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6章
139話 次の目的とお別れ
しおりを挟む「エミリオ。おれは……あいつを……先ほど見た竜を……倒せないと思っている」
師匠は僕にそう言ってくる。
でも、当然そんな言葉を受け入れることはできない。
「そんな! そんなこと! なんでそんなことを言うんですか! 僕が……僕がどんな気持ちで!」
絶対に治療すると、僕自身の手で治療すると決めて、師匠も、僕ならできるかもしれない。
そう言ってくれたのに……。
それなのにどうしてそんなことを言うんだろうか。
師匠は、いつもの口調で話す。
「知っているとは言わん。だが、嘘を教えても前には進まんだろう? それとも、できないと思っていることを、できると言って安心させてほしかったのか?」
「それは……」
「なぜおれが奴を、竜を倒せないと言ったのか分かるか?」
「え? それは……竜は……とても強いです。英雄等の強い人でなければ勝てないから……ではないのですか?」
「違う」
僕の答えに、師匠は断言する。
「いいか? 別に竜と言ってもあれは本物ではない。知能があるわけでも、力があるわけでもない。だが、場所が問題なんだ」
「場所……?」
「そう。あそこは脳の中。重要な場所の更に奥の奥だ。そんな場所で戦闘をしたらどうなると思う?」
「それは……」
魔法が間違って当たってしまったらそれだけで取り返しがつかないことになる。
それ以外にも、敵の攻撃を僕が避けてもそうなってしまうかもしれない。
「僕の脳が大変なことになると思います」
「そうだ。だからあそこで倒す事はできない。そう言ったのだ」
「……」
なら……諦めるしかないのか……。
そう思っていると、師匠が話を続ける。
「だが、不幸中の幸いな事がある」
「不幸中の幸い?」
「この国には、おれの他に特級回復術師が後2人いるな?」
「はい」
「そのうちの1人は脳の研究を重点的にやっている。そして、彼の力があれば……この問題を解決できるかもしれない」
「じゃあ……」
「ああ、今のままでは倒せない。だが、他の者の力を借りれば、何とかできるかもしれない。しかも、『水の解析』でお前の体を調べたが、おれが異常を感じるのは脳のその部分だけだ。だから……それを倒すことができれば、お前は……」
「……」
師匠の言葉はとても……うれしく、僕をやる気にさせるものだった。
「はい! 僕は……僕は僕自身を治療して、自由に生きる!」
「ああ……そうしよう。それじゃあ、今日にでも行くぞ」
「いきなりじゃないですか!?」
「急いだほうがいい。なんとなく……だがな」
「? 分かりました」
それからは僕達は次の街に向かうことになった。
「よし、それじゃあ……」
コンコン
行こうと言いかけていた師匠の言葉は、部屋をノックされる音で止められる。
「誰だ?」
「俺です。ロベルトです。エミリオに別れのあいさつをしに来ました」
「なに? 入れ」
「失礼します」
そう言って入って来たのはロベルト兄さんと、ヴィーだった。
「ヴィー!? どうしてここに!?」
「それは簡単ですよ。ロベルトが勉強を放り出して王都から出て行ったと聞いたので、連れ戻しにきたんです」
「放り出して……?」
僕は兄さんの方を見ると、兄さんは目をさまよわせながら答える。
「ち、違う……ぞ? ちょっと……これから……舞踏会に出る……必要があるからな……? その練習がてら……ということもある訳だ」
「そうだったんだ。流石に兄さん」
やっぱり……ヴィーがすごいとはいっても、兄さんも考えなしに行動する訳がない。
「へぇ……私が聞いた情報によると……色んな女性と仲良くしていたようですが?」
「べ、別にやましいことはしていない! ただ話していただけだ! それに、誘われたら断れない事だってあるだろう!?」
「ではどん表情だったか……フィーネ殿にお話ししておきますね。バルトラン領で警戒して下さっているのに……ねぇ?」
「……すいません。俺が悪かったです。言わないでください」
「まぁ、これくらいでいいでしょう。という訳で、これからロベルトと共に王都に戻ります。本当はもう少しお話したいんですが……」
「ですから孤児院に行くくらいはいいのではと……すいません」
兄さんはヴィーの鋭い視線で黙り込んだ。
兄さんは孤児院に行きたくなるという理由は分かる。
兄さんもずっと孤児院に行っていて、みんなと仲良くなったから。
