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1章

26話 vsグレーデン

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「その体は……」

 グレーデンの体は見る影もなく変わっていた。
 両手は僕と同じようなタコの触手、でも2本ずつという感じではなく1本ずつだ。

 服が破れて足が見えているけれど、動物のような……爪などを持つ物。
 イヌやネコだろうか? 毛だらけになっているのでなんとなくでしか分からないけれど。

 極めつけはその顔だ。
 トカゲの様な……よく言えば竜と混ざったような顔に変形している。
 口は伸びて前に突き出していて、歯はとても鋭そうだ。
 目は縦に割れ、爬虫類のものになっている。

 どうしてグレーデンだと分かったかと言うと、なんとなく……というしかない。

 学園の制服はボロボロになっているし、声も叫び過ぎた後のようにかすれている。

「てめぇのせいで……てめぇのせいで俺様はこうなっちまったんだ。てめぇの触手を移されて吐き気がするんだよ……。絶対に……絶対に許さねぇ。お前にも……お前の妹にも同じ目に合わせてやる」

 奴は僕を憎む目で見ているけれど、僕はその目を正面から真っすぐに見つめ返す。

「今まで散々酷いことをしておいてよく言うよ。まぁいい。そんなお前の事なんてどうでもいい。サナはどこだ」
「サナ? ああ……あいつなら……食っちまったよ」
「は……?」

 僕はグレーデンが何を言っているか分からなくて問い返す。

 嘘だ……そんな……そんな……。

 僕が何も言えなくなっていると、グレーデンは笑いながら僕を触手で指をさす。

「くはははははは! いい顔だなぁ! ああ、そういう顔を見るのが最高だぜぇ……。はぁ……。てめーの妹はアジトで眠ってるよ」
「本当だろうな?」
「どうだろうな? ま、そんな事を言っているのは俺様をこんなクソみてーな体にしやがった奴の言葉だからな。信頼するかどうかはてめー次第だ」
「誰かにやられた……?」
「当然だろうが。じゃなきゃこんな体誰がなるかよ」
「それも……そうか……」
「それじゃあ……言われていた説明も終わった所で……さっさと殺し合うか」
「っ!」

 グレーデンはそういうと思いっきり僕の方に向かって飛んでくる。

 そう飛んでくると錯覚するほどの勢いだ。
 動物の足で思いきり地面を蹴りつけたのか、人の足の速度ではない。

 ドガッ!

 僕はそのまま蹴りで吹き飛ばされ、地面をこれでもかと転がっていく。

 急いで起き上がると、奴はまた向かってくる。

「はっはぁ! てめーを足蹴に出来るのがこんなにも楽しいとはな!」
「ぐぅ……! 【タコ化】【触手強化テンタクルフェイズ】」

 僕は両手をタコにして奴の蹴りを受け流そうと待ち構える。

 しかし、奴は今度は足ではなく、口で突撃していた。

「食いがいがありそうだな!」
「ぐぅ!」

 ガブリ、やつは思い切り僕の触手を噛み千切って後ろに抜けていく。
 先ほどから見えていた牙は飾りでも何でもなく、本当に鋭いものだったようだ。

 食いちぎられた触手の先端2か所が少し痛む。

「【自己再生オートリペア】」

 奴が来る前に少しでも回復をする為にスキルを発動させるけれど、奴は既に突撃してくる体勢が整っていた。

「休ませてなんかやらねぇよ!」
「くっ!」

 僕は横っ飛びに転がり、何とか回避するけれどいけない。
 このままでは削り取られていくだけだ。

「はっは! 考える暇なんてやらねぇよ!」

 奴はまたしても飛び込んで来るけれど、僕は横っ飛びに回避するのを何度か繰り返した。

「ここまで走ってきて疲れてるもんなぁ!? いつまで続けられるかな!?」

 奴の言う通り、体力はかなり厳しい。
 何とかする術はないか……考えた所で、やつが最初の一回以外ずっと口の方から飛び込んで来ている事に気が付く。

(最初だけ足から来たのは何でだ……? 場所? そうか、丘の上からだったから来れたのか。今は平面だから来れない)

 奴が口から来ると言って出来ることはそこまでない。
 でも、何か解決の糸口になれば……。

「ぐぅ!」
「っぺ! だいぶでけぇのが千切れたな!」

 奴の突撃で触手の一本が中ほどまで食いちぎられる。
 でも、流石に僕の触手が太かったのか、勢いは落ちていた。

「残り全部の触手も食いちぎってやるよ!」

 奴はそう言って再び突撃をして来た。

 そして、僕はそれを正面から受け止める。

「【触手強化テンタクルフェイズ】」

 今度は横に逃げるのではなく、奴の正面に立つ。
 そして4本の触手を全て前に出して、奴の口を狙った。

「食いちぎってやるよ!」
「やって見せろ」
「タコ野郎が!」
「お前もだろう。半端もの」

 ドシィィィン!!!

 僕は何とか正面から受け止めた。
 そして、奴の口一杯に僕の触手を詰め込もうとして、更にそこで出来る限り大きくする。
 食べてくるのであれば、食べきれないほどの量をぶち込んでやればいい。

 いくら竜の様な鋭い牙を持っていても、飲み込む為ののどは大して変わらない。

 奴の喉に触手を詰め込み、大きくして体内から傷つける。
 奴には命が9個もあるのだ。
 最悪、殺してしまっても問題はない。

 奴の喉を傷つけ、顎すらも破壊する。
 けれど、奴は……笑っていた。

「ん?」

 なんだか奴の体内に入れた触手が熱い。
 まるで炎に焼かれているように熱い気がしているのだ。

 危険を感じた僕は触手を小さくして引き抜くと同時に、奴の口から真っ赤な炎が吐き出された。

 ボアアアアアアアア!!!

