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第二章 王との見合い

26 お見合い五日目

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 お見合い五日目。

 この日のお見合いの予定は、ディナーだった。すでにレティツィアの目的がお見合いを断ってもらうことだというのはバレてしまったが、オスカーの好意で『夫婦ごっこ』は続けることになったので、スケジュール的にはお見合い続行になっているのだ。

 この日の午前中、レティツィアが行動を許されている王宮の範囲を散歩したり、猫のディディーと遊んだりして過ごし、お茶の時間後にディナーの支度を開始した。

 白に近い薄紫の生地のドレスを着て、髪をセットし、化粧をしてレティツィアの準備が整った頃、使用人が呼びに来た。使用人に連れられ、レティツィアとマリアは移動した。レティツィアが滞在している建物の一階の玄関口に、レティツィアと同じく正装したオスカーが待っていた。

「オスカー様」
「レティツィア、今日も俺の妻は美しいですね」

 レティツィアに気づいたオスカーが、柔らかく笑い、傍まで歩いてきたレティツィアの手をすくい、甲にキスを落とす。すでに『夫婦ごっこ』は始まっているようだ。

「これから王宮内を馬車で移動します」

 今日は手繋ぎではなく、オスカーはレティツィアをエスコートして、二人は馬車に乗った。そっとマリアも同じ馬車に乗り込むと、馬車が動き出す。

「レティツィアは王宮が丘になっているのに気付いていると思いますが、丘の頂上付近に王族のみが使用する宮殿があります。そこで食事をしますが、眺めがよいので、楽しみにしていてください」
「はい」

 少しずつ太陽が沈みかけている。丘の上の宮殿に着いた頃、茜色の空と夜の空がグラデーションになって美しい。オスカーにエスコートされながら、レティツィアはディナー会場の部屋に入った。

「まあ、すごい!」

 宮殿の最上階、扇形の広くて変わった形の部屋は、丸みを帯びた一面の壁が全て窓ガラスであった。窓ガラスの外はバルコニーとなっている。部屋の中からでも、王宮の下に広がる王都の街が一望できる。

「綺麗ですね! 少しずつ街にも明かりが付いていて、とても幻想的ですわ。空の色も綺麗で、街が茜色に染まっています」
「ええ、この時間帯から夜は、ここからの景色が特に綺麗に見えます。少しバルコニーに出てみますか?」
「はい、ぜひ!」

 バルコニーに出たレティツィアは、景色が素晴らしいからこそ、扇形でより広い範囲を見られるように作られているのだと感動する。バルコニーの柵も全てガラスだ。

「この部屋の反対側も同じように扇形の部屋がありますが、景色としてはこちらのほうが俺は好きです。レティツィアを先日案内した、歌劇場が見えますよ」
「本当ですか? どれでしょう?」
「あそこの、少し高い建物です」

 オスカーの示すところを見ながら、レティツィアの頭の中では記憶の歌劇場と建物が一致する。

 他にも、先日レティツィアが案内してもらった場所の位置を教えてもらい、空の夕闇が濃くなってきたところで、二人は部屋の中に入った。

 窓の前に準備されていたテーブルに着く。部屋は明るすぎない程度にキャンドルがいたるところに用意されている。レティツィアとオスカーの前に食事が準備され、二人は食事を開始した。

「景色を楽しみながら食事をするなんて、とても贅沢ですね。夜になったので、先ほどより街の明かりが綺麗に鮮やかに見えますわ」
「そうですね。そうだ、食事の後で、一階に降りて庭で夜の散歩をしませんか? この部屋ほどではありませんが、庭からの景色も綺麗ですから」
「はい、ぜひ!」

 それからも二人の会話ははずむ。

「明日ですが、俺の時間が一日空きそうなので、レティツィアのやりたいことをやりましょう」
「わたくしは嬉しいのですが……よろしいのですか?」
「もちろん。何かやりたいことはありますか?」
「……では、また、お忍びで街へ行きたいです。まだ案内していただいていないところを見せていただきたいですわ」
「わかりました、そうしましょう」

 オスカーは、昨日言ってくれたとおり、レティツィアが楽しみたいことに付き合ってくれるつもりのようだ。嬉しくてレティツィアは笑みを浮かべた。

 その後、食事が終わり、一階へ降りて、オスカーと手を繋ぎながら庭を散歩する。庭には綺麗な芝生と、計算して見目好く配置されているであろう歩道があり、歩道の先にはガゼボがあった。ガゼボにはベンチがあり、二人はそこに座る。

