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3章
90話 ギーシュ
しおりを挟む「レイラ……?」
「大丈夫よ……。あたしよりもサナちゃんの心配をしなさい」
レイラはふらつく足を踏ん張り、何とか立ち上がろうとしている。
「レイラ様!」
アルセラが彼女を支えているけれど、レイラの表情は辛そうだ。
「レイラ。無理はしないで」
「サナちゃんが危険なんでしょう? 今無理をせずにいつするって言うの?」
「……」
レイラの気迫に僕は黙ることしか出来ない。
「わかったならあたしに任せない。迷惑を賭けた分。この壁は絶対に突破してみせるわ」
「……頼んだ」
「ええ」
レイラは辛い表情をしつつも、優しく笑いかけてくれる。
「アルセラ、出来る限り近くまで連れていって」
「……はい」
アルセラにもレイラの覚悟が伝わったのか、肩を貸して壁まで近付いて行く。
レイラはゆっくりとその見えない壁に触れ、スキルを使用し始めた。
「【時のささやき】」
「!?」
レイラは神が使っていたスキルを発動する。
彼女が壁につく手から波が徐々に大きくなって行く。
最初はそこまでの動きは無かったのに、気が付けば彼女の前の空間が歪み、波打っていた。
「これは……」
僕がそう呟いて数秒後。
パリィィィィィィン!!!
ガラスが割れたような甲高い音と共に彼女の前の空間が割れた。
「レイラ!」
僕は力を無くしたように倒れ始めるレイラに駆け寄るけれど、その前にアルセラが彼女を支えた。
アルセラはレイラの体をがっしりと抱きとめ、レイラを壁際に移動させる。
僕は、それを見て、自分のやるべきことを思いだす。
サナを使った儀式を止めるために、ギーシュを倒すのだ。
「レイラが作ってくれたこのチャンス。絶対に逃がさない」
僕は壁があった場所に向かって走り出すが、そこには壁なんて最初から無かったように素通り出来た。
これで後は奴を止めるだけだ。
「【水流切断】」
シュパッ!!!
水の激流が奴に向かって飛んでいく。
そして、そのまま避けられることも無く奴に命中した。
「よし!」
このスキルに当たったやつは誰も無事では済まなかった。
奴もきっと……。
「何がよしなのですか?」
「そんな……」
僕のスキルを受けたギーシュはゆっくりと立ち上がって振り返る。
彼の背中も、体中どこを見ても傷を負った様子がない。
「無傷……?」
「今のが攻撃だと言うのですか? 私の前ではあの程度、攻撃にもなりませんよ」
「……」
僕はあまりの衝撃に言葉を返せない。
あのリャーチェですらこの攻撃は回避していたのに。
どうやってギーシュを攻略しようか頭の中で考え続ける。
彼は話しながらゆっくりとこちらに歩いて来た。
「そもそもですよ。時の神を倒せたのだってまぐれのような物。というか、あんなスキルを介してちょっと出て来ただけの雑魚に手間取っている様では私には勝てません」
「あれが……雑魚?」
「ええ、そうでしょう。私が先日見かけたついでに準備しておいたのですからね」
「準備……?」
「ええ、もしも聖女がここに来ることがあれば、時の神を目覚めさせて敵にするように仕掛けて置いたのですよ」
「そんな……ことが出来るのか?」
「神の降臨をしようとしているのです。そもそも、スキルにはそれぞれどの神かの力が宿っている。何種類の神の力を受けるかは完全にスキル次第ですが……。というか、貴方もご存じでは?」
「知らないけど……」
「それはもう少し言葉を交わしたほうが……」
彼がその続きを言おうとしたけれど、目を僕から横に逸らす。
僕もつられて目をやると、アルセラがギーシュに向かって走っていた。
「アルセラ! 待って!」
僕は急いで彼女を止める。
彼女とギーシュの実力差は天と地ほどもある。
しかも、1人で突っ込んで行ってしまうのは確実に不味い。
ただ、アルセラの目には怒りが宿っていた。
「貴様のせいでレイラ様は! レイラ様は!!!」
「止まって!」
僕は急いでアルセラを追いかけるけれど、彼女は全力で走っている為に僕でも追いつく事が出来ない。
「貴方ではお話にもなりませんよ」
ドン!
ギーシュがアルセラに向かって掌底を放つ。
真っすぐに立っていたはずなのに、気が付いたら右手を突き出していた。
それと同時に、アルセラの姿が消える。
次の瞬間には、後ろの方で物凄い轟音がした。
ドォォォォォォォォォォン!!!
「!?」
僕が慌てて後ろを向くと、そこには壁にめり込んだアルセラがいた。
「アルセラ!」
「どこを見ているのですか?」
「っ!?」
ドン!
僕も一瞬の内に衝撃が腹を襲い、そのまま壁にぶつかった。
ただ、体をタコの状態にしてあったので、そこまでのダメージはない。
問題としてはあの速度だろうか。
どうやって捕らえたら……。
「やはり固いですねぇ。でも、私の速度にはついて来れない様ですね」
「……」
僕は彼から目を離さないようにして注意深く観察を続ける。
一瞬でも目を離せば、先ほどのように掌底を食らってしまうのだ。
でも、こうして観察を続けているだけでは意味がない。
近づき、攻撃をしなければならないのだから。
サナを助けるためには、こちらから仕掛けなければならない。
「はあああああああ!!! 【触手強化】」
僕は正面突破を試みる。
両手を触手に変え、奴に少しでも触れればそれだけでねじり切る。
奴の速い攻撃は多少は仕方がない。
先ほどの攻撃でもそこまでのダメージは無かった。
だからカウンター狙いなのだ。
奴は、そんな僕の思惑を知ってか知らずか同じ攻撃を繰り出してくる。
ドン!
「ぐぅ!」
僕は奴のあまりの威力に吹き飛ばされてる。
けれど、その途中で彼の突き出して来た右手を触手で捕らえることに成功した。
グシャ!
「!?」
僕は再び先ほどの壁に体を打ち付けたけれど、それでも、彼の片腕を持って行けた満足感があった。
「さっきの……時の神の話も本当なの? 貴方の方が弱そうに思うけど……」
僕はそう言いながら壁からはい出す。
彼は、自分の潰された右手を見て笑う。
その笑顔はいたずらをした子供を見かけた教師のようだ。
今の攻撃が一切聞いていないことと同じような雰囲気すら漂わせている。
「くくく、確かに、貴方のクラーケンの力はやはり厄介ですね。では、私も見せて差し上げましょう」
「何を?」
「貴方と同じでスキルを使うだけですよ」
「……」
僕は警戒感を強めて彼の全てを見ようと気を付ける。
そして、彼は想像もしなかった言葉を口にした。
「【イヌ化:フェンリル】」
彼は、クラーケンと同じ神獣と言われる1体の名前を口にした。
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