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ビッチ(処女)、行く宛がない

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 青空が忌々しい。見上げるだけで胸の奥がムカムカした。どんなに小川のせせらぎが穏やかでも、そよぐ春風が芳しくても、俺の心はそんなものを心地好く思える余裕などなかった。
 ただどんよりとした曇天のように、心はずっしりと重い。
 それは魔王様が勇者に倒されてから、ずっと続いている。
 俺は魔王軍幹部だった。悪知恵と魔法で成り上がった悪魔族の美少年。可愛い上に強いアシュリー様……それが俺だった。
 いつまでも魔王様の世が続くと思っていた矢先、意気揚々とやって来た勇者一行に魔王様は討たれた。
 あいつら、マジで最低だ。魔王様一人相手に七人仲間引き連れて、パーティ変更しながら戦うとか、卑怯だろ。
 駄目だろ、それは。そりゃいくら魔王様でもしんどいわ。
 まぁ、そんなことがあって魔王軍は壊滅。幹部だった俺は行き場を無くして小川の畔で途方に暮れている。

 正直、本気で困っている。進学を勧めた両親に反発して魔王軍に入ると啖呵切って実家を飛び出した手前、実家には帰れない。父ちゃんとは何十年も話してないし、たまに野菜とか送ってくれてた母ちゃんにも「俺、無職になった」なんて言えない。

「アキャアキャっ! あちゅりー、おやちゅ! おやちゅ欲しい!」

 小川や近くの草花に夢中になっていた、俺の使い魔たちがごちゃごちゃ言いながらまとわりついて来た、
 おむつ一丁の一歳児か二歳児くらいのクソ赤ちゃんどもだ。背中に小さなコウモリ羽、おむつを破って振っている悪魔の尻尾。見た目こそ可愛いが食費もおむつ代もかかる。おまけに夜泣きはするしうるさい。
 わらわらと何人も俺の方へと寄ってくる。一人座り込んで泣いてるのがいる。どうせおむつがたぷたぷなんだろう。おやつをせがむ使い魔たちに薄味のビスケットを放り投げ、座り込んでる奴のおむつを替える。鞄の中を見たら、もうビスケットは残り少なかった。俺の手持ちの金も僅か……そして俺は空腹だった。
 盛大に鳴る腹の虫に、俺はすべての鬱憤を吐き出すような溜め息を吐き出して頭を抱えた。

 実家には帰れない……でも行く宛はない……でも使い魔たちを養わなければいけない……そして俺も空腹だ。

 どうしよう、どうすればいい。チクショウ、忌々しい勇者どもめ。あいつらのせいだ。仕方ない、体でも売るか。俺は誰よりも可愛くて色っぽいから、かなり稼げるだろう。
 でも処女は好きな人に……魔王様は相手にしてくれなかったけど、やっぱそういう人に捧げたいし。
 頭の中がぐるぐるする。今は残り少ない魔力で凌いでいるけど、それも長くは持たない。このまま俺は餓えて死ぬのかな……クソ喧しい使い魔赤ちゃんに囲まれて。そう思うと、なんだかイライラしてきた。
 その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。反射的に顔がそちらへと向く。冒険者か……いや、たかが冒険者が馬に乗ってるはずがない。では、誰だろう。
 音が近付くにつれて見えてきた姿に、俺は目を丸くした。

 それは輝くばかりの白銀の鎧に身を固めた、凛々しい美丈夫だった。

 二十代後半くらいだろうか。きりりと形の良い眉にアーモンド型の双眸。空のような綺麗な瞳は、遠くからでもよく見える。しっかりとした顎は、彼の男らしさをより強固なものにしていた。
 鎧の上からでも分かる逞しい肉体は、俺にはないもので、なんともおすらしい美しさがあった。

 部下を数名引き連れる様は、物語のナイト様そのものだ。
 悪魔族の俺が人間に見惚れるなんて……初めてのことだった。ぼうっと白馬に跨がった騎士を眺めていると、彼は馬の歩みを止めて俺に声をかけた。

「このようなところに少年と赤子とは……珍しいこともあるものだ」

 低く響きのある声だった。つまり、すごく良い声だった。良い男は声までカッコいいのか。
 下馬した彼は颯爽と俺へと近付く。後退りしても近付いて来やがる。クソ……金髪青目の美男子、しかも人間にこの俺がドキドキしてるなんて。

「君は、悪魔族なのか?」
「そ、そうだよ……。なんだよ、討伐でもするってぇのか?」
「生憎、私は仕事の帰りでここを通ったにすぎない。赤子を連れた少年に、そんなことはしないよ」

 俺に目線を合わせるように、騎士は身を屈ませた。微笑みが眩しい。闇属性の俺には眩しすぎる。

「ここはモンスターも出る危険な場所だ。こんなところにいては危ない」
「んなこたぁ分かってるよ! でも、他に行くとこねぇし……」
「なるほど。君は赤子を抱えて路頭に迷っているのか」

 なんかその言い方やめてほしい。まるで俺が、夫の暴力に耐えかねて逃げてきた子連れの人妻みたいじゃないか。

「そういうことなら、私と共に来なさい。ここに置いておくわけにはいかない」
「はあぁ? いや、何言ってんだよ……俺は悪魔族だぞ?」
「だからと言って、君のような可愛い人を危険なところに捨て置くことはできない。騎士として、私がしっかり君を保護しよう。もちろん、赤子も」

 俺の手を強く両手で包み込み、騎士ははっきりと口にした。大きくて、力強い手だ。俺はこういうのに弱い。本当に弱い。真っ直ぐに見つめてくる凛々しい眼差しに、くらくらとした酩酊感を覚えた。

「で、でもそんな……! この俺様が人間ごときに……!」

 ぐうぅ、と腹の虫が鳴る。場の空気を読まない俺の腹は、二人の間にやたら大きく音を響かせた。
 さすがに、これは恥ずかしい。言いたいことは山程あったはずなのに、それがすべて吹き飛んでしまうほど、俺は頭を真っ白にし、顔も真っ赤にした。自分の顔を確認することはできないが、これだけ熱かったら赤いだろう、多分。
 俺が沈黙すると、騎士は柔らかく微笑んで抱き上げた。

「ははは! 可愛い腹の虫だ。来たまえ。まずは腹ごしらえをしなければな」
「は、はひ……おねがいします……」
「私はセオドアという者だ。君の名は?」
「ア……アシュリー」
「アシュリーか。素敵な名だ」

 白い歯を見せて微笑む白馬の騎士様に、お姫様のように抱えられたまま馬に乗り、俺は人間の街へと連れて行かれたのだった。
 妙な胸の高鳴りを感じていたが、腹の虫とくっついて来る使い魔赤ちゃんたちの癇癪が、それをぶち壊していた。
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