「ここからも街が見えますね」
「ええ。冬以外では、ここでお酒を飲むと、すごくお酒が進みますよ」
「ふふ、景色が酒肴ということですね。オスカー様は、お酒がお好きなのですね」
「お酒は好きです。レティツィアは飲めないと言っていましたね」
「まだ成人していませんから。でも、たぶんお酒が強くないと思います。お酒入りのお菓子で、わたくしフワフワしますから」

 オスカーがくすっと笑う。

「ふわふわしているレティツィアは見てみたいですね。どうなるのですか?」
「そうですね、お兄様が言うには、ニコニコしているそうです。あとは、いつも以上に『抱っこして』とせがむのだとか」
「ははは、可愛いわがままに拍車がかかるということですね」

 内心『可愛い』に反応し、面映ゆい気持ちになるレティツィアだが、笑って誤魔化す。

「わたくしはどうしてもお酒入りお菓子を食べたいわけではないので良いのですが、マリアにお酒入りお菓子は食べないようにと今は禁止されているのです。前にお兄様からいただいたお酒入りパウンドケーキをマリアたちと一緒に食べたら、マリアたちにキスしたようで。わたくし、楽しくて気分が上がってしまったのですが、マリアたちならまだしも、他の令嬢にキスしたら大変と、禁止されました」
「……それは、しばらく禁止したほうが良さそうですね」
「はい。ですから、成人したら、お酒は少しずつ慣らした方がよさそうですわ」

 マリア曰く、レティツィアはお菓子にお酒が少し入るだけで陽気になるらしい。兄たちやマリアなど、親しい人物以外にキスするとは思えないが、レティツィアは大人しくマリアの言う通りにしている。レティツィアの交流は現在では令嬢たちとのお茶会くらいしかないので、お茶会ではお酒入りのお菓子は一切出てこない。
 王女という立場では、いずれお酒を飲まなければならない場もあるだろう。やはり成人したら少しずつ慣らさなければ、と内心決心するレティツィアである。

「レティツィアにキスされた幸運な人物は、マリアと兄上ですか?」
「え?」
「マリアたち、と言われたので」
「ああ、いいえ、あの時は、マリアとカルロと一緒に食べたので、その二人ですわ」
「……カルロ?」
「マリアの弟です。わたくしの乳母の子なのです」
「……へぇ?」

 あれ、オスカーの声が低くなった気がする、とレティツィアはオスカーを見るが、オスカーは笑みを浮かべている。

「俺は今はレティツィアの夫ですよね?」
「え? ……ええ、そうですね?」

 『夫婦ごっこ』の夫なのは、間違いない。

「今気づいたのですが、俺は妻のことになると、寛大ではいられないようです。妻が他の男にキスをしたなんて、聞きたくなかったな」
「え? ……え!?」

 レティツィアの横にいたオスカーは、レティツィアの腰をぐっと抱き寄せた。

「カルロという男のどこにキスをしたのですか? 唇ですか?」
「違います! 頬ですっ! 頬! わたくし、唇にキスなんて、お兄様にも誰にもしたことありません!」

 動揺し過ぎて、余計なことを言っているなど気づいていないレティツィアは、突然のオスカーの態度に青くなり、そしてオスカーの色香にくらくらとして赤くなり、パニック状態である。

「へえ、では、夫の俺になら、唇にキスするのは許してくれますか?」

 レティツィアの顔の目の前にオスカーの顔が迫り、レティツィアの心臓の音が耳の後ろで鳴っている。どうしたらいいのか、真っ赤になりながらぐるぐると考えていると、「唇はダメです!」とマリアの抗議が少し離れたところから響く。

 実はずっと近くにいたマリア。鬼気迫る顔でレティツィアたちを見ている。それを見たオスカーは、苦笑しながら再びレティツィアに顔を向けた。

「……冗談ですよ」

 そう言って、オスカーはレティツィアの額にキスを落とした。え、何が冗談? と、レティツィアにとって、今は額にキスをされるのさえドキドキする行動で、何がなんだか分からない。

「ですが、レティツィア、夫以外に簡単にキスしてはダメですよ」
「は、はい……。でも、カルロは兄妹みたいなもので――」
「でも、男でしょう。レティツィアは夫が姉妹のような他人にキスしても気にならないのですか?」
「……………………気になります。ごめんなさい、以後、気を付けますわ」
「いい子ですね。では、俺にもキスしてくれますか?」
「えっ!?」

 笑みを浮かべるオスカーだが、有無を言わせない何かを感じ、レティツィアは恥ずかしがりながらもオスカーの頬にキスをするのだった。
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