。

「やっぱりレティツィアを返さないといけないですよね」

 若干眉を寄せながら、考えるような表情でオスカーは口を開いた。

「レティツィアが気を許している相手を把握しておきたいですね」
「気を許している相手ですか? ……そうですね、両親とお兄様たち、マリアとカルロ、あとはコルティ公爵家のレベッカとラウル。レベッカたちはわたくしの従姉弟にあたります。あとは……ギランダ公爵家のエドモンド様でしょうか。エドモンド様は、わたくしの長兄アルノルドお兄様の婚約者の兄にあたります。三兄シルヴィオお兄様と同じ年齢で仲が良いため、わたくしのことも小さい頃から可愛がってくれています」

 他にも仲の良い令嬢はいるが、やはり王女として何でも話せる、というわけではなく線引きをしている部分があるため、気を許しているとは言えないだろう。

「なるほど。そのラウルという従姉弟は、どれくらい仲が良いのですか?」
「どれくらい……」

 一瞬考えて、これはカルロに引き続き、ラウルもやばいかもしれないとレティツィアは焦る。

「あ、あの、ラウルは可愛い弟みたいなものなのです!」
「ということは、レティツィアのことですから、抱きしめたりキスしたりしているわけですね?」

 レティツィアは視線をオスカーから逸らす。

「ラウルはまだ小さいから……」
「何歳なのですか?」
「……十五歳です」
「もうほとんど大人ですね」

 うぐぐ、っとレティツィアは息がつまる。ラウルの小さい頃からの口癖が「レティをお嫁さんにする」というのは、言わないほうがいいかもしれない。

「あの、あの、もうキスはしませんから、抱きしめるのはいいでしょう? 従姉弟ですもの! わたくしの唯一の年下の弟のような存在で、すごく可愛いのです! 本当に本当に可愛いのです!」
「そんなに必死に庇われると良い気はしないですが……、まあいいでしょう。従姉弟ですし、抱きしめるくらいなら、俺も我慢します。でもきスは駄目ですよ?」
「……はい」

 可愛いラウルにキスするのは、諦めるしかないようだ。レティツィアがしゅんとしていると、オスカーは再び口を開く。

「では、エドモンドという公爵子息は、どれくらい仲が良いのですか? やはり、抱きしめたりキスしたりしているのですか?」
「キスはしないです。……でも、抱っこはしてくれます」
「エドモンドは従姉弟ではないのですよね?」
「しょ、将来的に縁戚になります!」
「兄上の婚約者の兄ですからね。でも、兄上の場合は妻の兄になりますが、レティツィアにとっては他人ですよね。これからはエドモンドから抱っこも止めましょうね」
「………………」

 これまでエドモンドに甘えてよかったものが無くなるかと思うと、レティツィアは悲しくて無言で抵抗してみるが、オスカーの方が上手であった。

「なるほどなるほど。親しい令嬢であれば、俺がその令嬢を抱っこしても良いと――」
「エドモンド様には、もう抱っこされません!」
「いい子ですね」

 頬にオスカーのキスを受けながら、すでにレティツィアはオスカーには勝てないのだと内心思う。兄たちに甘えてはダメだと言われているわけではないし、オスカーは寛大だ。レティツィアも照れながらオスカーの頬にキスをする。

「オスカー様は、これからは膝に乗せるのは、わたくしだけにしてくださいね。キスするのも、好きというのも、わたくしだけにしてください」
「もちろんです。というか、俺に注文するのはそれだけでいいのですか? 他にもあるなら聞きますよ」
「では、結婚したら、毎日、三回の食事のどれかを一緒に過ごしたいです」
「もちろんいいですよ。そんな簡単なことでいいのですか? レティツィアは欲がないな。他にはありませんか?」
「では……時々マリアが、わたくしが寝るときに手を繋いで、寝るまで傍にいてくれます。オスカー様も、時々手を繋いで寝るまで傍にいてくれますか?」
「……時々ではなく、毎日手を繋いであげますよ」
「本当ですか!? 嬉しいです! ありがとうございます!」

 満面の笑みのレティツィアを、オスカーは抱き寄せた。そしてレティツィアの耳元で囁く。

「きっと手を繋ぐだけでは済まないと思いますが、レティツィアは付き合ってくれますよね?」
「……? はい!」

 もしかしたら、兄シルヴィオのように、時々添い寝もしてくれるのかも! と、嬉しく思うレティツィアは思い違いをするのだが、オスカーの言う意味が分かるのは、もう少し先の話。
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