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6章

135話 ディオンの願い

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 ロベルト兄さんがプルモーを倒してくれた。
 だけど、それを国王陛下に見られてしまう。

 陛下は兄さんを見ながら口を開く。

「ロベルト……お前……余の親衛隊に入らんか?」
「え……?」

 兄さんは脂汗をかきながら視線を色々な場所に彷徨さまよわせている。
 でも、黙ったままだといけないと思ったのか、なんとか言葉を絞り出した。

「あ……その……一体……なぜ……でしょうか?」
「決まっている。お前……その手に持っている氷の剣。さらに色は違うが、その体を包んでいる光は強化魔法か? 魔法を同時に発動させながら戦えるなど……。そもそも、孤児院に通い詰めていたのはこの街の病の原因を探っていたから……か? もし……そうだとしたら、是非ともその力、我がもとで振るってくれ!」

 国王陛下はそう言って兄さんに詰め寄っている。
 最初こそ、止まっていたけれど、気が付くと兄さんの肩を掴んでいた。

「うぅ……」
「!? 兄さん!」
「?」

 僕が叫ぶと、兄さんは僕の方を向く。
 そして、すぐに察してくれたのか陛下の手をとって部屋の外に向かう。

「陛下! その話は後にしましょう! それと、急ぎ【奇跡】様を呼んで下さい!」
「な、なぜだ。今はそれどころでは……」
「ディオンさんが死にかけているのです! いいから早くして下さい!」
「わ、分かった。お前の顔を立てて……」
「早くしてください! 命がかかっているんですよ!」
「この余にその物言い……やはりお前は特別な……」
「早く行きますよ!」

 兄さんはそう言って陛下を連れて部屋の外に出て行った。

 僕は、兄さんがやってくれたのを確認してサシャに向かって叫ぶ。

「サシャ! 扉を閉めて見張っていて!」
「かしこまりました!」

 サシャはすぐに返事をすると、扉を閉めてくれた。

 僕はディオンさんに向きなおり、彼の意識を確認する。

「ディオンさん! 大丈夫ですか!? 意識はありますか!?」
「エミ……リオ……様……。わたくしの……ことは……お気になさらず……。もし……ご慈悲があるなら……楽に……していただけませんか……」

 ディオンさんは目が見えていないようで、焦点があっていない。
 呼吸も浅く、体に力が全く入っていないようだ。

「そんな……ダメです! 気をしっかり持って! 師匠がすぐに来ますから!」

 治療をしようと思っていても、ロベルト兄さんに魔力を使い過ぎてしまった。
 魔力はほとんどなく、魔法を使うことは……。

「あぁ……やはり……悪いことはしてはいけない……のでしょうかね……。せめて……迷惑にならずにやるべきだったのに……」
「迷惑……?」
「なんでも……ありませんよ。ああ、エミリオ様。あなたの優しさを見込んで……お願いしたいことが……」
「なんでしょうか」
「今回の件。責任は……全てわたくしにあります。院長以下、この孤児院の者達は……何も知りませんでした」
「……」

 力なくそう話す彼は、口元に微笑みを浮かべる。

かしこく優しいあなたなら……この意味……。理解して下さると確信しています……」

 彼はそう言って意識を失った。

 ギリリ。

 僕はくちびるをかんで血が流れ出る。
 でも、それが分からない位に力が入っていた。

 なんで……彼が死なないといけないのだろう。
 彼は……ディオンさんは、全ての責任を取って死のうとしている。

 マーキュリーを街にバラまき、金を稼いでいた。
 多くの人をマーキュリーにさせていたのは自分だと……。

 だけど僕は断言していい。
 それは彼が望んだことでは決してない。

 彼は……資金難で悩むこの孤児院の為に、マーキュリーを売買していた。
 そして、そうしなければならないから、院長もそれに協力していた。

 最初こそ、新たな資金になって、この孤児院の為になっただろう。
 貧乏な貴族達を密かに相手にして、彼らも情報を得られるように孤児院もお金を得られるように、素晴らしい関係を築けていたのだろう。

 マーキュリーに毒性があると分かるまでは。

 それが分かってからはどうしようも無くなっていたのだろう。
 孤児院の為に、マーキュリーを売り続けなければ簡単に干上がってしまう。
 かと言って、マーキュリーを売り続ければ、多くの患者が出てしまう。