 僕が飛びのくと同時に奴は草原一帯を焼き払った。

 奴の口からは直ぐに炎が消える。
 そう長い時間ブレスを使えるようではないらしい。

 しかし危なかった。
 あのまま口に触手を入れていたら、きっと4本とも焼き落とされていただろう。
 それほどの熱気があった。

「よくかわしたなぁ。てめーなんざ簡単に殺せると思っていたが……」
「お前に負けるほど弱くないよ」
「言ってろ雑魚が。てめーも地獄に叩き落としてやる!」

 奴は突撃して来るけれど、さっきまでの威力はないが、少しだけ高い位置を通り抜けるようだ。
 僕の少し上を通り抜ける……そんなルートだろうか。
 けれど、その目は先ほどと変わらずに何かを狙っているようだった。

 僕は何が起きてもいいように触手を前に出して構える。

 そして、奴は口を閉じ、喉がふくらむ。

「まずい!」

 僕は奴に向かって飛び込む。
 そう。奴の下をくぐる様に飛び込みつつ、触手を背中に回す。

 ボアアアアアアアア!!!

 奴が僕の少し前辺りから炎を吐き、僕がいた一帯を焼き尽くす。

 奴のブレスに当たった草は一瞬にして燃え落ちてしまう。
 僕の触手も、防いだ部分の半分ほどが焼け焦げた。

「つぅ……」

 タコになっていると多少の痛覚は減るけれど、それでも、痛いものは痛い。

「【保護色カラーコート】」

 僕は今のうちに姿を消し、奴に向かって突っ込む。

 奴は僕を見失って探し回っている。

「どこだ! どこに行きやがった!?」
「ここだよ」
「何!?」
「【触手強化テンタクルフェイズ】」
「ぐあ!」

 僕は強化して奴の顔を殴り飛ばす。

 奴は近くまで来ていると知らなかったのか、なすすべもなく吹き飛ばされた。

 でも、僕はすぐさま追撃に移る。

 奴に距離を保たれてしまうと、ブレスがどうしても厳しくなるからだ。

「てめ……が!」
「しゃべってる暇なんてないと思うけど?」

 僕は馬乗りになって触手でこれでもかと奴の顔を殴り始める。
 ウィリアムの分。ウェーレの分、僕の分、サナの分、サナが怖がった分、サナの名前を出した分、サナと同じ空気を吸った分。

 これでもかと殴って行くけれど、中々タフで意識を失う様子がない。
 このままでは良くないと思ったのか、口を閉じて喉が膨らむ。

 ブレスが来る。
 そう判断した時には、僕は触手4本で奴の口を締め付け、決して開けない様にした。

 ボフン!!!

 奴の体の中で何かが爆発した音が聞こえ、触手で締めている間からは黒煙がうっすらと登っている。

「ぐぅ!」

 触手を締めることに集中し過ぎて、奴の触手に頭を殴られて地面を転がる。

「かはっ! がはぁ……がぁ!」

 奴は口からおびただしい程の血を流しながらも僕を睨みつけている。
 でももう死にかけているはずだ。

 先ほどの攻撃で喉にもダメージがいったはずだし、今の爆発でボロボロだ。

 それでも、奴は戦う気力を失っていない。

 こっちもかなりボロボロだ。
 どうするべきか……。

「ぜぁ!」
「……」

 奴が触手を伸ばして僕に襲い掛かって来るけれど、軌道も威力も全てが甘い。

 僕は簡単に奴の攻撃を払いのけ、叩き伏せる。
 近付き、触手で首を締め上げる。

 首までタコになっていたら叩き潰すしかなかったけれど、首は一応人間の物らしい。
 後少し力を入れただけで殺せるようにして、僕は奴に問いかける。

「サナはどこだ。吐け」
「知るか……よ」
「殺されたいのか? 僕は……僕は本気だよ?」

 サナの為であれば僕は人を殺す。
 僕の存在理由はサナの為、だから、その邪魔をする奴は誰だって容赦しない。

 しかし、グレーデンは鼻で笑う。

「殺せる……物なら……殺して……みろ……」
「グレーデン……」

 僕は更に力を込めようとして、少し疑問に思った。

 どうしてここまで奴が殺されることを怖がっていないのだろうか?
 確かに奴のスキルは9個命があるというもの。
 8回は死んでも問題ないけれど……。

 ここまでの会話を思いだすと、彼は誰かにこの様な体にされたと言っていた。

(もしかして……その人を怖がっていて、逆に殺して欲しい……とか?)

 鎌をかけてみることにした。

「やっぱりやめた。お前を殺した所で意味ないからな」
「な、何言ってやがる! 俺を殺さねーとてめーの妹を殺すぞ! いいのか!? 今までのおもちゃなんて非じゃねぇくらいにえげつない事をしてやるぞ!」

 あっていたみたいだ。
 こいつは殺して欲しいらしい。

「じゃあサナの居場所を吐け。そうしたら殺してやる」
「本当……だろうな」

 グレーデンは僕にすがるような目で見つめてくる。

「ああ」
「そっちの森の中の……」

 カクン

 いきなりグレーデンが意識を失った。

「おい! 何で途中で終わる! おい!」

 パチパチパチパチ

 僕の耳に乾いた拍手が聞こえてくる。

「やれやれ、勝手に死のうとするわ……場所をバラそうとするわ……これは帰ったらしつけ直さないといけませんね。ともかく、勝利はおめでとうございます。そのご褒美にサナ嬢はご無事ですよ。指一本、彼女には触っていませんし、何もしていません。クトー君」

 その聞き覚えのある声に、僕は後ろを振り向く。

「ローバー先生……」

 僕と仲の良かったローバー先生が月明かりに照らされて微笑んでいた。
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