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6章

112話 マーキュリー

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「マーキュリーについて?」

 師匠がクレアさんに聞くと、彼女はゆっくりと丁寧に話してくれる。

「ええ、【奇跡】様は……」
「ジェラルドでいい」
「ジェラルド様はこの街についてどこまで知っていますか?」
「特産品が化粧品や装飾品ということ。それと、湖に接しているということくらいか?」
「なるほど。ではまずご依頼から」
「ああ」
「ジェラルド様。あなたには、マーキュリーという病……いえ、毒……でしょうか、それの治療法を発見していただきたい。それができなければ、マーキュリーの出所を見つけ、根源を潰して頂きたいのです」

 クレアさんは真っすぐに師匠の目を見て話す。

 師匠はしばらく考えて、クレアさんに聞く。

「色々と聞きたいことはある。だが、まずはマーキュリーというものについて説明しろ」
「え? ご存じないのですか?」

 クレアさんがあれ? という感じでとぼけたような表情を浮かべていた。

 師匠は頭を抱えて話す。

「さっきからそのマーキュリーというモノを教えろと言っているだろう……」
「す、すいません。では説明させて頂きます。マーキュリーとは、ここ1年ほどで取引されるようになった化粧品になります」
「化粧品? それが……毒……と言われる程なのか?」
「はい。最初こそ、問題にはなっていませんでした。ですが、マーキュリーを長く使えば使っているほど、使っている部分は真っ黒に変色し、歯が抜け落ちていく。そんな症状しょうじょうに見舞われるのです」
「そんな危険なものなら使用を禁止すればいいのでは?」
「しております。ですが若干の中毒性があるらしく……。それに問題なのは、この化粧品は……それさえなければ素晴らしいのです」
「素晴らしい?」
「はい。この化粧品の効果として優れいるのは、この街で売られているかなり高額な化粧品より、ほんの少しだけ劣っているという点と、その値段です」
「どれくらい違うのだ?」
「ざっくりと……20分の1程度……でしょうか」
「20分の1」

 それで効果は高額な化粧品のほんの少し劣る程度……。
 化粧品ということはよくわからないけれど、使ってしまうのもおかしくはないような気がする。

 師匠も同じように思ったらしい。

「なるほど、それでどうして治療法を見つけろと?」
「領主としての責任です。最初こそ、問題ないとして放置してしまいました。副作用で黒くなると分かる前ですが……それでも認めてしまったのです。なので今回のことについて解決しなければなりません。しかし、私は……解決する為の才能はありません。なので、貴方にしか頼めない……と」

 師匠はクレアさんの言葉を聞き、少し考えてから口を開く。

「なるほど。そちらの方は了解した。できると明言はしないが、努力はしよう」
「本当ですか!?」
「ああ、こんなことで嘘はつかん。ただ、一つ聞きたいことがある」
「はい? なんでしょう?」
「先ほどの話、後半の方は無理だと言っておこう。おれはそもそも冒険者ではない」
「そう……ですか……」
「第一、この街の領主であるお前達が化粧品を管理しているのではないのか? お前達ができないことをおれができると思うな」
「すいません……」
「気にするな。だが、そんなことはいい」
「え? いいのですか?」
「ああ、そんなことよりも、早くマーキュリーをみせろ、研究させろ、観測させろ。話はそれからだ」
「あ、はい。こちらです!」

 師匠はもう……あちら側に行ってしまった。
 こうなったら、研究対象のマーキュリーを徹底的に調べつくすまで止まらない気がする。

 クレアさんはそんな師匠を喜んでいた。
 彼女も師匠と同類なのかもしれない。

「ではこちらへどうぞ。他の方々は街へ行きますか?」
「あ、僕は……」

 僕はそこまで口を開き、行ってもいいのか迷ってしまう。
 クレアさんが招いたのは師匠だけで、僕は含まれていないと思ったからだ。

 しかし、師匠は僕の肩に手を置く。

「こいつは連れていく。いいな?」
「連れて……ぱっと見……まだ子供かと思われるのですが……入れるのですか?」
「入れる。おれの自慢の弟子だ。一緒に行くぞ」
「……なるほど。ではこちらへどうぞ」

 僕と師匠はクレアさんに連れられて先ほどの研究室に戻る。

 サシャは扉の前で待機してくれていて、何かあったらすぐに来てくれるそうだ。

「では、早速準備しますね」

 クレアさんはドレスでも関係ない。
 そんな様子でテキパキと準備していく。

 彼女の研究室は色々な器具がこれでもかと机の上におかれていたり、壁にかけられている。
 多少は分かるけれど、半分以上が知らないものばかりだ。
 ただ乱雑におかれているそれらはちゃんと規則性がありそうで、彼女なりの目安などがあるのかもしれない。

「さて、これの中にマーキュリーはいます」

 クレアさんはそう言って僕達の前にガラスの板をおき、その上に黄色い溶液をらす。

「お二人とも……と、貴方、お名前はなんと言うのですか?」
「僕はエミリオと言います」
「エミリオ……どこかで……」

 そう言って何か思い出そうとしている彼女を見て、僕は慌てて話を逸らす。

「き、気のせいではないでしょうか!? 初めてあったばかりだと思うのですが!?」
「初めて……ですか? 仮面をされているので……」
「そ、それは……ちょっと……色々とありまして……」