 どちらを選んでも犠牲者は出る。
 だから……だから……正直に話す事ができず、こうなってしまって、自分で責任を取って死のうとしているんだろう。

 助けたい。
 彼が……した行動は間違っていたかもしれない。
 だけど、彼が多くの人を助けようと行動していたんだと思う。

 だから……僕は……僕は、彼を助けたい。

「魔力が……ない……か。でも、体中から絞り出せば……あるんじゃないのかな」

 今までは限界まで使ったことはない。
 師匠にも止められているし、その反動も辛いと言われているからだ。

 僕の体では……耐えられないかもしれない。
 そう言われてしまったから。

 だけど、僕は助けたい。
 助けるために、なんとかするしかない。

 僕は目を閉じて集中する。
 いつも引き出している体の奥にあるもの。
 それはほとんど残っていなくて、でも、今はそれがたくさん必要になって……。

 散らばっているものをかき集めて、なんとか魔法を発動させた。

「全てを見通すはあらゆる流れ、祖が存在はあらゆる生命の母に宿るもの。解析し理解し解きほぐせ水の解析ウォーターアナライズ

 ディオンさんの体の情報を読み取る。
 まずはこの情報がないと彼を治療することができないからだ。

 でも、次の魔法も発動させないといけない。

 彼の体は徐々に黒く侵食されていく。
 僕の魔力が回復するのを待っている時間も、師匠が急いで辿り着いてくれるのを祈る時間もない。

 僕は再び目を閉じて、体の奥……その奥にある魔力に手を伸ばす。

「つぅ……」

 しかし、その奥にある魔力をひっぱろうとすると、すぐに拒絶された。
 それどころか、奥にある魔力を守るかのように攻撃してくる。

「なんだ……これ……」

 訳が分からない。
 僕の体は僕の物であるはずなのに、その魔力を引き出そうとすると拒否をする?
 まぁ……それだけなら分かるけど、攻撃をしてくるなんてありえない。

 でも、ここに魔力がある事は知れた。
 なら、なんとしても、この魔力を強引に引きずり出して使う。

 僕は何度もひっぱり、弾き返されてを繰り返す。
 そして、ついに敵の隙をついて魔力をひっぱり出すことに成功する。

「よし! 根源より現れし汝のいしずえよ、かの者を呼び戻しいややせ『回復魔法ヒール』」

 さっきディオンさんから読み取った情報を元に治療をする。
 彼の肌はゆっくりと黒から肌色に代わり、元の姿に戻った。

「良かった……。これで……!」

 僕は魔力を使い果たして、後は師匠に任せようとする。
 でも、それはできず、倒れそうになる自分を何とか奮い立たせた。

「また……黒く……」

 ディオンさんの肌には相当量のマーキュリーがついているのか、治療したばかりなのにまたしても黒くなり始めていた。

 もし、僕がここで倒れてしまえば、ディオンさんは……。

「く……」

 僕は何とか体に力を入れ、踏ん張って耐えた。
 でも

「魔力がない……。それに、ディオンさんを治療できる時間も……」

 ディオンさんは急速に黒くなりつつあり、今すぐに治療を始めなければならない。
 でも、今から彼の体に入り、マーキュリーを倒していく時間はない。

 なら……僕にできるのは……。

「あれしか……ないよね」

 師匠に教えられ、一度しか発動していない。
 あの時は……ずっと治療を続けていたからいけたけれど、今回は……そこまでマーキュリーを把握する時間はなかった。

「やるしか……ない」

 それでも僕はディオンさんを助けるために、目を閉じて、集中を始める。
 再び僕の中のなにかと戦い、魔力を奪おうとする。

 今度は相手も本気なのか、必死の抵抗をしてくる上に、頭痛がしてきた。
 それでも、僕は諦めずに必死で魔力を奪い取る。

「よし。これだけ取れれば!」

 僕はディオンさんの周囲に集中し、魔法を発動させる。

「汝の元を呼び起す。汝と相容れぬ敵を拭い去り、蒼穹の果てへと導かん。我が祝福にて誘おう『治癒魔法キュア』」

 ディオンさんを青い光が包むのと同時に、激しい頭痛がして体勢を維持できなくなる。
 その拍子に、意識が一瞬飛びそうになった。

「……!」

 ダメだ。
 魔法はまだ……途中。
 集中しろ、痛みなんて忘れろ。
 せめて魔法が終わるまでは……。

 激しい頭痛を耐えながら、僕はなんとか魔法を発動し終えた。

「これで……助かった……はず……」

 僕はそれからすぐに意識が落ちるのを感じた。
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