それを思えば、一緒にあいさつだけはさせてもらえないだろうか。
「ねぇ、ヴィー」
「なんでしょう?」
「その……ちょっとだけ……一緒に孤児院にきてくれない? 僕も……少し話したいこともあるし」
「……しょうがありません。今回だけですよ」
「うん! ありがとうヴィー!」
「……もう……ちょっとズルではありませんか?」
「なに?」
「な、何でもありません!」
途中、ヴィーが小声で話していて、聞き取れなかった。
でも、ヴィーはちょっと怒っているのか顔を赤くして首を振る。
それから一緒に孤児院へと向かう。
ただ、師匠は用事がないということで3人で向かった。
他にもシオンさんや少数の護衛の当然いる。
孤児院へ到着すると、いつもの様にジェシカが飛び出して来た。
「きょうこそ……にがさない……」
「ジェシカ!」
兄さんとジェシカが遊んでいる間に、僕はアンディと話す。
「アンディ。今日は……ちょっと言わないといけない事がある」
「もしかして……おわかれ?」
「知ってたの……?」
「なんとなく……」
「そう……その通り。僕は……今日にでもこの街を出ることになると思う。だから……お別れを言いに来たんだ」
「……もっと……まほうを……ならいたかった。もっと……いっしょにいたかった」
「アンディ……」
彼はうつむいていて、声はとてもか細い。
でも、彼は目の端に涙を浮かべながらも言ってくる。
「でも! エミリオにいはしないといけないこと……あるんだよね?」
「……うん。僕が……絶対に……命をかけてもやらないといけない事があるんだ」
今でこそそれなりに元気になったけれど、未だに魔法をかけていないとその体力はかなり低い。
アンディと力の勝負をしても、きっと……すぐに負けてしまうことだろう。
僕は……やらなければならないことがあるんだ。
アンディは僕の言葉を聞くと、抱きついてくる。
「アンディ?」
「また……ボクにまほうをおしえてね。エミリオにいが……がんばっているあいだに、ボクも……がんばるから」
「うん。ありがとう。アンディ」
僕は彼の頭をなでる。
それが終わると、彼は笑顔になって僕から離れた。
「またね。きっと……きっとボクもすごい、とってもすごいまほうつかいになるから」
「うん。楽しみにしているよ」
そうして、僕達は別れ、院長先生が入れ替わりに来る。
「エミリオ様。本当に……本当にありがとうございました。あなたがいなければ……わたしは……今頃いなかったでしょう」
「院長先生……その……これから大変かもしれませんが、がんばってください」
「ええ、あなたに救ってもらったこの命……この子達の為に使います」
「そこまで重たく思ってもらわなくても大丈夫なんですが……」
「いいえ、それに、もともとこの生き方がわたしにはあっているのです。こうやって……子供たちに囲まれて……子供たちの為に生きる。それが……わたしの幸せなんです」
そう話す彼女はとても晴れやかな笑顔をしていた。
「そう……ですか……」
「ええ、なのでどうかお気にやまず。むしろこれで子供たちに後ろ暗いことなくやっていけます。それにとても……頼りになる方も増えましたからね」
「?」
そう言って彼女が振り向いた先には、ディオンさんがいた。
「エミリオ様。これからはわたくしもこの孤児院で仕事をしていきます。なにかあれば……いつでもお呼びください。すぐに駆けつけますので」
「ありがとうございます。ディオンさん」
「そのセリフはこちらです。お体にお気をつけて」
「はい。それでは……またどこかで」
「ええ」
「はい」
そうして、僕達は孤児院のみんなに別れを告げて、屋敷に戻る。
その道中、僕はヴィーと話す。
「ヴィー。色々と……ゆっくり話せないのは残念だけど、今度……王都にでも行った時に、ゆっくり話そう?」
「ええ。いつでもお待ちしています」
「うん。ヴィーは僕の屋敷に来てくれたけど、ヴィーの屋敷に行った事もないから行きたいな」
「……その時は我が屋敷でできること全てを見せて差し上げます。今は……お互いにやることがあるのは分かっていますが……。それでも、私はずっとお待ちしています」
「そんなに長くならずに行けるといいな。ヴィーともっと話していたいから」
「……ではいっそのこと……いえ。今は止めておきましょう。その時を心から……お待ちしていますから」
「うん。僕も同じ気持ちだよ」
「はい」
それから、予定していたお別れの場所に到着した。
