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檜山喜一郎
しおりを挟む佐伯楓が檜山喜一郎の死を知ったのは、彼を最後に見てから四日目の夕刻のことだった。
◆ ◆ ◆
「道場主の方は御在宅でしょうか」
夕日丘村で唯一の剣術道場を構える佐伯家にその若者が訪れたのは、明治二十五年の、秋も暮れて冬が目の前にせまりつつあるという、そんな日のことであった。
「当家に、御用ですか?」
門前で掃き掃除をしていた格子柄の紬の彼女は、箒を動かす手を止めてそれだけを言った。
「はい」
若者の言葉も簡単なものだ。その答えの簡単さよりも、むしろ声に含まれた重みに少し予想と違ったものを感じ、楓は失礼を承知でまじまじとそのいでたちを眺めてしまった。
紺色の背広の上下、白いシャツ、右手に持った紺色の包み、左手に持った――刀。
そして、炯々と光る眼差しに、険のある顔立ち。
(また、兄上目当てにやってきた時代遅れの剣術自慢かと思ってたけど……)
彼女――佐伯楓の兄は、近在に聞こえた剣豪である。
剣豪とは言っても、今時にはそうそう吹聴できる呼び名ではない。
剣術はもとより、武術全般が旧時代の遺物と考えられていた時代だ。それでも文明開化と騒いでいた一頃よりはマシになったとは言え、今では武士だろうと刀は差せない。剣術などは廃れていく一方である。
近年では警視庁などを中心にして剣術を盛り返そうという機運も高まっているという話であるが、それで生き残る流派も一部だろうと思われた。
少なくとも、かつての如く何千と剣術流派が割拠する時代はもう二度とくるまい。
ましてや、彼女の家のそれは竹刀は使わない。組太刀だとか心法やらを重視した、時代遅れの剣術の中でも、さらに古流に部類する流儀なのだ。
例え剣術復興が成ったとして、それらの流れとはほとんど無縁と思われた。
そんな時代にあって、そんな流派の者で、それでいてなお未だに剣豪と言われている兄は、まさしく特別なのだということを楓はよく解っている。解っているが、それが彼女にとって喜ばしいことではないというのも確かなのだ。
例えば時代遅れの田舎道場に道場破りにきて名を上げようという、さらに時代に錯誤した輩がたまにくるという事実がそれだ。
一人破ればそれが評判になって、またやってくるという次第である。
彼女がものごころ着く前からそんな風な生活は続いていたが、さすがに七年ほど前に飽きたのかはたまた面倒になったのか、道場破りには一切相手せず、という方針をとることにした。
楓に言わせれば遅すぎる決断であったが、いい加減にやっていられない、ということを皆に納得させるにはこれだけの時が必要であったのかもしれない。
とにかく時折にやってくる道場破りを適当に追い返すのが彼女の仕事となりつつあった昨今に。
「羽浦市の美和坂師範から紹介状をいただいております。どうか道場主の佐伯衛様にお取次を願いたい」
その若者は、確かに様子が違っていた。
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