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第二章 王との見合い

28 お見合い六日目2

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 昼時になり、中流家庭が多く利用しそうな食事処の個室で昼食をして、今度は街の中の店を見て楽しむ。

 途中、オスカーの偽名を呼ぶ人物とすれ違いながら、オスカーは王だが、ずいぶん街中に溶け込んでいることにレティツィアは驚いていた。当然、偽名を呼ぶ人たちはオスカーが王だとは知らず、態度も気安い。その中には、女性も多く含み、オスカーが彼女らに話しかけられるたび、レティツィアはムッとしていた。

 何度目なのか、美人な色っぽい女性にオスカーが話しかけられ、その女性がレティツィアを見て余裕の笑みを向けた。ムムっとしたレティツィアは、繋いでるオスカーの手を無意識にぎゅっと握り、オスカーの腕に顔を寄せていた。彼女が去り、ふうと息を付いていると、オスカーがレティツィアの顔を覗き込んできた。

「彼女はただの知人ですよ。スカーと偽っている俺のね。レティツィアが大人しくする必要はないです。堂々としていればいい。やきもちを焼いてくださるのは嬉しいですが」

 妬いていたのがバレていた! と真っ赤になったレティツィアの額にオスカーがキスを落とす。

「や、やきもちは焼きますわ。わたくしはオスカー様の妻ですし……。彼女は綺麗な方でしたし……」
「まあ、我が国は美人が多いと有名ですが、俺はただ美人なだけの女性に興味がないですよ。つい最近発見したのですが、俺はレティツィアのような可愛い仕草と性格で、可愛いわがままを言う女性が好みなのだと知りました」
「………………」

 ただのリップサービスなのか、『夫婦ごっこ』だからなのか、他の思惑があるのか、どう反応を返せばいいのか分からない。ただレティツィアは嬉しいのは間違いなくて、優しい笑みを浮かべるオスカーの腕にぎゅうぎゅうにくっつくのだった。

 それから、街を移動し、レティツィアはとあるところを横切った時、オスカーに口を開いた。

「オスカー様、あれはなんですか?」
「ああ、あれは野外劇場ですね。ちょうどチケットを売っているみたいですが、見ていきますか? ここの野外劇場は基本短めの演目なので、ふらっと見ていく人もいますよ」
「はい、見てみたいです」

 チケットを買い、開始までの時間を近くの店を見て回る。レティツィアたちは近くの『くまのぬいぐるみ』の店に入った。一つ一つ色の違うくまのぬいぐるみが陳列している。縫い目によって少しずつ表情が違っていて、個体差がある。

 レティツィアは一つのクマのぬいぐるみに視線がいった。全身黒の生地で、目が青い。片耳にしている青のリボンが可愛くて、まるで色合いが黒髪青目のオスカーのようだった。優しく笑っているところもオスカーに似ている。

「レティツィア、劇が始まるみたいです。行きましょう」
「あ、はい!」

 オスカーの声にはっとして、返事をする。ぬいぐるみは名残惜しいが、劇が始まってしまうため、レティツィアたちは移動した。

 野外劇場の客はまばらだった。オスカーの隣に座り、後ろにマリアが座り、護衛が少し離れて不自然にならない程度に警戒しているのを横目に、オスカーに口を開いた。

「人気のない劇なのでしょうか?」
「そんなことはないですよ。ただ、今からある演目は、ここ数年同じものをやっているので、だいたい一度はみな見ているから、客が少ないのでしょう」

 劇の内容は恋愛劇だった。一方は貴族令嬢、一方は平民男性の身分違いの恋だ。互いに思い合う二人に身分差は障害となったが、男性が奮闘し貴族となって、令嬢と結婚するというハッピーエンドだった。

「……二人が幸せになって、良かったです! 劇は短くても、とても面白かったですわ」
「それは良かった。これ、実はモデルはシリルなのです」
「……オスカー様の補佐官のシリルですか?」
「はい」

 オスカーの補佐官だと聞いているシリルは、レティツィアのお見合い中、街へ出かける時以外はレティツィアに付くマリアのように、ずっとオスカーに付いていた。きっと普段からオスカーの手足となって忙しく動く重要なポジションだろう。レティツィアはシリルの身分は伯爵だと聞いていた。

「といっても、民衆向けですから、内容は脚色されています。シリルがモデルとは言っても、実際は事情にかなり違いはあります」

 オスカーによると、シリルは平民ではなく元は子爵家の家柄で次男だという。オスカーとはアシュワールドの王立学園で出会ったらしい。シリルは公爵令嬢だった現在のシリルの夫人と恋仲だった。しかし、子爵家次男に娘はやれぬと公爵令嬢の父に恋を反対されていた。そんな時、当時の王であるオスカーの兄が崩御、オスカーが王に即位した。

 オスカーが腐敗した兄王の王政の名残を粛清したり、正常化させている時にシリルは良い働きをした。そして、オスカーにより伯爵の爵位を賜り、晴れて公爵令嬢だった夫人を娶ることができたという。

 そのシリルの恋物語を脚色したものが、劇の演目となった。昔から歌劇などは、どの国でも政治的な宣伝、要は権力者のプロパガンダに使われやすい。もしかしたら、シリルがモデルという劇もその手のものの可能性はある。しかし単純にレティツィアは面白かったし楽しめた。

 それから、野外劇場を出て、また街を散策、夕方に上流家庭向けの少し高級な個室のある店で夕食をして、レティツィアたちは王宮に戻って来るのだった。

 部屋に戻る前、レティツィアはオスカーにくまのぬいぐるみをプレゼントされた。レティツィアが見ていた、オスカーに似たくまのぬいぐるみ。

「これ……」
「そのクマをレティツィアが熱心に見ていたので、劇中に護衛に買ってきてもらっていました」
「オスカー様、ありがとうございます……! 大切にしますわ!」

 嬉しい。満面の笑みのレティツィアに、オスカーが笑って頬にお休みのキスを落とした。

 オスカーと別れ、部屋に戻ったレティツィアは、風呂に入り、猫のディディーと少し遊び、ベッドに横になる。くまのぬいぐるみをレティツィアの横に寝かせて、マリアに「寝るまで傍にいて」とお願いし、マリアがベッド横の椅子に座ると、レティツィアはマリアを向いた。

「明日でお見合いも終わりだわ。明後日には、もう帰らなければならないのね……」
「……そうですね。アシュワールドが名残惜しいですか?」
「……アシュワールドというより、オスカー様と離れたくないと思ってしまうの……。アシュワールドに来るまでは、ただの気分転換だったはずなのに」
「陛下に恋をしてしまいましたか」
「………………うん」

 恋が何か分からなかったはずなのに、『この子はナイな』と思ってもらう作戦だったはずなのに、気づいたら恋をしてしまっていた。あんな素敵なオスカーを好きにならないはずがない。

「恋って、嬉しくて楽しいけれど、苦しいものなのね……」

 決して叶わない恋など、してはいけなかったと思いつつも、オスカーを好きになったことに後悔はしていない。それでも、苦しくて胸が痛くて、思わず流れる涙を、マリアが拭ってくれる。

「泣いていてはダメね。明日、目が腫れてしまうもの。オスカー様と、最後の楽しい時間を過ごすのだから」

 レティツィアは心を落ち着かせるように大きく何度か深呼吸をして涙を止める。明日、最後の『夫婦ごっこ』を楽しく過ごすために、レティツィアは寝不足になる前にと眠りにつくのだった。
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