「あっという間に時間になっちゃった。それじゃあ体調に気を付けてね」
「ええ、エミリオも……無理はしてはいけませんよ?」
「うん。大丈夫。僕は回復術師だからね。簡単に回復してみせるよ」
「あなたならできるのでしょうね」
「そう。だから、またね」
「ええ……また」
僕達はそう言って別れる。
「兄さんもまたね!」
「この空気で俺って入れるのか? いや、いいか、じゃあなエミリオ。また会おう」
「うん!」
「じゃあ、元気でな!」
そうして、兄さんとヴィー、シオンさんも離れていった。
すると、そのタイミングでサシャ、師匠にクレアさんが現れる。
「タイミングが悪かったでしょうか?」
「そんなことはありませんよ。クレアさん」
「では……急ぎ次の場所に行くのでしょう。簡単に済ませておきますが、これをお持ちください」
彼女はそう言って小さな高級な小箱を差し出してくる。
僕は受けてっていいのか不安に思って聞く。
「これは……なんでしょうか?」
「私の……いえ、ドルトムント伯爵家としての感謝の印です。分かりやすいものの方がいいのではないかと思いまして」
そう言って彼女は差し出してくるので、僕はそれを受け取る。
「開けてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
僕はその小箱を開けると、中にはとてもきれいな翡翠色の真珠の様なものが入っていた。
「これは……」
「我が領で取ることのできるとても貴重な品です。1年に1つ取れればいい方なので。それと、私の2つ名の元になったものでもありますよ」
「これが……」
とっても綺麗で、正直僕に似合っているとは思えない。
というか、僕がそんな年に1つ取れるかどうかの品なんて……。
「あ、あの……僕がこれを受け取ってしまうのは……」
「受け取って下さい。この街を救って下さったのはあなたなのですから。その方に感謝の気持ちを示さないのは貴族として笑われてしまいます」
「でも、力になってくださると……」
「それはディオンの不始末の分ですから」
「あ……でも、これは僕に似合わないんじゃないかと……」
「ふふ、ならばあなたが似合うと思う方にお渡ししてください。タイミングが……悪かったのかもしれませんかね?」
「……」
クレアさんはそう言ってちょっといたずらっぽく笑う。
「ふふ、私はこれで失礼します。なにかあれば早馬を飛ばしてください。ああ、そうだ。お伝え忘れていました」
「なんですか?」
「最近、魚が獲れなくなっている。という話があったと思います」
「はい」
「あれは……原因はプルモーの毒だったようです。討伐され、魚が徐々に戻ってき始めています。あら、これでまたなにかしなければなりませんね?」
「そ、それはなにかあった時ということで……いえ、プルモーを倒してくれたのはロベルト兄さんなので、そちらにお願いします」
僕じゃなくってロベルト兄さんがやったんだから、ちゃんと押しておかないと。
「なるほど、考えておきましょう。感謝いたします」
「はい。僕も……助けて頂いてありがとうございました」
助けてもらったり、屋敷に泊めてもらった礼……という訳ではないけれど、しっかりと頭を下げておく。
貴族として、上下関係はある程度しっかりとさせておかないと。
「あなたは……とても誠実な方ですね。婿にでもきますか?」
「はい?」
「冗談です。それでは、本当にこれで……」
「はい。ありがとうございました」
クレアさんはそれだけ言うと屋敷の中に帰っていく。
「よし。行く準備は済ませてあるな?」
「はい」
師匠がサシャに確認をとって、僕達も自分たちの馬車に乗り込む。
「それじゃあ……次の街に行くか」
「はい!」
こうして、僕達はヴェネルレイクを旅立ち、次の街を目指す。
**********************************
これにて6章は終わりになります!
長くお読みいただいてありがとうございます。
なんとか年内に書き切ることができました……。
次の7章以降ですが、ちょっと投稿する時期は不定期か……書き終わってから毎日投稿になると思います。
どちらがいいですかね?
それと、本作の1巻が発売していますので、良ければ購入お願いします!
因みに、電子書籍の方は1月13日です。
それでは、良いお年を。
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