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6章 王都ファラミシア

115話 天使……?

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「あの……これは……」

 どうしよう。
 魔力水を作っているところを見られてしまった。
 記憶を消す魔法とかないかな。
 いっそのこと……この件が終わったらここから逃げた方がいい?

 わたしがそんなことを頭の中でぐるぐる考えていると、院長はツカツカと目を輝かせてわたし向かってくる。

 ……目を輝かせて?

 彼女がわたしに近付くよりも先に、クロノさんがわたしを守るように前に出る。

「院長、見間違いだ。気にしなくてもいい」
「……んし」
「ん? どうしたんだ?」
「天使様の前に出るんじゃありません!」
「!?」

 院長がちょっとやばそうな目をクロノさんに向けていた。

 その圧力でか、流石のクロノさんも一歩下がる。
 
「ああ、天使様。あなたに向けた訳ではないのですよ? ご安心ください」
「……」

 彼女はやばい目をしたかと思ったら、今度はわたしには慈愛に満ちた目をそっと向けてくる。
 先ほどの恐ろしい目が嘘だと思いそうになるような優しい瞳。
 2重人格だよねこれ、と思わないとやっていけない。

 彼女は羨望の眼差しをわたしに向けている気がする。
 しかし、彼女は唐突に視線をわたしから逸らして頭を下げた。

「申し訳ありません。可愛らしい天使様がおられるとは思わずつい見入ってしまいました。恐れ多いことをしてしまい、どのような罰でも……」
「ちょ、ちょっと待ってください! というか、そもそもわたしは天使ではありません!」

 天使ではないけれど、転生者です! とも言えないのが辛いところ。
 あ、でも本とか買ったし、その中に転生者の扱いとか書かれていたりしないかな。

 と、そんなことはよくて、今は彼女が見たことを黙っていてもらうようにすることが大事だ。

「それで、今見たのは……」
「もちろん言いませんとも! 天使様がこうして時々我々愚かな人間のために降臨してくださっているのですよね? しかし、それは言えない。分かっていますとも!」
「あ……はい」

 彼女と向かい合っていると何かが削られていく気がする。
 という事ではあるので、わたしはもう……ちょっと諦めて子供達を助けようと思った。

「とりあえず、これを倒れている子達に飲ませてみてください。もしかしたら治るかもしれません」

 明確に治ると言ったらわたしがこれを作ってしまったと明言してしまうようなものだ。
 ……まぁ、彼女の様子からして、すでにそう思われている可能性もあるけれど。

「わかりました! 急いで呼んできます! てん……あなた様方は一緒に広間に来てください! たまたま水を飲みに行ったら発見した……という体で話をいたします!」
「はい。ありがとうございます」

 こちらがやってほしい事を分かってくれているかのように話してくれる。

 それから、わたし達は広間に戻り、院長は外のシスター達に話して子供達に魔力水を飲ませていく。

「う……うぅん……シスター……?」
「起きた……起きました!」

 ちゃんと作れたことは分かっていたけれど、ちゃんと目を冷ます子供達を見て、わたしは一安心する。

『流石サクヤの作った魔力水だ。最高品質だから効きも早い』
『慣れたようにやっただけなんだけどね』
『つくり方を覚えてから1週間経っていないだろう? 普通にできることではない。しかし天使か……悪くないな』
『いや……それはやめて……』

 天使は恥ずかしい。

『そうか? 俺は似合っていると思ったが……しかし、天使程度では足りないか』
『いや、そうじゃなくて……っていうか、あの院長さん何者なのかな? ウィンは彼女が近付いてくるのに、気けなかったんだよね?』
『……あの時はサクヤが作るのに見入っていてな……』
『もう何回も見たじゃない』

 牧場での騒動の時、最初の時こそ見れなくて見たかったと言っていた。
 けれど、その後に牧場内が落ち着いてからは側で穴が開くように見つめていたのだ。

 だからもういいだろうと思っていたのだけど……。

『何回見てもいいものだ』
『そ、そっか』

 確かに好きな本は何回見てもいいということはある。
 なら仕方ないか。

 わたし達がそんな事を話していると、院長先生が恐る恐る近付いてきた。
 そして、わたしと周囲を伺うように小さな声で聞いてくる。

「その……少し……ご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
「……丁寧な言葉使いはいりませんよ?」
「滅相もありません! ……いえ、あなた様がそうお望みならそれをしないのは失礼に当たりますか……では普通に話させていただきます」
「そうしてください」
「では、子供達に飲ませたあの水なのですが、他の孤児院に送ったりするのは、許されると思いますか?」
「……?」

 なんでそんなことを……と思ったけれど、きっと、わたしがさっき作った魔力水を他の所に持って行っていいのかどうかの確認をしたいのだろう。
 わたしが黙っていてほしいと言ったからこうやって訪ねる……ということにしているに違いない。

 一応確認として、クロノさんとリオンさんの方を見るけれど、2人ともコクリと頷いてくれる。

「……いいと思います。でも、あれだけの量で足りるんですか?」
「……近くの孤児院から救援要請が来ています。そこの分だけでも足りないでしょう。同じ量が……10個分あれば問題ないかもしれませんが」
「なるほど……」
「聞いていただきありがとうございます。私は仕事に戻ります」

 わたしが持って行ってもいいと言ったので、彼女は頭を下げてから他のシスター達にテキパキと指示をしていく。

 そして、わたしは、念話でウィンに話しかける。

『ウィン。バレないようにここから出られたりしない?』
『ふむ……10分でよければ魔法で幻影を作れる。それでいいか?』
『うん。お願い。フォローはクロノさん達にお願いしよう』

 わたしはクロノさん達にちょっと幻影を作るといったら、それ以上は言わなくてもいいとばかりに頭を撫でられた。
 なぜ。

「こっちは任せてくれ。それくらいはおれ達もやらないと納得できない」
「うん。サクヤちゃんは僕達とずっといた。そう立場に誓って言うからね」
「そこまで重たくなくていいんですが……でも、ありがとうございます」

 わたしは2人にそう言って、ウィンと一緒に台所に行く。
 そして、さらに追加の魔力水を作っておく。

 それが終わるとすぐに広間に戻り、後は誰かがあれを見つけるのを待つだけだ。

「それにしても、誰がこんなことをしたんだろう……」

 子供達は魔力水を飲み、ちゃくちゃくと治っている。
 でも、わたしがいなかったらどうなっていたのだろうかというレベルで広い範囲で起きているようだ。

「わからん。ここまで大規模にできるということは、貴族は確実に関わっていそうだが……」
「クロノさん達の方でも分かりませんか……」
「ああ、裏で何かされていたら分からないからな。裏の顔役と会えればいいが……そう簡単に会えるものでもない」
「なるほど……」

 そう話していると、ウィンが後ろを気にする。

 わたしもつられて後ろを向くと、そこには院長がいた。
 なんかずっといる気がする。

 彼女は遠慮がちに提案をしてくる。

「あの……聞く気はなかったのですが、もし……裏の顔役にお会いしたいのであれば、ご紹介しましょうか?」

 院長はそう言って、願ってもない提案をしてくれた。
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