 ここははっきりとは言わずに濁しておくのが正解だろう。

 そして、師匠もそれに加勢してくれた。

「クレア殿。いいから早く行くぞ」
「ああ、そうでした。では先に行きますね。我が意識は欠片、依代に宿り新たな自我を為せ『生命侵入ライフ・エンター』」

 クレアさんはそう言って1人先に中に入っていく。

 そして、僕もそれに続いて入る。


 黄色い液体の中は独特で、中々に新鮮だった。

 そして、師匠とクレアさんは既に合流している。

「お待たせしました」
「すごい。本当に入れるのですね。どうですか? 我が領で働く気はありません?」
「え? いえ……それは……大丈夫です」

 まさかいきなり勧誘されるとは思わなかった。

「クレア殿、そんなことよりも早く案内を」
「失礼しました。先にそちらを済ませましょう。こちらです」

 クレアさんの案内で、僕達が進むとそこには青色のタコがいた。
 そのタコはゆったりとした動きだけれど、僕達が近付くと警戒する。

「あれがマーキュリーです。面倒なのでとりあえず拘束こうそくしますね」

 クレアさんはそう言って、魔法を放つ。

「風の牢獄を作り敵を我が手中に収めよ『風の牢獄ウインドジェイル』」

 クレアさんが魔法を放つとマーキュリーをがっちりと拘束する。

「と、これでとりあえずは安全ですね。あ、近付くと真っ黒い物を吐いてくるので気を付けて下さい」
「はい」
「分かった」
「そして、このマーキュリー、私が確認した効果として、かなり強い殺菌さっきん作用を持っているようです」
「殺菌作用?」
「ええ、細胞などを壊すのです。その力は毒よりは弱いのですが、普通の化粧品等よりは明らかに強い。そしてこれは自身の領域を主張するように、壊した場所に黒い物を吐きつけ、黒くしていくのです。それがマーキュリーを使い続けた者の顔が黒くなる理由です」
「なるほど……戦って倒すだけではダメなのか?」
「倒したとしても、これに壊された部分は再生させることができません。なので、なんとか……していただけないでしょうか」
「なるほど……これは大仕事になるかもしれんな。エミリオ」
「は、はい」
「おれは当分ここにいる。お前は好きにしろ。ここで見ているのでもいいし、街の観光に行ってもいい。選択は自分で決めろ」
「はい。わかりました」

 師匠は完璧に研究者モードに入ってしまったらしい。

 僕はどうするか。
 ということだけれど、決まっている。
 師匠について治療法を探す。
 弟子である僕がしなくて誰がするのか。

「僕も師匠のお手伝いをします。いいですか?」
「……いいだろう。クレア殿。問題ないな?」
「ええ、それはありがたいですが……」

 クレアさんは何かいいたそうにしている。

「どうかしましたか?」
「エミリオ……殿でしたか」
「はい。なんでしょう?」
「折角来て下さったのに、本当にいいのですか?」
「はい。問題ありません。僕も勉強になりますし……。この街の人を救いたいとも思いますから」
「そう……ですか。ちなみに、貴族……ということでよろしいですか?」
「はい。一応……辺境の出ですが」
「なるほど。では、今夜は空けておいて下さい」
「? どういうことですか?」

 彼女は一体なんの話をしているのだろうか?
 それは、すぐに彼女が教えてくれる。

「今夜国王が参加する舞踏会が開かれるのです。折角ですからご招待いたします。ジェラルド様は……」
「おれはいかん。というか、舞踏会等何が楽しい。興味がない」

 師匠はバッサリと言い切る。

 クレアさんはそれを苦笑して聞く。

「ふふ、確かに私もそう思いますが、エミリオ殿はそれだけ……というのは良くないでしょう。貴族として、婚約相手を探すなり、コネを作るべきでは?」
「それは……」

 確かにあるかもしれない。
 だけど、今はロベルト兄さんが王都で勉強してくれているはずだ。
 ゴルーニ侯爵家のところで勉強して、学院に入る。

 だから、僕はやらなくてもいい。
 必要なことは兄さんが絶対にやってくれている。
 僕は兄さんの事を信じているから。

「ありがとうございます。僕は……やめておきます。師匠の手伝いをして、もっと……回復魔法を極める為に努力したいんです」
「なるほど……」
「誘っていただいたのに申し訳ありません」
「いえ、それならば仕方ありません。今回は国王が目をかけている人が来るということで、折角なら……と思ったのですが……」
「国王が目をかけている……どんな方なのですか?」
「ええ、それはロベルトという方ですね」
「……」

 僕は彼女の言葉にそれ以上は何も言えなくなる。
 でも、きっとそれは勘違いだろうと思う。
 だって、だって……そんなはずはない。
 というか、僕の知るロベルトきっとゴルーニ侯爵家の所にいるはず……。

 一縷いちるの望みをかけてクレアさんに聞く。

「因みに……ロベルト……という方はどこの領地の方ですか?」
「ご存じないですか? 最近爵位が上がったバルトラン子爵家の長男ですよ?」
「なんで!!!???」

 僕は今までもっとも受けたことのない程の衝撃を味わい、思わず叫んでいた。
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